第一話・いつもの日課から
大陸統一歴2310年、9月
ローランディア選王国、東方領領都スプリングフィールド
領主館の一角にて――
目を覚ませば、丁度朝日の上る時間であった。
アレクサンダー――アレックスは、ゆっくりとベッドから起き上がると、大きく一つ伸びをした。
部屋を見回しても、朝日をカーテンに遮られた室内は薄暗い。
アレックスは、部屋の中央に歩み寄ると、メイド達が来るまでの時間にいつもの日課を開始した。
手足を軽く振ってリラックスさせてから、自然体を心掛けて姿勢を整えていく。
大きく息を吸い、一息丹田に留め置いてからゆっくりと吐き出していく。
呼吸を繰り返しながら頭の天辺から手足の先端にまで徐々に意識を広げていく。
全身から微かに滲み出る霊力を感じ取り、身の回りに留め置く事に意識を集中していく。
全身に滲み出る霊力を掌握して全身を駆け巡らせて、身体を動かすエネルギー――気を精錬する。
そうして生み出した気を全身に纏い、身体中を駆け巡る気を循環させながら練り上げていった。
徐々に高まる気を全身に留め置き、ゆっくりとした動作で自然体を解いて構えを取っていく。
そして、静かに真直ぐ伸ばした両腕を体の前から上へと上げて、頭の上まで持ってきたら今度は指先までぴんと伸ばしたまま横に大きく広げるようにして腕を大きく回しながら下す。
数度繰り返したら、今度は腕を前に組み、左右に振り広げながら足を屈伸させていく。
そう、朝の習慣であるラジオ第一を始めたのである。
……
…………
………………
ラジオ体操第一と第二をじっくりと行ったら、次の日課に進む。
床に腰を下ろして足を組み、背筋を伸ばして手は体の前に置く。
目は半眼に閉じてゆっくり呼吸を繰り返しながら、感覚を周囲に広げていく。
そうして自身を取り巻く力、魔素を知覚するのだ。
魔素を知覚したら、それを呼吸のリズムに合わせてゆっくりと身の内側へと取り込んでいく。
身の内に取り込んだ魔素を全身に巡らせて馴染ませていき、そうして得た魔力を呼吸に合わせて組んだ腕の内で循環させていく。
心を落ち着けて魔力循環を地道に続けること暫し……
部屋の外、微かに人の気配が近付いてくる事を感じて、目を開く。
そそくさと立ち上がってベッドの縁に腰掛けた所で、部屋の扉を小さくノックする音が聞こえる。
床に座っている所などを見られたら、はしたないと言ってちょっとした騒ぎになりかねないからだ。
程無くして、部屋にメイド達が入ってくる。
「アレクサンダー様、おはようございます。本日もお早いご起床でございますね」
「はい、おはようございます。今日もよろしくお願いしますね」
メイドの内の一人が鏡台に備え付けの椅子を引き、アレックスは静かに腰掛けて身支度を整えていく。
とはいっても自分でする事など一つも無く、全てはメイド達の仕事になっていた。
「今日から剣術の稽古が始まりますね。服は動きやすいものでお願いします」
「かしこまりました。御髪はいかがいたしましょう。汗も掻くでしょうし、簡単に纏めてしまいましょうか」
「そうですね。貴方に任せます」
確認が終わると別のメイドの一人が服を手に近寄ってくる。
長ズボンをはいて半袖のチュニックに袖を通したら、その上にベストを羽織る。
着替え終えて改めて鏡台の椅子に腰掛けると、服を着せていたメイドは一礼してから後ろに下がった。
そして別のメイドと交代し、交代したメイドが手に櫛を取り、アレックスの髪を梳っていく。
程無くして髪を後ろでアップに纏めてリボンで止め……ポニーテールで仕上げていった。
そうして身支度を整え終えたところに、ノックの音が響く。
扉近くに控えていたメイドの一人が、そっと扉を開いて外の様子を確かめると来訪者の名を告げた。
「アレクサンダー様、アランが参りました」
「どうぞ、入ってください」
メイドが扉を開くと、静かに執事のアランが入室してくる。
「おはようございます、坊ちゃま。朝食の準備が整いました」
「はい、おはようございます。わかりました。では、行きましょうか」
……
…………
………………
食堂に着いてしばらく待てば、フレデリック達もやってきて一家揃っての朝食が始まる。
朝食が始まってすぐに、キャサリンがアレックスに微笑みながら声を掛ける。
「アレックス、今日は一段と上機嫌なのね」
「はい、母様。今日から剣の稽古が始まると思うとワクワクしてきます!」
「張り切るのはいいけれど、怪我はしないようにね」
はい!と元気に声を上げるアレックスに家族の皆に笑顔が浮かぶ。
「アリー、剣の稽古といったって、初日からそんなに面白い事なんてないと思うけどな……」
「アル君なら、きっとすっごい剣士様になれるかもしれないわよ!」
ニコニコ笑顔の止まらないアレックスに向けて、ランドルフとレスリーは思い思いの言葉を掛けていく。
そんな家族を見回して、フレデリックが話始める。
「まあ、初日から真剣を振らせたりはできん。まずは、木剣を使った型の練習と体力作りからだな。朝食が終わったら修練場へ来なさい。全てを見てやる時間はないが……まあ、初日くらいはな」
「はい!すぐに向かいますね」
「ハハハッ!そう急がずともよいぞ。時間はあるのだからね」
アレックスの張り切りように、フレデリックの顔に苦笑が浮かぶ。
「では、アラン。委細は任せるぞ」
「イエス、ユアハイネス」
そう言って深々と頭を下げるアランを見やって、フレデリックも大きく頷くのであった。




