第六十五話・武術大会優勝①
「チックショウ……。負けちまったぜ……」
そう呟いたムイラスの体からフッと闘気が掻き消えた。
すると、ムイラスの体はグラリと揺らめき、次の瞬間ムイラスは膝から崩れ落ちるようにして倒れ込んでいた。
アレックスは、咄嗟に倒れ込むムイラスを庇って抱きとめる。
そうして、そっとムイラスの体を床の上に寝かせていると、ガーンズバック先生が歩み寄って来た。
ガーンズバック先生は、ムイラスの顔を覗き込むと声を掛ける。
「まったく……無茶をするものだな、ムイラス君は……」
ガーンズバック先生に遅れて、担架を担いだ救護係の教師が駆け寄って来た。
すると、ガーンズバック先生は救護係の教師に振り返り、小さく頷いてその場所を譲る。
ガーンズバック先生と代わった救護係の教師が、ムイラスの脇に跪いて早速その容体を診察し始める。
「まったく、限界突破なんぞ使うからだぞ。……どこも怪我はしていないが、とにかく消耗が酷いな。もう立つ事も出来んだろう?担架を持ってきたから、このまま救護所まで運ぶぞ?」
救護係の教師がそう告げると、ムイラスが苦し気に口を開く。
「まだ……、最後の、礼が……終って、ません……。自分は、大丈夫です。これ……くらい……一人で、立てます……」
「こらこら、無茶はいかん!大人しく寝ていなさい!」
「だ、けど……クッ……」
歯を食いしばり立ち上がろうと身を起こすムイラスを、救護係の教師が優しく押し留める。
その姿を見たアレックスは、おもむろにムイラスの傍に跪くとその身を抱え起こした。
「君!何を、する……それは!」
アレックスは、胸元から取り出した聖印を救護係の教師に見せる。
「スプリングフィールド君は、フェルネス教団の神聖術士だったのか!」
驚く救護係の教師に向けて、アレックスは頷いてみせる。
「先生、ここは任せてください。法と秩序の神フェルネスよ、力尽きし者にその慈悲の御手を差し伸べ給え、彼の者に今一度立ち上がる活力を授けたまえ、神聖術、身命賦活化」
アレックスは、祈りの言葉を唱えると抱え起こしていたムイラスの胸元にそっと手を添える。
すると、アレックスの手に仄かな光が灯り、その光はムイラスの胸元に吸い込まれるように消えていった。
「……何だ?体が、軽く……」
ムイラスが顔を上げると、アレックスはその顔を覗き込んで声を掛けた。
「ムイラス先輩、まだ動いてはいけません。先輩の体は、相当に霊力を消耗していますからね。もう少し力を回復しておかないといけませんよ」
そう言うと、アレックスは瞑目して再び祈りの言葉を口にする。
「法と秩序の神フェルネスよ、身命を尽くした者に癒しと安らぎを与え給え、彼の者の魂に我が力を分け与え給え、神聖術、霊力譲渡」
すると、アレックスの全身が淡く光を放ち、やがてその光がアレックスの手に集約されて行くとムイラスの胸元に吸い込まれる様にして消えていく。
「さぁ、ムイラス先輩。これで少しは体が楽になったはずですよ」
ムイラスはヨロヨロとした覚束ない様子でゆっくりと体を起こすと、アレックスと目を合わせて口を開いた。
「……あぁ、まだ体は重いけど、これなら何とか立てそうだぜ……」
その様子を見ていた救護係の教師は、心配そうに眉根を寄せた顔でアレックスの肩に手を置くと声を掛けてくる。
「君……、スプリングフィールド君は大丈夫なのかね?私は神聖術は使えないが、医術を心得る者の一人として多少の知識はあるつもりだ。今の神聖術は、自分の霊力を対象者に分け与える術だろう?君だって、決勝戦で霊力を消耗しているのではないのかね?それなのに、動けなくなる程まで消耗している相手に動ける様になるだけの霊力を分け与えるなんて……。そこまでして、君の体の方は大丈夫なのかね?」
難しい顔を浮かべる救護係の教師の言葉に、アレックスは微笑みながら頷いて見せる。
「特に問題はありませんよ、先生。霊力を譲渡したと言っても必要最低限のものですし、それで自分が倒れる様な馬鹿な真似はしません。これでも、私は一人前の神聖術士ですから、そのあたりの事は心得ています」
「そうか。それなら良いんだ。……ただ、もし体調が悪くなる様な事があったら、無理はせずに救護室を頼りなさい」
「分かりました、先生。気を付けておきます」
そんな救護係の教師とアレックスの遣り取りを聞いて、ムイラスはアレックスに顔を向ける。
「一年生……、いや、スプリングフィールド。すまねぇな、世話を掛けちまった。礼を言うぜ。ありがとうよ」
そう言って、ムイラスは苦しげな顔でヨロヨロとふらつきながらも何とか立ち上がってみせる。
手を貸そうとする救護係の教師の手をやんわりと断ったムイラスは、肩で息をしながらも堂々と背筋を伸ばして立つ。
「さぁ、スプリングフィールド。まだ試合は終わっちゃいねぇぜ。勝負は最後までキッチリとしとかねえとな」
そうして、ムイラスはふらつきながらも床に落ちた木剣を拾い上げ、重たい足を動かして試合の開始位置まで歩いていく。
それを見たアレックスの方も、試合の開始位置に歩いていった。
「なぁ、スプリングフィールド……。お前のおかげで、担架で担ぎ出されて試合場を後にするなんて言う無様をさらさずに済んだぜ。礼を言うよ。今回の事は、貸しにしとくぜ」
ムイラスの言葉に、アレックスは小さく頭を振った。
「貸しだなんて……、別に良いですよ」
「良かぁねぇよ……。もし、いつか何か困った事があって、俺で力になれるっつうんなら何でも言ってこい。その時は、力を貸すぜ」
「ハァ、先輩がそう言うのなら、それで構いません。……では、これは貸し一つという事で」
「オゥ!貸し一つだ!」
ムイラスは、ニヤリと笑うと試合の開始位置に立つ。
アレックスも、ムイラスと相対する位置に立って相手を見つめた。
その二人の様子を見たガーンズバック先生は、良しと一つ頷くと手を上げてアレックスを指し示す。
「勝者!アレクサンダー・アリス・スプリングフィールド!」
ガーンズバック先生がアレックスの勝利を改めて宣言すると、会場がワァッと歓声に沸く。
「おめでとう、スプリングフィールド!」
「良い試合だったぞ!」
「二人共、よくやった!」
「ムイラスも凄かったぞ!」
様々な声が上がる中で、アレックスとムイラスは互いに一礼をするとガーンズバック先生にも一礼をしてから舞台を降りる。
「やったな!アレックス!」
アレックスが武術大会決勝トーナメントの出場生徒待機席へと戻って行くと、二つ隣の席からレオンが声を掛けてきた。
「ありがとうございます、レオン。私としても負けるわけにはいかなかったので、無事に勝てて良かったです」
片手を挙げてレオンの声に応じたアレックスは、ニコリと笑顔を浮かべてレオンの席の後を通り過ぎて行く。
そうして、そのまま自分の席に静かに着席した。
一方、ムイラスは神聖術による回復処置を受けたとは言え、限界を超えて酷使したために悲鳴を上げる身体を引きずる様にして待機席へと戻っていた。
自分の席に辿り着いたムイラスは、椅子にドカリと腰を下ろす。
すると、そのムイラスに向けて、隣の席の生徒が弾んだ声を掛けてくる。
「いやぁ、惜しかったなぁ、ムイラス。けど、流石だよなぁ!なかなか良い試合だったぜ?」
その言葉を聞いたムイラスは、途端に眉間に皺を寄せると険しい表情を浮かべる。
「アァ?良い試合だぁ?ふざけてんのか、テメェ?」
ムイラスの怒りの形相に、声を掛けた生徒は委縮する様に身を縮める。
「あっあぁ……いや、何かすまん、失言だった……。忘れてくれ……」
不機嫌さを隠さないムイラスは、なら言うんじゃねぇよと内心で悪態を吐く。
そうして、ムイラスは舞台の上で表彰式の準備が進められていくのをぼんやりと眺める。
しばしの時が流れ、舞台の上では表彰式の準備が整っていった。
「それでは、これより表彰式を執り行います!」
司会役の教師が拡声魔道具を持って舞台の上に上がり、表彰式の開始を告げる。
すると、二階の観覧席から、ワッと拍手と歓声が上がる。
「初めに、第三位!マーガレット・エレノア・クレメンタイン!」
「はい!」
「同三位!アラアリ・アルアレアロ!」
「はい!」
名前を呼ばれた二人が、舞台の上へと上がっていく。
それに合わせて、二階の観覧席からは再度拍手と歓声が響き渡る。
「続きまして、準優勝!チョセフ・デア・ムイラス!」
「……はい」
ムイラスは、一度息を吐くと歯を食いしばって立ち上がる。
そうして、険しい顔で前を向いたまま舞台の上へと上がっていった。
「それでは、本年度の武術大会、優勝!アレクサンダー・アリス・スプリングフィールド!」
「はい」
名を呼ばれたアレックスは、スッと立ち上がると、軽い足取りで舞台の上へと上がっていった。
アレックスが表彰台の前に立つと、司会役の教師が四人に台の上に上がるように促してくる。
そうして、最初にマーガレットとアルアレアロ、続いてムイラス、最後にアレックスの順番に表彰台に上がる。
すると、二階の観覧席からもうこの日何度目になるかも分からない拍手と歓声が上がった。
四人は、それぞれが手を挙げて生徒達の歓声に応えていく。
その歓声を聞きながら、アレックスはようやく終わったと安堵の息を吐き、ムイラスは敗北の実感に静かに拳を握るのだった。




