第七話・魔術の教練
朝の修練を終えた後は、そのまま昼食の時間へと移る。
昼食にはフレデリックとキャサリンの顔があった。
ランドルフとレスリーは学園に通っていて、ここにはいない。
昼食の席では、昨日から始まったアレックスの剣の稽古が話題に上がった。
「それで、アレックス。剣のお稽古は順調かしら?怪我をしないように気を付けなさいね」
「はい、母様。怪我をしないように気を付けます」
「キャサリン。アレックスは、昨日初めて剣を持ったばかりだ……。しばらくは型の稽古で掛かり稽古はまだまだ先の話だし、そうそう怪我はしないさ」
「あなた、それでも心配になるのです」
キャサリンとアレックスの会話に、フレデリックが気にし過ぎだと苦笑を浮かべる。
「所で、アレックス。午後は勉学の時間だったな。ロテリナから話は聞いているが、礼儀作法の勉強もかなり出来上がってきたらしいではないか。読み書き計算については、もうロテリナから教える事は無いという話だったぞ。よく頑張っているな」
「はい、父様。ありがとうございます」
アレックスの返事に、フレデリックは大きく頷くと言葉を続けた。
「これからは、勉学の時間では読み書き計算の時間が空くことになる。そこで、ロテリナにはもう話してあるが、魔術の勉強を始めさせようと思う」
どうだ?と、フレデリックはキャサリンを見遣る。
キャサリンはフレデリックを見返して笑顔で頷いた。
「それは良いかと。魔術の基礎でしたら、彼女ならお手の物でしょうし……」
「うむ。そういう事だ、アレックス。今日からは午後の勉学の時間で、魔術についても勉強するようにしなさい」
「本当ですか!?とっても楽しみです、父様」
フレデリックは、鷹揚に頷いて食後のコーヒーを飲み干した。
「さて、私はまだ午後の仕事が残っているのでな。よく頑張りなさい、アレックス」
「はい、父様。しっかり頑張ります」
フレデリックは、良い返事だと一言頷いて部屋を出ていった。
後に続いて、キャサリンも静かに部屋を出ていく。
退室する二人を見送ったアレックスは、いかにも楽しげな様子で満面の笑顔を浮かべながら部屋へと引き上げていった。
……
…………
………………
アレックスは部屋へと戻ると、静かに椅子に座ってロテリナが来るのを待った。
程無くして、部屋の扉をノックする音が聞こえる。
扉脇に控えていたメイドがそっと扉を開いて、来訪者の姿を確認する。
「アレクサンダー様、ロテリナが参りました」
「どうぞ、入ってください」
扉が開かれて、ロテリナが入室してくる。
「先生、今日もよろしくお願い致します」
「はい、坊ちゃま。よろしくお願い致します……。今日の坊ちゃまは、随分とご機嫌が宜しいようでございますね」
いつもに増して笑顔のアレックスに対して、ロテリナが問いかける。
「はい、先生。父様から、今日の勉学の時間から魔術の勉強が始まると聞きました。とても楽しみにしているのですよ?」
「まぁ、そうでございましたか。確かに、旦那様より魔術の基礎を教えるようにと、仰せつかっておりますわ」
アレックスは待ちきれないとばかりに、足をパタパタと動かしてせわしない。
そんなアレックスの様子に、ロテリナは困った様に口元を隠して苦笑いを浮かべてしまった。
「ですけれど、坊ちゃま。まずは礼儀作法のお勉強が先でございますよ。魔術の勉強はその後でございます」
「はぁい、わかりました。礼儀作法の勉強も頑張ります……」
プゥッと頬を膨らませて不満をあらわにして見せるアレックスであったが、必要な事とも分かっているので渋々ながら礼儀作法の勉強に励むのであった。
……
…………
………………
「さて、坊ちゃま。今日の礼儀作法の授業は終わりです。では、ここからは魔術の勉強を始めましょうか」
「はい、先生」
いよいよ始まる魔術の授業に、アレックスの期待は高まっていった。
ロテリナは部屋の一角に備え付けられた本棚へと歩み寄ると、棚から一冊の本を取り出した。
「坊ちゃまは、ここにある本はどこまでお読みになられたのでしょうか?」
「う~ん。棚にある本は、粗方読み終わってしまいましたね」
ロテリナは、手に取った本をアレックスの机の上に置きながら問いかけた。
「それでは、こちらの本はもう既にお読みになりましたか?」
「えぇ、もう読みました」
「左様でございますか。それでは、今日から暫くはこの本の内容の復習でございますわね」
ロテリナの差し出してきた本は、初級魔術教本というタイトルであった。
ロテリナが教本を開いて講義を始めた。
この世界には、魔素というものが存在する。
物質には物理法則がある様に、魔素にも魔素法則と呼ばれるものがある。
その魔素法則を略して魔法というのだ。
魔素は世界中のあらゆる場所、物に内包されており、空気中に漂うものを魔素、それが結晶化した物を魔素結晶と呼び、体内に含有する魔素は魔力と呼んで区別している。
これに対して魔術とは、魔素を用いる技術そのものを指す言葉である。
その魔術によって何らかの効果を発現する事は、魔技と呼ばれている。
初級魔術教本に書かれている魔術の原理を簡潔に言えば、この世界に満ちている魔素を感じ取り、その魔素を操る。
そして、行使したい魔術の構成を編んでいく。
そこに必要な魔力を編み出した構成に注いで発動させることで、魔技を操るという事になる。
「それでは、坊ちゃま。次回からは、魔術を使用するための前提条件となる魔素感知と魔力操作について、お勉強をいたしましょう」
「はい、先生。明日からがとても楽しみです」
アレックスの笑顔に、ロテリナも頷いて答える。
「魔素は世界中に満ちており、誰もが魔力を持っています。訓練すれば、大抵の者が魔素感知を出来るようになりますよ。魔力操作も程度の差はあれ、多くの者が出来るでしょう。ですが、魔術の構成を編める者となるとそう多くはございません。そこまでは一朝一夕で習得できるものではありませんから、じっくりと取り組んでまいりましょう」
アレックスのはいという元気な返事に、ロテリナは何度も頷いていた。
「それでは、坊ちゃま。今日の勉強はここまでといたしましょう。この教本は今後も使いますから、読み終わっているからと言って疎かにはしない様にして下さいませ」
「はい、わかっています。これからもよろしくお願いいたします、先生。それではお疲れさまでした」
「はい、お疲れさまでした、坊ちゃま。それでは、私はこれにて失礼いたします」
そう言って、ロテリナは一礼すると部屋を出ていった。
そして、ロテリナの退室を見送ったメイドが、お茶の準備をするために行動を開始したのだった。




