プロローグ前編③
「世界の根源たる魔素の力よ、全てを打ち砕く雷となりて迸れ、吠えろ稲妻、風光複合威力最大化魔技、雷撃衝射」
突然に大気を震わす雷鳴が轟き渡り、閃光が奔流となって荒れ狂う。
幾重にも取り囲む亡者の群が灰となって消し飛ばされ、極光が教主の元へと突き刺さる。
側に控えていた不死者騎士の内の一体が、その身を盾として極光の前に立ち塞がった。
極光をその身に受けた不死者騎士は瞬く間にその姿を灰へと変えて消滅し、堰き止められ周囲に飛び散った極光が周囲の亡者の群を巻き込んで消えていく。
「光溢るる魔素の力よ、生命育む豊穣の光となりて降り注げ、冷たき者達に魂の安寧を持たらさん、火光複合範囲最大化魔技、聖光波」
空中に清らかに輝く光のベールが現れて、飛び交う幾多の霊達を包み込んでいく。
キラキラと周囲を照らし出す光は、柔らかく暖かい春の陽射しの様に優しい。
光に包まれた霊達は、苦悶と怨嗟、喜悦と歓喜の声を上げ、空間に溶ける様にして消えていく。
二つの魔術によって亡者の群の一角が崩れ去り、中央へと続く道が出来上がる。
亡者の群を貫くその道を、二つの人影が駆け抜けて行った。
身の丈に迫る大きさの大剣の切っ先を真っ直ぐに構えて駆ける黒髪黒衣の男と騎士盾を掲げて虹色の煌きを纏う青藍の髪を靡かせる乙女……
二人の放った魔術の残滓が大剣に紫電を纏わせ、掲げた盾は未だにゆらゆらと揺らめく光を放っていたのだった。
「「アラム!」」
「二人共、良いタイミングだ。シオン、行けるな?アリス、後ろは任せた!」
「えぇ!任されて、アラム」
アリスと呼ばれた女性は背を向ける二人の背後に素早く走り込み、剣を持つ手でその豊かな胸をしっかりと包んで守る胸甲鎧をガンと叩いて位置取りを知らせる合図を送る。
逆三角陣を組み、黒髪黒衣の男──シオンが漆黒の外套を翻してその手の大剣を一振りすれば、不用意に近いた不死者達が数体まとめて切り捨てられる。
アラムも飛び掛かって来た不死者を光盾で殴り倒し、素早く剣を両手持ちに切り替えてぶつかり合った不死者の塊を切り捨てていく。
アリスは二人の背後で油断なく盾を構えて不死者共を見据え、迫り来る相手を盾で捌きながら次々に叩き伏せていった。
「やはり、想定通りに数が多いな。こういう時こそ、聖戦士の出番ではないのか?ってぇいやぁ!」
「生憎と人間相手の仕事だったものでなっと!何れにせよ、これを何とかしなければ埒もあかんか」
アラムとシオンの鋭い剣閃の前に、瞬く間に不死者の残骸が散らばっていく。
極大な魔術によって、既に多数の亡者の群が薙ぎ払われていた。
しかし、それでもなお三人の前には幾多の亡者が立ち塞がっている。
未だ亡者の群の奥に控える教主に、彼らの刃は届かない。
亡者共の作る屍肉の壁を越えるには後一手……
「さぁて、ここで真打ち登場!……って、うわぁ!!お助け~」
巨大列柱の影一つから、小柄な男が一人飛び出してきた。
身幅のあるがっしりとした体格に日焼けした浅黒い肌、筋肉で盛り上がった丸太の如く逞しい腕で巨大な機械式弩弓を担ぎ上げ、威勢よく掛け声を上げて──亡者の群と目が合った……
数多くの不死者の視線──虚ろな眼窩、白く濁った瞳、殺意を宿す眼差し、怨嗟に狂った眼光──が男に注がれる。
男は逃げだした……しかし回り込まれてしまった!
男は、慌てた様に自分が飛び出してきた石柱を背後に周囲を見回すが、ビッシリと周りを不死者の群れに取り囲まれていた。
周囲を囲む亡者の群が、生者の温かな血潮を貪らんとして穢れたその手を伸ばしてくる。
迫り来る死の手を前にしては、最早僅かな逃げ場さえも失われ──
「ヤバいっ!追い詰められた!!って所か~ら~の~」
──賊技、偽身遁術
──賊技、潜影渡行
迫り来る亡者の群を前にして、男は手にする機械式弩弓を頭上高く放り投げた。
すると男に注がれる幾多の視線が、空高く放り投げられたそれに吸い込まれるようにして集まっていく。
その様子を確かめる事もなく、男はスッと音もなく亡者の群に歩み寄る。
そうして、頭上を見上げ動きの止まった亡者共──隙間なく詰まっている屍肉の壁かの如き有様で立ち塞がっている──の間をスルスルと擦り抜けていった。
亡者の群の間を擦り抜けるとそのまま堂々と胸を張って歩みを進め、前方に見える二人の仲間に対して悠然と親指を立てて合図を送る。
ドヤァ!!
満面の笑みと共にキラリと光る白い歯……
「万物に宿りし魔素よ、全てを燃やし尽くす破壊の炎となりて吹き荒れよ、その悉くを焼き払え、火風光複合威力範囲投射数強化魔技、爆裂火球」
「え?ちょっ!待って……」
男の視線の先で、魔術士の杖を掲げた少女の詠唱が響く。
美人と言うほどではないが本来は人好きのする愛嬌のある顔立ちのはずだが、今は冷たいまでに無表情だった。
小柄な身に纏ったゆったりとした深緑色のローブの裾と腰まで届く赤毛の三つ編みが、凛として高く澄んだ詠唱の声に合わせるかのようにゆらゆらと軽やかに揺れる。
その頭上に掲げた魔術士の杖の先端が中空にくるりと円を描けば、その周りを回る様に幾つもの紅蓮の炎の球が舞い踊る。
一呼吸の間を置いて杖を指揮棒の様に一振りすれば、彼女の意を受けた火炎球が亡者の群に次々と突き刺さる。
幾つもの爆音が轟き、熱風が吹き荒れる。
荒れ狂う炎熱の嵐に吹き飛ばされて、短く刈り込んだ黒髪を炎に焙られうっすらと煙を上げながら、男が少女の方へと飛んで来た。
男はそのまま空中でクルクルクルと回転すると、少女の隣に見事に着地し──ようとして回転し過ぎて頭から落下していた。
「イッテ~って、ソフィーッ!お前なァベェシュ?!」
少女に対して抗議の声を上げようと、起き上がった男の顔面に機械式弩弓が直撃していた。
しかし、少女――ソフィアーネは顔面から機械式弩弓を生やした男の姿には一瞥もくれず、素知らぬ顔で隣に立つ男に声を掛けるのだった。
「ラン?」
「お?おぉ!じゃぁ、行ってくるか!!」
ソフィアーネの呼びかけに応えて、二人の遣り取り──というより未だに顔面から機械式弩弓を生やした格好でピクピクと痙攣する男の有様──に微苦笑を浮かべていたランと呼ばれた男はビクリと肩を震わせて、担いだ大戦斧を構え直した。
決して背が高いとは言えないまでもよく鍛え上げられたがっしりとしたランの立ち姿は、身の丈程もある得物を担ぎ上げていても小動もしない。
僅かに腰を落として大戦斧を両手にしっかりと構え直せば、その身に纏った板金上鎧がガシャンと勇ましく物音を立てる。
そうして両の足に力を漲らせると、眼前の不死者達に向かって一気に突っ込んでいった。
赤みの強い金髪が未だに燻ぶる熱風に煽られて炎の様に棚引き、柔らかな眼差しを浮かべていた目元は一足毎に険しさを増す。
そうしてその眼差しが険しさを増すのに合わせるかのように、口元には獰猛な獣を彷彿とさせる剣呑な笑みが浮かび上がっていく。
「燃え上がれ、闘気!燃え尽きるまで熱闘!」
──戦技、獅子闘心
──斧技、火炎装刃
「斧技、狼牙一閃」
爆炎を纏う大戦斧をグルリと回して、群がる亡者共を薙ぎ払う。
唸りを上げる大戦斧が、獲物の喉笛を喰い千切る餓狼のように不死者の頸を次々と斬り飛ばしていった。
頸を刈られた不死者達は炎を吹き上げ、瞬く間に燃え尽きていく。
一撃で屍肉の壁を切り開き、奥に控える教主を目掛けて突進……
戦技、瞬動──噴き上がる闘気がランの踏み込みを一瞬で加速させる。
「斧技、霊気爆閃」
轟音を上げ大戦斧を振りかざしたランの行く手を塞ぐ様に、不死者騎士の一体が立ちはだかった。
唸りを上げる大戦斧を、その手に掲げた長方盾で受け止める。
瞬間、閃光が瞬き爆音を轟かせる。
光と音が収まると、大戦斧を振り抜いたランは静かに残心を解く。
その剛撃が切り開いた道、最早そこに阻む者は存在しない。
眼前の亡者の群を薙ぎ払ったラン達が、先行した三人に合流していく。
彼等の周囲には、討ち滅ぼされた不死者達の残骸がいくつも散らばっていた。
教主の生み出した無数とも思える亡者共の群は、大きくその数を減らしていたのだった。
駆け付けて来る仲間達の姿に、アラムの口元に微笑が浮かぶ。
その手の光剣を一振りすると、その切っ先を突き付け……
「さぁ、教主チエク・フルチフェル……決着を付けるぞ!」
最後の戦いが幕を開け……
そして、全てが終焉へと向かって加速していくのだった…………