第六十六話・武術大会優勝②
表彰式が始まってしばらく……。
ケレス学園長によるメダルと表彰状の授与が終り、ケレス学園長の祝辞に続いて女王陛下の名代として武術大会を観覧していた内務卿による祝辞が述べられていた。
内務卿の祝辞が終ると再びケレス学園長が拡声魔道具を手に取り、今年の武術大会の総括を行った。
「本年度の武術大会は、多少のトラブルはあったものの概ね問題なく執り行われました。多くの生徒が参加した中で行われた大会は、実に様々な勝負が繰り広げられました。激しい試合もあった一方で、参加した生徒達に大きな怪我も無く大会を終えられた事を大変うれしく思います。大会に参加した生徒はもちろん、試合を観戦した生徒達にとっても良い学びの機会となった事と思います。この大会を通して学んだ事をこれからの学園生活の糧として、生徒達皆が切磋琢磨し合いながらより高みを目指して精励努力してくれる様に切に願います」
話を終えたケレス学園長が、下ろした拡声魔道具をそばに寄って来た教師へと手渡す。
拡声魔道具を受け取った教師は、ケレス学園長に一礼すると表彰式の終了を宣言する。
「以上で表彰式を終わります。これにて、本年度の武術大会全日程が終了いたしました。観覧席で観戦していた生徒達は、会場に留まって騒ぐ事の無い様に注意して学生寮へ戻る様にお願いします。武術大会決勝トーナメントに出場した生徒諸君は、この後開かれる祝賀会に参加してもらいますので、別途案内のあるまで生徒待機席にて引き続き待機しておく様にお願いします」
拡声魔道具を持った教師のアナウンスを聞きながら、アレックスはこの後の祝賀会の内容を想像して内心でため息を零していた。
祝賀会では武術大会に参加した生徒達の健闘を称えるという事が趣旨である。
しかし、実際の所はと言うと、来賓として武術大会の観戦に来た貴族や騎士団の騎士達と将来を有望視される生徒達との顔合わせの機会であった。
実際、この祝賀会を通してローランディア選王国各地の貴族に召し抱えられたり、六つある騎士団にスカウトされたりする事は非常に多いのだった。
とは言え、未だ高等部アウレア一年生であるアレックスには、そういう事情はあまり関係が無い。
それに将来を考えたとしても、ローランディア選王国に四家しかない選公爵家の一つであるスプリングフィールド選公爵家の出であるアレックスには、この祝賀会での人脈作りに励む意味はあまり無い。
そう考えると、アレックスを通じてスプリングフィールド選公爵家との縁が欲しい貴族達を上手く捌いてその場をやり過ごすという仕事は、正直に言って退屈で面倒臭い代物だった。
そんな事を考えながら、アレックスは生徒待機席の自分の席へと戻っていったのだった。
しばらくして、二階の観覧席からは生徒達の姿も無くなり来賓用の観覧席からも貴族達が祝賀会の会場となる迎賓館へと移動を終えた頃だった。
武術大会の会場である第一体育館で待たされていたアレックス達決勝トーナメント出場生徒の下に、案内役の教師が姿を現した。
「それでは皆さん、注目してください。良いですか?祝賀会の開始は二時間後になります。君達生徒諸君は、それまでに身支度をきちんと整えてから迎賓館の玄関に集合してください」
そう言って、案内役の教師は生徒待機席を見回して言葉を続ける。
「それから、アレクサンダー・アリス・スプリングフィールドとチョセフ・デア・ムイラス、マーガレット・エレノア・クレメンタイン、アラアリ・アルアレアロの四名は祝賀会の前に支度をする必要が有りますので、他の生徒達より早い一時間半後に集合です。間違えて時間に遅れない様に注意してください。それでは解散!」
案内役の教師の言葉に、レオンが驚いた様な顔を浮かべてアレックスに声を掛けてきた。
「おい、アレックス達は別なのか?行き先は同じなんだから、どうせなら皆で一緒で良いだろうに……」
「さぁ?色々と段取りがあるんでしょう?それより、身支度を整えるというのであれば悠長にはしていられませんね。ヴァレリー達も待っているでしょうし、行きましょうか?」
「おぅ、分かった」
アレックスの答えに対して、レオンはそれ程深く考える事も無く挨拶を返してくる。
そうして、二人は揃って第一体育館の玄関へと歩いていった。
外に出ると、案の定ヴァレリー達が第一体育館の前でアレックスとレオンが出てくるのを待っていた。
「よぅ!ヴァレリー、リリー、シェリー。なんか待たせちまったみてぇだな」
「ヴァレリー、リリーさん、シェリーさん、お待たせしました」
ヴァレリー達の姿を認めたレオンが声を上げ、続けてアレックスもヴァレリー達に声を掛ける。
「アレックス君、レオン!お疲れ様。アレックス君、優勝おめでとう」
「本当よね。アレックス君、優勝おめでとう」
「優勝おめでとうございます、アレックスさん」
アレックスが近寄ると、ヴァレリー達が早速祝福の言葉を掛けてくる。
「ありがとうございます、ヴァレリー、リリーさん、シェリーさん。正直に言うと、無事に優勝できてホッとしています」
アレックスの言葉を聞いて、レオンが笑う。
「何が『ホッとしています』だよ!アレックスの実力なら当然だろ?」
レオンの言葉に、アレックスは苦笑を浮かべる。
それを見たヴァレリーも苦笑を浮かべてレオンに向き直る。
「レオン、仮にそうだとしても、実際に戦ったら何が起こるか分からないよ。……そうでしょ、アレックス君?」
「そうですね。結果が出るまで勝負は分からないものですよ、レオン?」
レオンは、そんなもんかと疑問を顔に浮かべる。
そうですよとアレックスが頷いていると、笑顔を浮かべたリリーがアレックスの手を取ってくる。
「そんな事より、お祝いをしなくっちゃ!折角、アレックス君が優勝したんだから!……後、ついでにレオンの残念会もしてあげないとね!」
すると、シェリーも仄かに顔を赤らめながら、リリーの反対側に回ってアレックスの手を取った。
「……そうですわね。アレックスさんの初優勝をお祝いしませんとね!後、折角ですからついでにレオンさんの残念会もしてあげませんと……」
二人の言い様に、レオンは不機嫌そうな表情を浮かべる。
「なんだよ、二人してさっきから!わざわざ残念残念とかって言うなよな!」
「まぁまぁ、そう怒らないで……」
文句を言うレオンを、困った様にヴァレリーが宥める。
それを見て、アレックスは左右のリリーとシェリーを交互に見やって口を開いた。
「リリーさん、シェリーさん。申し訳ないのですが、今日は武術大会の出場生徒には学園主催の祝賀会があります。あまり時間も無いので、直ぐに学生寮に戻って準備をしなければいけません。皆でお祝いの会をするのは、明日にして頂けませんか?」
アレックスがそう口にすると、リリーとシェリーは残念そうに顔を曇らせてお互いの顔を見合わせる。
「そっか……。そう言えば、武術大会が終った後はお祝いの式典があるんだったわね。初等部アウロラの頃は関係無かったから、すっかり忘れてたわ」
「そうでしたわね、それでは仕方ありませんわ。そういう事なら、明日改めてアレックスさんのお祝いをいたしましょう!」
それから、五人は揃って学生寮区画へと歩いていった。
その道中、ヴァレリー達はアレックスとレオンに第二体育館での試合観戦の様子を語って聞かせた。
学生寮の前まで来ると、レオンはアレックス達とは別れて高等部アウレア第一学年第二学生寮へと帰っていった。
アレックス達が高等部アウレア第一学年第一学生寮の玄関ホールに入った所で、第一学生寮の寮母がアレックスに声を掛けてくる。
「スプリングフィールドさん。待ってたわよ。……っとその前に、優勝おめでとう。この後は祝勝会でしょう?スプリングフィールドさんは試合で汗もかいてるだろうし、貴方には特別に湯浴みの準備をしてあるわよ。まさか、汗をかいたそのままの格好で、祝勝会に参加するわけにもいかないでしょうしね。さぁ、パパッと汗を流してきなさいな!」
「分かりました、ありがとうございます。それではお言葉に甘えて、お湯を使わせていただきますね」
直ぐに入浴の準備をしますと言うと、アレックス達はそのまま階段を上がっていく。
学生寮の自室の前まで来たアレックスは、ヴァレリー達を振り返る。
「それでは、ヴァレリー、リリーさん、シェリーさん、また後で」
アレックスの言葉に、ヴァレリー達は笑顔で頷く。
「あぁ、分かったよ、アレックス君」
「えぇ、分かったわ、アレックス君。それじゃぁ、夜にでも祝勝会での事とか聞かせてね?」
「はい、アレックスさん。それでは、また後で」
アレックスは、そう言ってヴァレリー達と別れて自分の部屋に入っていった。
部屋に戻ると、湯浴みをするために手早く替えの下着などを見繕う。
そうして一階まで戻ると、寮母がアレックスを待っていた。
「スプリングフィールドさん。さすがにこの時間から大浴場を準備することは出来ないから、管理人用の小狭い浴室を使ってもらう事になるんだけど、良いかしら?さぁ、案内するわ」
「はい、よろしくお願いします」
そうして、アレックスは管理人室にある浴室で入浴を済ませて身支度を整えると、時間に間に合う様にと一人学生寮を後にするのだった。




