第六十四話・決勝戦④
静まり返った観客の生徒達が見守る中で、アレックスとムイラスの二人はその手の木剣を構え直した。
(大した奴だぜ。こっちは限界突破まで使って身体を酷使してるってのに……。真っ向勝負で勝てるイメージが全然湧かねぇよ)
ムイラスは肩で息をしながら、目の前で静かに木剣を構えるアレックスの様子を観察する。
(だけど、先輩が後輩に負けて無様をさらすわけにはいかねぇよな。お前には悪いが、この試合、何としてでも勝たせてもらうぜ、スプリングフィールド!)
覚悟を決めたムイラスが、攻撃に移ろうと足に力を込める。
その瞬間、先に攻撃を仕掛けたのはアレックスの方だった。
彼我の距離を一挙動で詰めたアレックスが、その手に構えた木剣を振るう。
「なっ!」
「剣技、斬撃」
今まさに踏み込もうと気を練っていたムイラスは、アレックスの踏み込みに機先を制されて動きが止まる。
(クソッ!)
ムイラスは、咄嗟に構えた木剣を立ててアレックスの攻撃を受け止める。
続け様にアレックスは右に左にと変化を付けて攻撃を浴びせてくる。
アレックスの攻撃を受け止める度に、木剣同士が打ち合っているとは思えないような硬質な音が木霊する。
アレックスの攻撃に一歩下がって守勢に回っていたムイラスだったが、数合打ち合うとアレックスの木剣に自分の木剣を叩きつける様にしてアレックスの連撃を押し返す。
木剣を弾かれたアレックスだったが、慌てる事は無く半歩引いて木剣を構え直していた。
そうして出来た一瞬の間を読み、ムイラスは攻撃を仕掛ける。
(今だ!)
「剣技、雷鳴連斬!」
ムイラスの木剣が、うなりを上げてアレックスの頭上から迫る。
ムイラスの放った絶技、雷鳴連斬はその一撃の威力よりも剣を振るう速度を重視した上中下段と続く三連切り――時にフェイントを交える事もある――だった。
そのムイラスの上段への初撃を、アレックスは軽く頭を下げて避ける。
続いて放たれる中段への打ち込みを、アレックスは木剣を立てて受け止めた。
そして、最後の下段への攻撃はムイラスの木剣を飛び越えるかのように飛んで避けてみせた。
(まだまだぁ!)
下段への攻撃を避けられたムイラスは、振り抜いた木剣を鮮やかに切り返すと宙を舞うアレックス目掛けて再びその手の木剣を振るう。
「剣技、強斬撃!」
連続で攻撃を受け続けたアレックスであったが、慌てる事無く空中でムイラスの攻撃を受け止めてみせる。
しかし、それこそがムイラスの狙いだった。
気を込めて強振したムイラスの木剣を、アレックスは足場の無い空中で受け止めていた。
地に足がついているならばいざ知らず、空中では踏ん張って耐える事など出来はしない。
そのムイラスの目論見通り、アレックスは試合場の舞台の端まで大きく吹き飛ばされていた。
所が、アレックスは焦るでもなく空中でヒラリと身を翻すと、ストンと舞台の上に見事に着地して見せる。
しかし、ムイラスはそのアレックスの様子を確かめるまでも無く、直ぐに次の行動へと移っていたのだった。
(ここからだ!)
「戦技、瞬動!」
ムイラスは、アレックスとの間に開いた距離を絶技でもって一瞬にして詰め寄る。
そうして続け様に絶技を発動させていく。
「剣技、旋風斬!」
ムイラスの気を込めた木剣が、横薙ぎにアレックスに襲い掛かる。
アレックスは、小さく頭を下げてその一撃を避ける。
しかし、そこでムイラスの攻撃は終わらなかった。
ムイラスは木剣を振り抜いた勢いをそのままに身体を回転させると、流れる様に今度は足元を狙った下段切りを放ってくる。
通常の下段切りより幾分か低い位置を狙ったその一撃を、アレックスは軽く飛ぶ様にして躱してみせる。
だが、ここまでの全てはムイラスの目論見通りだった。
(ここだぁ!)
下段切りを躱されたムイラスの体がさらに加速して回転する。
宙に跳び上がったアレックスに向けて、ムイラスは三度目にして渾身の旋風斬を叩き込む。
もちろん、先程の強斬撃と同様に防がれるのは予想の範疇だった。
しかし、先程とは状況が違う。
舞台の端にまで吹き飛ばされていたアレックスにとって、その後ろは場外になるのだ。
宙に浮くアレックス目掛けて放たれたムイラスの一撃をこのままアレックスが受け止めれば、その身は確実に場外まで吹き飛ぶ事になるだろう。
そうなれば、アレックスの場外負けとなる。
ムイラスの本心としては、このような方法で勝利する事に対して忸怩たる思いを抱かないわけではなかった。
しかし、これまでの攻防で彼我の実力差を感じ取っていたムイラスにとっては、これが現状で唯一のアレックスに勝つ可能性のある方法だと判断していたのだ。
だからこそ、その瞬間はムイラスにとって驚愕の出来事であった。
空中に跳び上がったアレックスにとって、続けて放たれたムイラスの横薙ぎの一撃は回避不能。
そのため、アレックスはその手の木剣を盾にしてムイラスの一撃を受け止めて場外まで吹き飛ぶ。
その筈だったのだ。
「なっ!飛んだ!?」
ムイラスの攻撃が当たる寸前、アレックスは空中で不可視の足場を踏み台にしたかの様にさらに高く跳び上がる。
そうしてムイラスの攻撃を躱して、ムイラスの頭上を飛び越えるかの様に空高く舞って見せたのである。
頭上を振り仰ぎ、アレックスの行方を追うムイラス。
その頭上で身を翻したアレックスは、その手の木剣を引き絞り力を込めて遥か上空から突きを放つ。
「剣技、流星爆散」
もちろん、アレックスがその手の木剣を精一杯に伸ばした所でムイラスの体に届く様な距離ではない。
しかし、アレックスの放つ無数の刺突の一つ一つから、アレックスの闘気――気弾――が迸る。
アレックスが放つ気弾の雨を視界に入れたムイラスは、瞬時に状況を察して両手で構えた木剣に力を籠める。
「剣技、飛竜斬!」
振り抜いたムイラスの木剣から力強く気の剣戟が飛ぶ。
アレックスの打ち出した無数の気弾とムイラスの放った剣閃が、空中で衝突してドォンと重い爆音を上げる。
ムイラスは、その衝撃に目を細める。
その時、アレックスが上空から爆発の衝撃破を突き破るかの様に突撃してきた。
「剣技、鷲爪襲撃」
その速度は、自然落下のそれよりもはるかに速い。
上空から襲い掛かるアレックスの姿を認めて、ムイラスの心に焦りの色が浮かぶ。
アレックスの打ち出した無数の気弾を迎撃するために、同じく気の斬撃を放ったムイラスの体は絶技を放った反動で硬直していた。
アレックスの木剣が今まさにムイラスの頭に叩き込まれようとした瞬間……。
「戦技、即応反射!」
絶技を用いて無理やり体勢を整えたムイラスは、アレックスの木剣を間一髪の所で受け止める。
「クッ!」
アレックスの木剣を受け止めたムイラスの腕に、小柄なアレックスが打ち込んできたとは思えない程の重い衝撃が走る。
あまりの衝撃に、堪らずムイラスは一歩後ずさる。
その目には、木剣を引いて構えるアレックスの姿が映っていた。
僅かに力を溜めた所で、アレックスから容赦なく追撃の一手が放たれる。
「剣技、致命打突」
アレックスの手から力強く気を纏った強烈な突きが放たれる。
咄嗟に一歩下がりながらその攻撃から逃れようとしたムイラスは、アレックスの突き込む木剣の軌道に自らの木剣を差し込む様にして受け止めようとしていた。
ガキンッと重い音が響き、ムイラスの手から木剣が弾け飛ぶ。
それは、ムイラスが決して十分とは言えない体勢でアレックスの放つ絶技を受け止めようとして失敗したからだけではない。
アレックスのそもそもの狙いが、ムイラスの持つ木剣だったのである。
ムイラスの手を離れて吹き飛んだ木剣が、舞台の上に落ちてカラカラと乾いた音を立てる。
ムイラスはその音をどこか遠くで聞きながら、アレックスの持つ木剣の切っ先が自分から僅かに逸れていた事に遅れて気付いた。
とは言え、気付いた時にはもう遅かった。
アレックスは既にムイラスの喉元に木剣をピタリと突き付けており、ムイラスは棒立ちで仰け反ったまま動くに動けなくなっていたのだった。
「クッ……。参った……」
「そこまでぇ!」
ガーンズバック先生が制止の声を上げる。
勝負の行方は、もはや誰の目にも明らかだった。
途端に、会場中から歓声が上がる。
「スゲェぜ、コイツは!」
「こんなの前代未聞だぞ!」
「なんてこった!信じられん!」
「あの一年生、勝っちまったよ!」
「やったな、一年生!」
「まさか、あのムイラスに勝っちまうなんて!」
「凄いぞ!スプリングフィールド!」
「おめでとう!スプリングフィールド!」
「スプリングフィールド、万歳!」
「ローランディア選王国に栄光あれ!」
アレックスは一歩引いて残心を取ると、息を一つ吐いて構えを解いた。
その時、アレックスと対峙していたムイラスの体がグラリと揺れると膝から崩れ落ちたのだった。




