第八話・一年後、気の修練開始
大陸統一歴2311年、9月
ローランディア選王国、東方領領都スプリングフィールド
領主館の修練場にて――
カン、キン、カンと剣を打ち合わせる音が、修練場の片隅に響く。
アレックスが剣の稽古を始めるようになって一年が経っていた。
アレックスは今、アランと掛かり稽古をしている最中である。
アランは長剣――もちろん刃引きしてある――を持ち、打ち掛かってくるアレックスの剣を捌きながら時おり反撃に出て打ち込んで見せる。
アレックスは右手に細剣を持って打ち掛かり、時折繰り出されるアランの剣を左手の剣折剣で受け止める。
さらには、単に剣を受けるのみならず、ソードブレイカーの櫛状の棟を使ってアランの剣を絡め捕ろうとする。
しかし、アランは巧みに剣を操って容易には剣を捕らえさせない。
そうして、幾度かの攻防を繰り返していくのだった。
「坊ちゃま。少々休憩といたしましょう」
「はい、アラン。わかりました」
二人の額にはわずかに汗が浮かぶ。
その汗をアレックスはメイドが、アランはメイドが差し出した手拭いでそれぞれ拭いていく。
「坊ちゃまの剣の腕前も、随分と上達なさいましたな。これならば、次の段階に進んでもよろしいでしょう」
「次の段階ですか?アラン」
「はい、坊ちゃま。魔術士には魔術がある様に、剣士には剣士にとっての魔術のようなもの、すなわち絶技というものがございます。坊ちゃまには今後、その絶技も共に学んでいただきたく存じます」
アランは、じっとアレックスを見つめる。
アレックスは、不思議そうに小首を傾げてアランを見返していた。
「所で坊ちゃまは、既に気をお使いになる事が出来ますね?」
アレックスは、コクリと頷いた。
「はい、部屋にある本の中に、剣術の本があります。そこに書かれているのを読んで勉強しました」
「左様でございますか」
アランにとっては、今更驚くような事は一つとしてない。
何しろ一年前からアレックスが纏を、それも練に限りなく近いと思えるほど濃密な霊力を身に纏っていることは承知しているのである。
それだけの纏を纏わなければ、毎日の走り込みを熟せるだけの体力には説明がつかないのである。
従ってこの遣り取りは、アランにとっては単なる確認作業に他ならない。
「坊ちゃまは、既にご存じという事ではございますが、このアランめと共に今一度絶技を如何にして扱うかという事を学んでいただきとうございます」
「はい、アラン。それでは、よろしくお願いします」
こうして、アランによる絶技の講釈が始まった。
「絶技とは、私達の魂が発する力である霊力を元とした気の力を利用して、常には無い超常現象を引き起こす技術でございます。同じく超常現象を起こすという点では、魔術とは近しい関係にあるとも言えますね」
アランがアレックスを見やれば、アレックスも頷きを返した。
「坊ちゃまは、既に魔術の勉強をされておられるのでお分かりになるでしょうが、魔術を使うという事は魔素を知覚して魔力を操作し、作り上げた魔術の構成に流し込んで発動するものです。絶技の場合も似たようなものでございます。霊力を知覚し練り込んで気と成す。その気を術の構成に流し込んで、絶技として発動するわけでございます。ですが、魔術とは根本的に違う点も存在いたします。それは魔術に用いる魔素とは違い、絶技に用いる気の力自体が霊力を元として発した力という事でございます。」
アレックスの注目する中、アランは修練場の中ほどに向けて数歩進み出た。
「絶技においては、この『気を発する』という行為自体が、あらゆる絶技の基本となる基本技法として初級の絶技に分類されております」
そう言って、アレックスの方を振り返る。
「気を発する、ひいては絶技を使用するには、次の四段階の手順を必要といたします。第一段階は、身体から微かに滲み出る霊力を感じ取る、『観』。次いで第二段階は、感じ取った霊力を体に留め置く、『纏』。そして第三段階は、身に纏っている霊力を動かして気として練り上げる、『練』」
アランは説明を実演するように一つ一つ披露していく。
アランの身体を包むように淡い光の渦が巻き起こる。
アレックスの目も真剣そのもので、黙ってアランの様子を見つめていた。
そんなアレックスの様子に、アランは一つ頷くと最後の実演に移るべく長剣を正眼に構えた。
「そして第四段階は、練り上げた気を絶技として表出する、『変』でございます。これが絶技の一つ、万古不朽流剣術剣技、雷電装刃」
アランの掲げる剣が仄かに光り、次いで紫電を纏ってバチバチと空気を爆ぜる音を立てた。
アランが剣を一振りすると、紫電が空を薙いで散っていった。
電撃の収まった剣を腰に戻して、アランはアレックスに声を掛けた。
「以上が気と絶技の一端にございます。坊ちゃまに、今直ぐ絶技を使いこなせるようになれ、とは申しません。ですが、このように絶技を身に着けていただくのが目標ではございますので、お心に留め置かれますようにお願い申し上げます」
「分かりました、アラン。私も、絶技を身に着けられるように精進いたしますね」
アランの言葉に、力強く頷くアレックス。
「それでは、観、纏、練と行っていただきましょう。練まで出来て、絶技の基本技法である初級絶技の『気』の完成でございます」
アレンに声を掛けられたアレックスは、練を始めるべく構えを取った。
足を肩幅に開いて背筋を伸ばし、手は力を入れずに軽く握る様にして腕を体の横に下ろして立つ。
いわゆる自然体という体勢をとった。
ゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着け、瞑目する。
そうして、意識を集中させて体から流れ出す霊力を知覚する。
体から漏れ出る霊力は空中に散っていこうとするが、努めて体に纏うようにして留め置く。
霊力が全身を包み込んだら、次はその流れが身体中を血液の様に循環する様をイメージとして固めていく。
体内を流れるように循環する霊力が手足の隅々まで行き渡り、大きな力となって肉体を強固にしていくのが、アレックスには感じ取れた。
やがて、アレックスは静かに目を見開いてアランを見やった。
「お見事でございます、坊ちゃま。それではそのまま、剣を構えてみてください」
剣を構えるアランの言葉に、アレックスは微かに顔をしかめた。
何しろ首飾りが霊力を散らしてしまうため、アレックスは練を維持したままではまだゆっくりとしか動けないからだ。
とは言え、言われたからにはやるしかない。
覚悟を決めて、アレックスは剣を構える。
一呼吸おいて、対峙するアランに打ち掛かる。
と、そこで練が解けてしまう。
「ふむ。坊ちゃまはそのお年では十分に練を習得されてはおられるようですが、まだまだ動きがついていかない様子でございますね。分かりました。これからは練の修行も行っていく事と致しましょう」
「はい、アラン。これからも指導をよろしくお願いしますね」
「もちろんでございます、坊ちゃま。今後とも不肖このアランが、引き続き指導をさせていただきます」
こうして、午前中の鍛錬は終了することになるのであった。




