第二話・剣の修練
朝食が終わると、アレックスは早速とばかりにアランを伴って修練場へと足を向けていた。
修練場は、スプリングフィールド家の居館の隣に建てられている石造りの武骨な建物である。
屋敷の外に併設された練兵場とは違って、この修練場ははっきり言って小さい部類に入るだろう。
というのも、ここを利用するのは一般の騎士や従士、兵士ではなく、館に詰める騎士や従士が訓練に利用するためのものであるからだった。
もちろん、スプリングフィールド家の者が利用する施設でもある。
今も、朝の修練のために利用している騎士達が数人、稽古に汗を流していた。
修練場へと足を踏み入れたアレックスを認めた騎士の一人が、駆け寄って声を掛けてくる。
「これはこれは、アレクサンダー様、ご機嫌麗しく……、本日はいかがいたしましたか?」
「今日から剣の稽古を始めることになりました。皆様のお邪魔は致しませんから、よろしくお願いいたしますね」
にこりと微笑みかけるアレックスに、声を掛けた騎士は騎士の礼で答えながら朗らかに微笑みを返した。
「左様でございましたか。いよいよアレクサンダー様も、剣の稽古を始められるのですね。もちろん、邪魔などという事はございませんとも。存分に稽古をなさっていただきますよう……」
「はい。精一杯頑張りますね」
「それでは、小官は鍛錬に戻ります。何かありましたらお声掛けください」
「えぇ、ありがとうございます」
暫しの間、騎士たちの訓練を眺めながら、ゆっくりとストレッチをしながら時を過ごすアレックス。
程無くして、修練場にフレデリックも姿を現した。
フレデリックの来訪に気付いた騎士達は訓練の手を止めて慌てたように整列をして一斉に敬礼をする。
フレデリックはそんな騎士達に気にせず訓練に戻るように指示をしながら、アレックス達の元へと歩みを進めていく。
「ハハハ!やはり早かったな。アレックスも随分とやる気の様だ」
指示されるまでもなくストレッチに精を出すアレックスの姿に、フレデリックは笑みを浮かべた。
「父様!さぁ、稽古を始めましょう」
「分かった分かった。それではまずは訓練で使う木剣を見繕うとしようか」
二人が倉庫へ足を向ければ、先んじてアランが倉庫の前に立って扉を開ける。
「さて、アレックスに丁度良い大きさとなると……」
倉庫に足を踏み入れながら、フレデリックは思案気に声を上げた。
見回せば、大小様々、多種多様な武器防具が並べられている。
この場に置かれているものは、そのほとんどが訓練用に刃引きされた鉄製の武具ばかりである。
その一角に、数は少ないながらも木剣がいくつか置かれていた。
フレデリックは、木剣の置かれている一角に歩み寄ると徐に二振りの木剣を取り上げた。
一つは全長1メートル程、もう一つはその半分ほどの長さの木剣である。
フレデリックは短い方の木剣をアレックスに差し出しながら、声を掛けた。
「アレックス。お前の体格ではまだこちらの長剣は大きかろう。まずはその短剣で、剣の型を覚える事から始めなさい。まぁ、お前も直ぐに大きくなるだろうからな。こちらの長剣を持つようになるのも、そう遠い未来ではあるまい」
「はい。父様の期待に答えられるように頑張ります!」
アレックスは笑顔で大きく頷く。
そうして、二人は倉庫から出ていく。
途中、フレデリックは体の半分以上を覆える大きさの騎士盾を手にしていた。
倉庫から出てきた二人の様子に、修練場にいた騎士達の興味が集まっている。
「さて、始めは体力作りのための走り込みからとは思っているのだが……その前に、基本的な剣の構えを教えておこうと思う」
そういったフレデリックは、静かに構えを取る。
「カルディア騎士道における基本の構えは、盾を前面に押し出して剣は中段に置く。が、これは追々学べばよかろう。アレックスの持つ剣なら、今の体格と合わせると片手でも両手でも行けるだろうが、まずは両手で構えてみるといい」
そう言って、中段の構えの基本を伝えていく。
アレックスは、言われた通りに中段の構えを取って見せる。
「うむ……、初めて剣を持たせたとは思えん程しっかりした形になっているな。よし!そのまま、一度打ち掛かってきなさい」
「はい。では、行きます」
アレックスは、剣を振り上げ言われたままに一歩踏み込んで切りかかる。
フレデリックはその一撃を悠然とその手の盾で受け止めて、すぐさま反撃の一撃を打ち込んだ。
フレデリックの打ち込んだ剣を、アレックスは自身の剣を素早く引いて受け止める。
続いて二合、三合と剣を打ち合わせてから一歩引いて距離を取ると、フレデリックは驚いたように目を見開いた。
「アレックスは、剣を持ったのは初めてのはずだな?アラン、まさかお前が既に手解きをしていたという事はあるまいな?」
「はい、いいえ旦那様。坊ちゃまが剣を持ったのは今日が初めてのはずでございます」
フレデリックはアランに一瞥くれてから、改めてアレックスに向き直った。
「剣の才能とでもいうのか?はじめてにしては上出来に過ぎる」
「さようでございますな。これなら直ぐにでも打ち込み稽古が出来そうに思います」
「うむ。まぁ、今しばらくは型稽古だ。焦る必要もないだろう。アレックス、今の動きは良く出来ていた。しばらくは、今の中段の構えを基本に型の稽古に励むように」
「はい、父様」
フレデリックは満足気に頷くと構えを解いて、アランに歩み寄っていく。
「さて、剣の稽古をつけるといった手前、こういうのも気が引けるのだが……後の事はアランに任せる事になる。私はもう仕事に戻らねばならん。後は任せるぞ、アラン」
渋い顔をしたフレデリックから剣と盾を受け取りながら、アランは恭しく頷き返して見せる。
そうして武具を預けたフレデリックが修練場の入り口へと歩みを進めれば、彼を迎えに来た文官の姿があった。




