第十一話・お披露目会
昼近くになるにつれ、スプリングフィールド選公爵領の領主館には続々と馬車が到着していった。
その様々な馬車の列は、今日行われるアレックスのお披露目会に招待された貴族達の乗る馬車である。
領主館の玄関口は、そんな馬車の列で賑わっていた。
「流石は、スプリングフィールド選公爵と言った所か。言っては悪いが、たかだか子供のお披露目会如きでここまでの貴族が参集するとはな……」
馬車の中で、男は独り言ちた。
彼の名は、ウォルター・フォルティス伯爵。
スプリングフィールド選公爵領に隣接する領地を持つ在地貴族の一人である。
初老ながらもがっしりとした体格に獣の耳と尻尾を持ち、豊かな髭はふさふさの髪と相まって鬣の様である。
それもそのはず、彼の種族は獅子人族だ。
顔の横で、ピクピクと耳が動いて、腰の後ろから覗く尻尾がユラユラと揺れている。
「貴方、そこまで楽しみですか?」
そう声を掛けたのは、彼の体面に座る夫人である。
彼女は、夫とは違い普通の人族である。
高く結い上げた金髪に少し垂目のほっそりとした顔立ちのおとなし気な淑女であった。
その夫人の声に、フォルティス伯爵はニヤリと笑って鋭い犬歯を覗かせる。
「あぁ、楽しみだな。我が弟弟子の自慢の息子だというではないか。これから先、どれほどの者になるかと考えると面白い」
そう言って、フォルティス伯爵は自慢の髭を撫で付ける。
「我が孫の学友になるかもしれんのだ。見ておくべきであろう」
その視線の先には、フォルティス伯爵の孫が座っている。
その子は、馬車の窓から外の様子を楽し気にずっと覗き見ていた。
その様子にフォルティス伯爵は笑みを浮かべる。
馬車はほんの少しずつしか前進していない。
彼らの順番が来るまでには、今しばらくかかりそうであった。
……
…………
………………
迎賓館の大広間には、幾多の貴族が詰めかけて賑わっていた。
高い天井からはいくつものシャンデリア吊るされて光を放ち、きらびやかに飾られた室内を照らし出している。
暫しの時間が過ぎてから、上座の舞台脇から一人の執事が進み出てきて口上を述べた。
「皆様、大変お待たせをいたしました。スプリングフィールド選公爵家当主、フレデリック・ジョージア・スプリングフィールド様の御入場~~!」
口上が終わり、出入り口の扉が開かれた。
扉の向こうから、フレデリックがキャサリンを連れ立って現れる。
フレデリックの登場に合わせて拍手が巻き起こり、フレデリックは軽く手を上げてそれに答えた。
続いて、執事がアレックスの登場を告げる。
アレックスは、ピンと背筋を伸ばして会場へと歩みを進めていった。
アレックスの登場にもまた拍手が起こり、アレックスは笑顔を浮かべてそれに応えていった。
「あれが選公爵家の第三子……」
「まだ幼いのに動じた様子もないとは……」
アレックスの堂々とした振る舞いに、会場には早くもざわめきが起こる。
そのざわめきを制止するかのように、フレデリックが壇上で一歩前に進み出た。
「お集りの紳士淑女の皆様方。本日は我が息子、アレクサンダーのお披露目の席にお集まりいただいたこと、大変嬉しく思う――」
フレデリックによる挨拶の間、アレックスは終始笑顔を絶やさずに壇上に在り続けた。
やがてフレデリックによる挨拶も終わり、アレックスはフレデリックに促されてその横に並んだ。
「本日は、私のお披露目にお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。こうして皆様の前に立てたことを心より嬉しく思っております。まだ若輩の身ではありますが、ローランディア選王国の貴族として恥じぬように努める所存です。至らぬ点もあるかとは思いますが、よろしくご指導いただきますようお願い申し上げます」
挨拶の口上を述べたアレックスは会場をゆっくりと見回した。
しばらくして、会場内を拍手の音が包みこんだ。
……
…………
………………
式典冒頭の主賓挨拶が終わり、その後はフレデリックに挨拶をしようとする貴族たちによる長い列が出来上がっていた。
アレックスも、フレデリックの隣で一緒に貴族たちの挨拶を受けていた。
「この度はおめでとうございます……」
「お顔を拝見できて光栄です……」
「先程の挨拶はお見事でございました……」
「閣下に似て美男子でいらっしゃる……」
「御尊顔を拝謁仕り恐悦至極にございます……」
といった具合に、様々な貴族たちから挨拶を受け続けていた。
ある意味苦行とも呼べる挨拶の列を捌き切り、フレデリックもアレックスもようやく人心地を吐く事が出来たのだった。
挨拶の終った貴族たちはどうしているかというと、上位の貴族は周囲の貴族との歓談を楽しみ、下位の貴族は上位貴族への挨拶回りで会場を行ったり来たりと忙しく動き回っていた。
アレックスは、そんな貴族たちの動きを壇上から眺めていた。
「アレックス。疲れてはいないかね」
「はい、いいえ、父様。全然大丈夫です」
アレックスの返答にフレデリックは少しばかり驚いたように目を見開いた。
「フレデリックもレスリーも、二人とも最後まではもたなかったのだがな……。さて、後は自由にしなさい。私はもう少し彼らと話がある」
フレデリックの視線の先には、歓談する貴族たちの一団があった。
「はい、わかりました、父様。お仕事のお話でしょう?私は彼方で料理を楽しんできます」
アレックスとフレデリックは、分かれて会場へと降りていった。
「おぉ、これはこれはスプリングフィールド卿。お子は一緒ではないのかね?」
「これはフォルティス卿。流石にあの子にはまだ社交は早いですよ」
「しかし、あの堂々とした態度は立派ではないか。私の子の時も孫の時も、式では挨拶をさせるので精一杯であったのだがな」
一団の中からフレデリックに声を掛けたフォルティス伯爵は、クツクツと笑いを噛み殺しながらアレックスの方に目を遣っていた。
「よくある話ですな」
「我々も皆そうです」
「返礼もしっかりしておられた」
「将来が楽しみですな」
同席している貴族たちの中からも笑いが起こる。
貴族たちの好意的な反応を、フォルティス伯爵は総括して見せる。
「こうして皆様方に認めていただく事が出来た。今日の式は、正に成功というに相応しい結果だな、スプリングフィールド卿?」
「えぇ、本当に……。こうして皆の反応を見て決心がつきました」
「決心?」
フォルティス伯爵の問い掛けに、フレデリックは頷いてから答えた。
「はい。あの子の入学先です。あの子は王都の学園に通わせることにしました」
フレデリックの発言に周囲の貴族たちにざわめきが起こる。
フォルティス伯爵は、フレデリックに問いかけた。
「スプリングフィールド卿。卿の領内にはエクウェス学園があるであろう?」
エクウェス学園には、領内のみならず周辺領地からも優秀な人材が入学する。
子供の頃から周辺領地の貴族子弟との交流を持つという意味でも、エクウェス学園に入学する意義がある。
王都のアウレアウロラ学園に入学させるという事は、そのメリットを捨てるだけの物があるという意味である。
もちろん、アウレアウロラ学園に入学させる意義は大きい。
場合によっては、選公爵領にあるエクウェス学園に入学させるメリットを捨てるだけの意義があるだろう。
フォルティス伯爵は、フレデリックの意図を推測する。
兄が中央でパイプを作り、弟は地元で地盤固めをするという話は、このローランディア選王国では珍しい話ではない。
しかし、スプリングフィールド家では、兄であるランドルフが選公爵立のエクウェス学園に通っている。
「あの子……。アレクサンダーだったな。あの子は独立させるつもりなのかね?」
「それも考えには入っているという事です」
二人の視線の先には、料理を食べるアレックスの姿があった。




