第六話・翌日、日課から
翌朝も、朝早くからアレックスは目覚めていた。
前夜に心配したような体の痛みはなく、気分はとても爽快だった。
アレックスは手足を伸ばして体に異常がないかをひとしきり確認すると、メイド達がやってくる前に朝の日課を開始したのだった。
霊力を知覚する「観」から始まり、体から漏れ出る霊力をその身に留める「纏」へと移る。
そうして身に纏った霊力を循環させて、肉体を動かす力へ変える「練」を始める。
霊力の散る感覚に苦戦しつつも、少しずつ霊力を循環させて気を練り上げていく。
練を始めたら全身に纏う気を維持したまま、日課のラジオ体操を始める。
集中を切らすことなく、全身の動きをしっかりと確認しながら体操を進めていった。
ラジオ体操が終わったら、次は魔術の基礎訓練に移る。
床に座って座禅を組み、目を閉じて心を落ち着けて世界に満ちる魔素を感じ取る「魔素感知」を行う。
知覚した魔素を呼吸に合わせて体内にゆっくりと取り込んでいき、己の魔力として一体化させていく。
こうして、徐々に己の魔力総量を引き上げていくのである。
そうして体内の魔力を徐々に身体中に満たして、時間をかけて循環させていく。
循環させる魔力が引っ掛かる様な阻害される感覚がして、なかなか魔力が上手く循環できない。
散りそうになる魔力をより深く集中して束ねていき、少しずつ魔力操作の訓練を続けていくのだった。
朝の日課である気と魔力の錬成、操作訓練を小一時間ほど続ければ、やがてメイド達のやってくる時間になる。
直接床に座っている所を見られでもしたら、貴族の子息がはしたないと言って騒ぎになる。
実際、一度見つかった時には騒ぎになって、父様にお説教を受けたことがあった。
なのでアレックスは、メイド達の気配を感じたら素早く立ち上がって、ベッドに腰掛けて待つようになったのだった。
「アレクサンダー様、おはようございます。本日もお早いご起床でございますね」
「はい、おはようございます。今日もよろしくお願いしますね」
起床の時間になって――実際には既に起きているのだが――メイドが起こしに来たら、朝の支度を始める。
「アレクサンダー様、本日はいかがいたしましょうか」
「昨日から剣術の稽古が始まりましたから、今日も服は動きやすいものでお願いします」
「かしこまりました。御髪はいかがいたしましょう。今日も汗を掻くでしょうし、簡単に纏めてしまいましょうか」
「そうですね。貴方に任せます」
昨日と同じくメイドが服を手にして近寄ってくる。
アレックスはそのメイドにされるままに着せ替えられていった。
服装は昨日と変わらず長ズボンに半袖の短衣とベストである。
服を着替え終えたら、続いて別のメイドが傍による。
アレックスは鏡台に備え付けの椅子に座って、されるがままにその美しい金髪を梳られていく。
そうしてひとしきり手入れが終わると、メイドが髪を編み込んでいき一房の三つ編みに結い上げていった。
アレックスが身支度を整え終わるのを待っていたかのように、部屋にノックの音が響く。
扉の脇に控えていたメイドが、扉を少し開いて外の人物を確かめた。
「アレクサンダー様、アランが参りました」
「どうぞ、入ってください」
メイドが開いた扉から、アランが静かに部屋に入ってくる。
「おはようございます、坊ちゃま。朝食の準備が整いました」
「はい、おはようございます。わかりました。では、行きましょうか」
アレックスは、アランを伴って部屋を出る。
残されたメイド達は、そのままアレックスの部屋の掃除を開始していくのだった。
……
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………………
いつもの様に食堂でしばらく待てば、フレデリック達がやってきて一家が揃う。
朝食の配膳が進む様を見やりながら、ランドルフが声を上げた。
「アリーはいつも朝が早いね」
「兄様が朝遅いのよ」
「そうですね。ランディはもう少し朝は早く起きるように努力なさい」
ランドルフの言葉に、レスリーが茶々を入れる。
そんな遣り取りを聞きながら、キャサリンはランドルフに説教を始める。
ランドルフが不満げに返事を返して、家族の間に笑いが起きる。
そうして穏やかに朝食の時間は過ぎていくのだった。
朝食が終って皆がそれぞれに席を立とうとした所で、フレデリックはアレックスに声を掛けていた。
「アレックス、最近は午後になると魔術の本を読んでいるそうだな」
「はい、父様」
「うむ。それ程興味があるというのであれば、そろそろ魔術の勉強も試してみるか?」
「本当ですか?父様。ぜひやりたいです!」
アレックスの言葉に、フレデリックは大きく一つ頷いた。
それを見たアレックスの顔にも笑みが浮かんだ。
「そうであれば、ロテリナに申し付けておこう。よく励みなさい」
「はい、父様。ありがとうございます」
アレックスは元気よく返事をすると、食堂を出ていくのであった。
……
…………
………………
朝食の後、アレックスの姿は修練場にあった。
今日も今日とて、修練場には朝の鍛錬に励む騎士達の姿があった。
「さて、アラン。今日の訓練を始めましょうか」
「かしこまりましてございます、坊ちゃま。それでは今日も最初は走り込みからでございます。その後に型の稽古とまいりましょう」
アレックスは、アランの合図で走り始めた。
背筋を伸ばし、一定のピッチを保ちながらしっかりとした足取りで颯爽と走っていく。
アランはアレックスの後ろについて走りながら、改めてその様子を観察していった。
(やはり、霊力の流れは安定している。首飾りがその効果を発揮していないという事は無いでしょうし……。これは、それだけ坊ちゃまの霊力の制御力が卓越しているという事なのでしょうな)
走り始めて3時間余りがたった。
前を走るアレックスに、アランが声を掛ける。
「坊ちゃま。ここで走り込みは終わりでございます」
「はい、わかりました。それでは次は、型の稽古ですね」
「左様でございます。では、修練場の方に戻りましょうか」
二人で連れ立って、修練場の中へと移動する。
修練場に入ったら、その片隅にメイドが控えて待っていた。
アレックスはメイドに汗を拭かれながら、用意されていた果実水を手に取る。
アランもメイドから水を受け取ると、一息に飲み干してから一人倉庫へと向かっていった。
アレックスは、アランが木剣を持って戻ってくるまでそのままメイドに世話を焼かれながら待つのだった。
「お待たせいたしました、坊ちゃま。それでは、型の稽古を始めましょう」
「はい、アラン。では、御願い致しますね」
アランに差し出された木剣を手に取って、アレックスは修練場の片隅から進み出る。
そうしてメイドの見守る中、二人は型の稽古を開始したのだった。




