第六十三話・決勝戦③
「さぁ、行くぜ?スプリングフィールド!」
十分に気を高めたムイラスが、アレックスに向けて宣言する。
その体からは力強く気が立ち上っている。
「ウォォッ!戦技、能力向上!能力超向上!闘気解放!」
絶技を続けて三つ発動させたムイラスの体から気が溢れ出し、衝撃波となって周囲に広がっていく。
アレックスは、ムイラスの放つ気の衝撃波を顔色一つ変えず静かに正面から受け止めてみせる。
巻き起こる風が、アレックスの煌びやかに輝く長い金髪を美しくはためかせる。
ムイラスの圧に全く動じた素振りを見せないアレックスの様子を見て、ガーンズバック先生は目を細めると内心で感嘆の声を上げる。
(ホゥ、スプリングフィールド君は大したものだな。ムイラス君の気の圧は、もはや中級のそれではないというのに……)
静かにたたずむアレックスの様子を見たムイラスは、その内心では少々の衝撃を受けていた。
(この俺が全力で気を解放したって言うのに、涼しい顔しやがって……。元々、そう長くはもたねぇんだ。なら、出し惜しみは無しでいくぜ!)
覚悟を決めたムイラスは、更なる絶技を発動させる。
「ハァァッ!戦技、限界突破!」
ムイラスの体から更なる気の力があふれ出して荒れ狂う。
その様子を見たアレックスは微かに眉をしかめた。
(ムイラス先輩、無茶をしますね。まぁ、これが決勝戦なのですから、勝利のためには多少の無茶もしますか……)
思えば、準決勝戦のマーガレット先輩だって限界突破を使ってきたのだ。
そのマーガレットより席次が上のムイラス先輩が、マーガレット先輩と同様の絶技を使えない道理はないだろう。
そこまで考えて、アレックスはムイラスに対する警戒度を少し上方修正する。
アレックスがそんな事を考えていると、ムイラスの構えがわずかに動いた。
(来る!)
ムイラスの全身に力が漲る。
次の瞬間、ムイラスはこれまでの試合でも見た事の無い踏み込みの速さでアレックスとの距離を一気に詰めて来た。
「剣技、崩壊斬!」
アレックスとムイラス、二人の間の距離を刹那で詰めたムイラスは大上段の構えから勢い良くその手の木剣を打ち込んできた。
その一撃を受けるアレックスは、ムイラスの打ち込んでくる木剣の軌道に合わせる様に木剣を逆さに構える。
ムイラスの一撃を木剣の刀身の根本で受け止めると、軌道を逸らされたムイラスの木剣がそのままアレックスの木剣の切っ先まで滑って舞台の床を強かに打ち付ける。
ムイラスの木剣に込められた気の力が弾け、ドォンと大きな音を立てると周囲に衝撃波を撒き散らす。
アレックスは、ムイラスの木剣を受け流した流れのまま衝撃波を避ける様にムイラスへ向かって左足で一歩踏み込む。
そうして密着する距離に入ったアレックスは、ムイラスの体を軸に右足を引いてクルリと身をひるがえす様に回転する。
背中合わせにムイラスの背後を取ったアレックスは、回転の勢いを利用してさらに左足を一歩踏み出して回転すると背後――ムイラスの背中――を振り返る。
自分の間合いに持ち込んだアレックスは、ムイラスの背中を見ながらその手の木剣を振り上げた。
(このまま打ち込めば、簡単に一本取れてしまいます。ムイラス先輩が反応出来ると良いのですがね……)
そう思いながら、アレックスはムイラスの背後を取った位置からその脇腹に胴打ちの一撃を叩き込もうとした。
(躱され……消えた?)
ムイラスは、アレックスの動きに驚愕した。
その時、アレックスを見失ったムイラスは首筋にチリチリとした重圧を感じる。
勢い良く木剣を振り下ろしたムイラスの体勢は攻撃のために前掛かりになっている。
「後ろ?!」
背後に回ったアレックスに気が付いたムイラス。
それと同時に、前掛かりになって技を放った直後の体勢では反応出来ない事も悟る。
(戦技、即応反射)
ムイラスは、即座に絶技を使って崩壊斬を放って硬直した体を反応させる。
そして、無理な姿勢を押して続け様に次の絶技を放つ。
「剣技、旋風斬!」
アレックスが一撃を放つ前に考えを巡らせた一瞬の間に、ムイラスが次の攻撃を放つ。
ムイラスは木剣を横に構えて一回転すると共に気を込めた木剣で周囲を薙ぎ払う様に切り払う。
横薙ぎの一撃がムイラスの背後を取っていたアレックスに襲い掛かり、アレックスは木剣を立ててその一撃を受け止めた。
ガツンと重い衝突音が響く。
ムイラスの気を込めた一撃の威力に、体重の軽いアレックスの体が弾き飛ばされる。
アレックスは吹き飛ぶ瞬間に自分から後ろに飛んで衝撃を受け流すと、ムイラスの剣戟の力も利用して大きく吹き飛んだ。
クルリと宙返りを打って着地したアレックスは、ムイラスの動きを把握しながら落ち着いて木剣を構え直した。
「逃がさねぇぜ、スプリングフィールド!」
振り抜いた木剣の勢いを殺さずに頭上で回転させたムイラスは、両足に力を籠めると開いたアレックスとの距離を詰めるべく飛び掛かる。
「戦技、瞬動!」
絶技を用いて一気に間合いを詰めたムイラスは、頭上で振り回していた木剣をアレックスに向けて振り下ろした。
「剣技、縦断剣舞!」
気の込められたムイラスの木剣が、ブンブンと風切り音を立てながら右から左から次々に切り下される。
それに対して、アレックスは冷静にムイラスの攻撃を受け流しながら、その剣戟をつぶさに観察していた。
クルクルと回るムイラスの木剣の軌跡は、そのまま教本にしても良いと思えるほどの見事な水車切り。
ただ、それだけでは太刀筋は左右からの切り下ろしのみだ。
しかし、ムイラスの木剣は様々な間合い、角度から切り込んでくる。
その秘訣は足運びにあった。
一般人のイメージでは、ムイラスの使う様な両手剣や大剣と言われる類の武器は、その膂力でもって振るわれていると思われている。
しかし、実際にはそれらの武器を十全に扱うためにはその膂力以上に立ち回りの巧みさが重要であり、そのために敏捷性や器用さが求められる武器だった。
アレックスは、ムイラスの剣戟を左右に受け流しながら、振り回される木剣の動きと共にムイラスの足運びに注目していた。
前後左右に動く足運びと左右の斬撃の組み合わせ。
その組み合わせを連続する事で、ムイラスの木剣の軌跡は多様な変化を生み出しているのである。
何合と剣戟を受け流し、間隙を縫って反撃の剣を振るう。
その度に、ムイラスは自身の間合いの長さを生かして一歩下がりながら木剣を振り下ろし、アレックスを近寄らせまいとする。
「ちょこまかと逃げ回るだけか?スプリングフィールド!」
挑発する様に声を上げるムイラスが、振り回す木剣の回転速度を上げる。
相変わらずその攻撃を受け流していたアレックスだったが、そこに隙を見つけていた。
前後左右と巧みな立ち回りで木剣を振るうムイラスだったが、下がる時には左足で下がって右からの切り下ろしを繰り出す動きしかしていない。
おそらくはそれがムイラスの癖なのだろう。
そう当たりを付けたアレックスは、ムイラスの一撃を受け流しつつ一歩踏み込む。
それに対して、ムイラスは案の定左足を下げて間合いを取ろうとする。
ムイラスの右からの切り下ろしを、アレックスは左に踏み込んで避けるとムイラスの右を取る。
「クッ!」
ムイラスはさらに右足を引いて間合いを取ろうとするが、アレックスはガラ空きになったムイラスの右脇腹にめがけて横薙ぎに木剣を打ち込んだ。
ムイラスは、手にした木剣を逆さに立てて体とアレックスの木剣の間に割り込ませる様にしてその一撃を受け止める。
十分な体勢で攻撃を受けられなかったムイラスは、アレックスの一撃を受けてよろめく。
そこにアレックスは追撃の一手を打とうと木剣を翻した。
「コナクソォ!」
その瞬間、アレックスとの間合いが詰まっていたムイラスは、崩れた姿勢から咄嗟に前蹴りを放つ。
アレックスがその蹴りを手で受け止めると、ムイラスは体重差のあるアレックスを強引に蹴り飛ばして間合いを開ける。
「ハァハァ……」
肩で息をするムイラスの様子を見て、アレックスはムイラスの限界が近づいている事を察していた。
「ムイラス先輩?あまり無理をすると、お体に障りますよ?」
「ウルセェ!言ってろ!まだまだ、これからだぜ?」
そう言って強がるムイラスの表情は険しいものだった。
(あまり長引かせても、先輩の体が持たないかもしれませんね)
そう考えたアレックスは、それとなく周囲の状況に気を配る。
試合を見ている観客の生徒達は、二人の試合の激しさに息を吞んだ様に静まり返っていた。
(これなら、後一つか二つ位の見せ場を作って、そこから勝負を決めてしまってもよさそうです)
そう判断したアレックスは、ムイラスを正面から見つめると小さく息を吐いて気持ちを入れ直す。
そうして静かに木剣を構え直したのだった。




