第六十話・準決勝戦の後で
マーガレットとアレックスによって行われた準決勝戦第二試合は、アレックスの勝利に終わった。
二人の学生レベルを超えた戦いに、観客の生徒達からは大いに歓声が上がっていた。
二人の健闘を称える声に交じって、アレックスの名を呼ぶ声がちらほらと上がる。
アレックスは、自身に向けられる歓声に向けて小さく手を振って応えていく。
生徒達の歓声にひとしきり答えた所で、アレックスは舞台の上から降りていった。
しかし、二人が舞台を降りても生徒達の歓声が止む事は無く、進行のために舞台に上がってきた拡声魔道具を持った教師は、まず最初に歓声を上げ続ける生徒達に静まるようにと注意をしなければならない程だった。
しばらくして観客の生徒達の歓声が落ち着いてきた所で、改めて教師が拡声魔道具を使ってアナウンスを始める。
「それではこれにて武術大会決勝トーナメント準決勝戦全試合を終了とします。これより午後から行われる決勝戦までの間、昼休憩といたします。決勝戦の開始は二時間後です。試合に出場する生徒はもちろん、武術大会決勝トーナメントに進出した生徒達は観戦するため時間に遅れないように注意してください」
こうして、拡声魔道具を持った教師の合図で昼休憩が始まった。
生徒待機席で教師の指示を聞いていた武術大会決勝トーナメントに進出した生徒達はもちろん、二階の観覧席にいる観客の生徒達も昼休憩の開始と共に席を立って動き出した。
その様子を見ながらさてどうしたものかと思案に暮れるアレックスに、近付いてきたレオンが声を掛けてくる。
「おい、アレックス。お前は、お昼に行かないのか?」
「あぁ、レオン。いえ、お昼を食べに行くのはもちろん行くんですけど、あの混雑ぶりを見ているとそこに突撃する気にはなりませんね」
ガヤガヤと声を上げながら昼休憩に向かう生徒達は皆、これから思い思いに集まっては午前中の準々決勝戦や準決勝戦の話で盛り上がったり、あるいは午後から行われる決勝戦の予想などの話題で盛り上がるのだろう。
昼休憩に向かう生徒達で込み合う第一体育館の出口の賑やかな様子を見て、アレックスはそんな事を考えていた。
そんなアレックスの様子を知ってか知らずか、レオンはアレックスの言葉に頷くと二人で並んで第一体育館の出口の喧騒を見つめる。
「まぁ、そうだな。昼休みは二時間もあるんだし、ちょっとくらいならゆっくり行っても問題ないだろうな。どっちにしろ、昨日今日と学園の外から来た一般の観客も食堂を使うんだから、どうせしばらくはすっげぇ込み合うしなぁ。まずは昼飯の前にヴァレリー達と合流すっかなぁ」
「そうですね。三人は第二体育館で観戦しているはずですから、そちらに行ってみましょうか?」
そう言って、アレックスはレオンと共に第一体育館の出口へと向けて歩き出した。
……
…………
………………
二階の来賓用観覧席からアレックス達の様子を見ていたジェイコブ・グランツは、静かに場内の様子を眺めている隣の人物へ目を遣った。
「それで、どうですか?バクスターさん。今年の武術大会決勝トーナメントは興味深いでしょう?」
グランツが声を掛けると、バクスターと呼ばれた男は一つ頷くと顎に手を当てて考え込んだ。
「うむ。噂には聞いていたが、今年の出場生徒はかなりの逸材揃いだな。もし、その彼等が王都騎士団に入団してくれるのであれば、これは大いに期待が出来るところだろう」
そう答えた彼――マクシミリアン・バクスター――は、話しかけてきたグランツと同じく王都騎士団に所属する騎士である。
また、第五大隊である近衛騎士隊の大隊長にして王都騎士団の副団長でもあった。
そのバクスターは、白髪交じりの髪を撫で付けると背後に控える女性騎士へと振り返って声を掛けた。
「ロビンソンは、どう思う?」
二人の背後に控えていた騎士――セリカ・ロビンソン――は、問い掛けてきたバクスターに向き直るとピシリと直立不動の姿勢を取って答えた。
「はい、バクスター副団長。今年の武術大会決勝トーナメントに出場している生徒達の中でも、準決勝戦に進出した六年生の三人は、他の生徒に比べて頭一つ抜けた実力があると思います。事前に学園から頂いていた資料によれば、三人ともに学術の成績も非常に優秀です。もし王都騎士団に入れば、間違いなく騎士として選出されるでしょう」
今年の勧誘では有力候補ですと言うロビンソンの言葉に、バクスター副団長は頷き返す。
それを見ていたグランツは、少し話題の矛先を変えてみる。
「いやぁ、それにしても、今年の武術大会は驚く事が多いですな。決勝戦に残ったムイラスと言う生徒の実力もかなりのものですが、他の二人も相当のものです。しかし、やはりもう一人の決勝戦進出生徒の方が興味深いかと……いや、真の逸材と言うのはああいう者の事を言うのかもしれませんな。決勝戦自体はまだこれからですが、正直に言って……」
そう言ってグランツがバクスター副団長に目を遣ると、バクスター副団長は眉間に皺を寄せて唸った。
「うぅむ、アレクサンダー・アリス・スプリングフィールドの事か……。一年生で武術大会決勝トーナメントの決勝戦まで進出したのだから、既に王立アウレアウロラ学園の歴史に名を刻む逸材だろうな。しかし……」
「しかし?」
言い淀んだバクスター副団長に、グランツは話の続きを促す様に問い返す。
「うむ、本来であれば五年後、六年生になる頃には確実に騎士団への勧誘候補に上がるだけの逸材ではあるが、彼はあのスプリングフィールド選公爵家の御子息だからな。どちらかと言えば、警護する側と言うよりも警護される側の人間であろうよ」
我々の仕事は王都騎士団の次代の騎士候補を探す事だからなと言って、バクスター副団長は苦笑を浮かべる。
「そもそも彼の立場から言っても、彼は王位継承候補者の一人だ。しかもスプリングフィールド選公爵家としては、ほぼ唯一と言っていい王位継承候補者だろう?仮にどこかの騎士団に入団するとしても、王都騎士団よりは青龍騎士団の方がその候補に挙がるだろうな。それに、実務経験を積ませて実績作りをすると言うのならば、スプリングフィールド選公爵家で跡継ぎの兄君の補佐に着くのでも良いし、王城で文官として仕えるのでも良い」
無理をして騎士になる必要もあるまいと、バクスター副団長は口にした。
バクスター副団長の言葉に、グランツはそれは惜しいですなと頷いて見せる。
「それは、惜しいですなぁ。彼は王立アウレアウロラ学園入学の時から成績最優秀だそうで、既に通算五年連続で学年総代に選ばれていますからな。彼がこのままの成績を維持するのであれば、後の五年もそうなるでしょうし、それだけでも歴史的快挙です」
後足りないのは実務の実績だけでしょうとグランツが言うと、バクスター副団長は同意する様に頷く。
「まぁ、ここであれこれと言っていても仕方のない事だな。彼が学園を卒業した後にどういった道に進むつもりかは分からんが、情報収集だけは怠るわけにはいかんだろう。……決勝戦の後の祝賀会では、ケレス学園長と話す機会もある。その時に、今後の事も考えて彼女に相談の機会を設けてもらえるようにお願いする必要があるだろうな」
バクスター副団長はそう言うと、一度試合場に目を向けてから来賓用観覧席の出口へと歩き始める。
「まぁ、それは後で考えればよい事だ。それよりもまずは飯だな。食える時に食っておく事も騎士の仕事の内だ。行くぞ!」
バクスター副団長の言葉を受けて、グランツとロビンソンの二人もその後に続く。
「しかし、目下の課題は昼休憩の間の貴族共の相手をどうこなすかだな。どうも俺は、口さがない宮廷雀共の相手と言うのが性に合わん。あれなら、多少堅苦しくてもじっと黙って女王陛下の警護任務に就いている方が気が楽だ。っと、これはここだけの話にしておけよ?グランツ、ロビンソン」
バクスター副団長がニヤリと笑うと、グランツも悪戯っぽく笑顔を浮かべる。
クランツとは対照的に、ロビンソンは眉根を寄せて苦笑を浮かべていた。
こうして、三人は人気の無くなった観覧席から昼食会場となっている迎賓館へ向かうのだった。




