第十二話・お披露目会の後に
アレックスの誕生日に行われたお披露目会は成功に終わったと言っていいだろう。
午後の執務を終わらせたフレデリックは、私室で待ち人を待ちながらアレックスのお披露目会の様子を思い返していた。
コンコンッと扉をたたく音が響き、脇に控えていたメイドが扉を開いて来訪者の姿を確認する。
「フレデリック様。アレクサンダー様が参りました」
「うむ、入りなさい」
メイドが扉を開き、アレックスが部屋の中へと入ってくる。
「父様。お呼びにより参りました」
部屋に入って来たアレックスを迎えたフレデリックは、そのまま部屋にある応接用のソファに座るように促した。
「父様。ご用件は何でしょうか?」
「うむ。アレックス、お前に話しておくことがある」
そう言ってフレデリックはアレックスの対面に座った。
アレックスは、はいと返事をして神妙に姿勢を正していた。
「まず、お前は王都にある王立アウレアウロラ学園に通わせることにした」
アレックスは、驚きに目を見開いていた。
彼の兄姉は選公爵立のエクウェス学園に通っているのだ。
当然、自分も同じくエクウェス学園に通うものだとばかり思っていたのだから。
「王都は、領都スプリングフィールドより広い。そこで存分に見分を広げて、自分の今後を考えるとよいだろう」
フレデリックは、フゥと溜息を零した。
「だが、本題はそこではない。王都にお前を遣る前に、お前には伝えておかなければならん大事な事がある……。それは、お前がその首に着けている黒薔薇の首飾りについてだ」
アレックスは、そっと首元に手を当てていた。
その首には、黒く輝く薔薇を模った飾り石のついた首飾りが付けられている。
これは、生まれた時からその身に着けたもので、今まで一度も外した事は無い。
否、外したことがないのではなく、外す事が出来ないのである。
「その首飾りについて話すためには、お前の生まれた時の話をしなければならん……」
フレデリックは、アレックスに生まれた時の話をして聞かせた。
生まれた時に莫大な気を放ち、闘気爆散を起こしていた事。
放置しておけば、気の放出が限界を迎えて最悪、いや間違いなく死んでいたであろう事。
気の放出を抑えるために、罪科の鎖を用いた事。
そこまで話して、フレデリックの顔が苦悩に歪む。
「やむを得なかったとは言え、私は自らの手で我が子に罪科の鎖を付けたのだ。もう済んだ事とはいえども、許されることではなかろう」
「その時は、そうする他にはなかったのでしょう?父様のせいではありません」
心配するアレックスの言葉に、フレデリックはフッと笑った。
「お前にそう言われるとはな。これは私が背負うべき業だ。お前が気にする事ではない。それよりも、ここからが本題だ」
フレデリックは、アレックスを真っ直ぐに見つめて言葉を続けた。
「アレックス、老師の持つ杖の事は知っているか?あの杖を作った工房が、サマーベイスン選公爵領にあってな……。その工房に作ってもらった魔法道具が、お前の身に着けている首飾りだ。お前の首に着けたそれは、お前の気や魔力を抑える効果がある」
話を聞いたアレックスは、やはりなと思った。
自分の気や魔力の動きが常に阻害されている感覚は以前からあったのだ。
その効果や特徴から怪しいとは思っていたが、改めて聞けば腑に落ちた。
「その首飾りだが、解除する方法を教えておこう」
「よろしいのですか?」
「本当なら、お前が成人した時に教えるつもりであったのだが……。絶技の訓練も魔術の訓練も、既に行っている事ではあるからな。もう教えても構わないだろう」
アレックスは、改めて居住まいを正して話を聞く体勢を取り直した。
「その首飾りに着けられた黒薔薇の飾り石に霊力と魔力を等しく流して合言葉を唱える事で、黒薔薇の花弁が閉じてその機能を休止する仕組みになっているそうだ。合言葉は『解放』という。必要ならば、もう一度閉じた花弁に力を流し込み花弁を開けば良い。それで首飾りの効果が発動する」
「それは、とても重要な事なのではないですか?」
「そうだ。だからこそ話した。お前もそろそろ分別のつく年になってきただろう。力の使い方というものを考えることもできるはずだ」
アレックスは静かに頷いていた。
そんな真剣な表情のアレックスの顔を見て、フレデリックはその表情を和らげた。
「フフッ、そう深刻に考えるな。どの道、そう簡単には首飾りの封印を解くことはできんだろうよ。それが出来る頃には、お前も大人になっているさ」
その時、二人の部屋にノックの音が響いた。
控えていたメイドが、扉を開いて来訪者を確認する。
「旦那様。アランが参りました」
「そうか。入れ」
「失礼いたします。旦那様、坊ちゃま、夕食の準備が整いました」
フレデリックは、壁の時計に目を遣った。
「もうそんな時間か……。では、行くか。アレックス」
「分かりました、父様」
二人は連れ立って、部屋を出て食堂に向かった。
アランも、その二人の後について歩く。
「お前の学校の事は、夕食の席で皆に話そう」
「はい、父様。……姉様は文句を言いそうな気がします」
「レスリーか。あの子は、もう少し弟離れした方がよいかもしれんな」
フレデリックの顔には微笑が浮かぶ。
対して、アレックスは困った様に苦笑を浮かべるばかりだった。
……
…………
………………
二人が食堂に着いた事で、食堂には家族が揃っていた。
法と秩序の神フェルネスへ日々の糧を感謝する祈りを捧げてから、夕食が始まった。
しばらくして、フレデリックが口を開いた。
「さて、皆には言っておく事がある。アレックスの学校の事だ」
そう言って、フレデリックは家族の顔を見渡した。
「アレックスの通う学校だが……、領都のエクウェス学園ではなく、王都にあるアウレアウロラ学園に通わせることにした」
アレックスの兄姉、ランドルフとレスリーの顔には驚きが浮かぶ。
一方で、既に話を聞いていた妻のキャサリンは静かに事の成り行きを見守っている。
父であるフレデリックの言葉に思う所があるのか、ランドルフは黙って考え込んでしまう。
それに対して、レスリーはフレデリックに異を唱えるべく口を開いていた。
「父様。兄様も私もこの領都にあるエクウェス学園に通っているではないですか!なんでアル君だけ、遠く離れた王都になんて行かなければいけないんですか?私、アル君と離れるなんて嫌です」
「レスリー、これは父様が決めた事なんだよ」
「だって、兄様……」
「だってじゃない。それにその言い様。お前はもう少し弟離れした方が良い」
レスリーの発言に、注意をしたのはランドルフだった。
ランドルフに言われたレスリーは頬を膨らませて不満気にした。
「ランドルフの言う通りよ。これはアレックスの事を考えた上で、貴方達の父様がお決めになった事なのだから……」
母キャサリンにまで注意を受けたレスリーは、不機嫌そうにそっぽを向いた。
「姉様……」
「アリー、お前が気にする事じゃないよ」
その後の夕食は、微妙に気まずい空気の流れるままに終わってしまった。
……
…………
………………
夕食後、アレックス達は兄弟で連れ立って遊戯室を訪れていた。
「アリーは強いな……」
ランドルフがパチリと駒を指す。
「そういう兄様こそ」
アレックスも次の一手を指し返した。
ランドルフは、唸りながら長考に入る。
今二人が指しているのは、将棋である。
この世界での将棋は、魔法文明時代に活躍した発明家レスリー・アステトが考案したとされている遊戯の一つだ。
駒の名称やルールは、前世の将棋と同じ。
そのためアレックスは、発明家レスリー・アステトの事を前世と同じかそれに近い世界からの転生者だと思っている。
まぁ、今はその事はどうでもいい事だ。
重要な事は、アレックス――いや、前世の桜埼一樹は将棋が強かったという事だ。
前世の一樹は、よく義祖父の相手をしていて将棋の腕を鍛えられていたのだった。
長考の末に、ランドルフは次の一手を指す。
即座に、アレックスは返しの一手を指した。
「あっ、ちょっと待った」
「またですか?いいですよ」
ランドルフとて将棋が弱いわけではない。
このローランディア選王国では将棋が貴族の嗜みとなっていることから、ランドルフとて幼い頃から将棋を学んでいる。
決して、へぼ将棋というわけではないのである。
「アル君は、将棋が上手いわよねぇ……」
「姉様、苦しいです」
レスリーは、先程からずっとアレックスの背後からしっかりとアレックスを抱きしめて放さない。
「レスリー、もうその辺で許してあげなよ。第一、王都行きを決めたのは父様なんだから……」
「もぅ、兄様までそんなこと言って!わかりました。父様に直接言ってきます!!」
レスリーは、最後にアレックスの頭に頬擦りしてギュッと抱きしめると部屋を飛び出していった。
「なんだか騒々しいことになったな……。う~ん、これならどうだ?」
ランドルフが一手を指し直す。
アレックスは、少し考えてから指し返した。
ランドルフは、また長考に入る。
夜はまだまだ長い……。




