第五十七話・決勝トーナメント二日目
武術大会決勝トーナメントの一日目は、第二回戦第八試合でアレックスの不正を叫ぶ六年生の影響で試合後に緊急理事会にて査問会が開かれるというアクシデントがあったものの、それ以外については滞りなく進んだ。
翌日も、武術大会決勝トーナメントの会場である第一体育館の場内の雰囲気は例年のそれと変わりなく、前日に起こった騒動の影響は微塵も感じられなかった。
準々決勝戦第四試合を終えたアレックスは試合の勝利を宣言されると、対戦相手と審判役の教師に一礼して舞台を降りる。
アレックスの勝利に、二階の観覧席からは万雷の拍手が鳴り響く。
舞台から降りるアレックスは、観客の生徒達の声援に応えて軽く手を振ると自分の待機席へと戻っていった。
対戦を終えた生徒が二人とも舞台から降りた所で、審判役の教師と入れ替わりに拡声魔道具を持った教師が舞台の上へと上がって来た。
「これにて武術大会決勝トーナメント準々決勝戦全試合を終了とし、準決勝戦開始までしばし休憩といたします。準決勝戦の開始は三十分後です。試合に出場する生徒はもちろん、武術大会決勝トーナメントに進出した生徒達は観戦するため時間に遅れないように注意してください」
拡声魔道具を持った教師の合図で、試合間の休憩が始まる。
休憩が始まると、二つ隣の席に座っていたレオンがアレックスの下へ来て声を掛けてきた。
「アレックス、お疲れさん。昨日の事があるから今日の試合はどうかなるかと思ってたけど、何もなかったな」
アレックスは、立ち上がるとレオンに向き直った。
「そうですね。特にこれと言って何かを言われる様な事は無かったですね。まぁ、騒ぎを起こした先輩には悪いですが、決勝トーナメントに関しては特に影響はなかったという事でしょうかね」
そう言って、アレックスは席の一つを見る。
そこは、昨日の第二回戦第八試合で対戦した相手の六年生が座っていた――いや、座っているはずだった席だった。
今日、件の生徒の姿はそこには無かった。
本来ならば、武術大会決勝トーナメントに進出した生徒は各人の勝敗の結果に関係なく全員が揃って決勝トーナメントの試合を観戦する事になっているにもかかわらずだ。
アレックスの視線に気付いたレオンが声を上げる。
「あぁ、例の先輩か?そう言えば姿が無いな……。決勝トーナメントの試合は、出場生徒全員が第一体育館で観戦しないといけないはずだよな?なんかあったのかなぁ……?」
レオンの言葉に、アレックスは苦笑を浮かべる。
「レオン、掲示板は見ていないんですか?高等部アウレア第六学年用掲示板に掲示されていたんですよ?」
アレックスが問いかけると、レオンは不思議そうな表情を浮かべた。
「俺達は、まだ第一学年だろ?全体掲示板ならともかく、他の学年の掲示板なんてわざわざ見ないって……」
それもそうですねとアレックスが応じると、なんかあったのかとレオンは興味あり気に聞いてくる。
「彼には処分が下ったよ。七月一杯は自室で謹慎する事になったんだ。今頃は、自分の部屋で反省している頃だろうね」
アレックスとレオンの二人が話していると、二人の後から声を掛けてきた人物がいた。
アレックスは落ち着いて、レオンは驚いた様に背後を振り返る。
「お疲れ様です、生徒会長」
「うわ!おっお疲れ様です、先輩」
二人の背後から声を掛けてきたのは生徒会長のアラアリ・アルアレアロだった。
「悪いね。盗み聞きをするつもりでは無かったんだが、二人の話が聞こえてしまってね。下級生に模範を示すべき六年生が、騒ぎを起こす様な事になってしまって申し訳ないね」
アルアレアロの言葉に、アレックスは頭を振った。
「いえ、生徒会長がお気になされる様な事ではありません。あの先輩も査問会による審議を受けての事のようですし、私としては結果で示すだけです」
アレックスの返答に、アルアレアロは微笑みを浮かべる。
「頼もしい事だね。僕としては、君が昨日の事で心を乱されてしまわないかと心配していたんだが……、今日の試合を見ればそれが杞憂だったと分かったよ」
そうして、少しだけ声を潜めて続ける。
「君の強さは承知の上だけれど、改めて見せられると正直言って複雑だね。僕も結構できる方だと思っているけれど、上には上がいるって……。勿論そんな事は百も承知の事だけれど、その相手が後輩という事になると素直に認めるのは少々きついものがあるかな」
そう言って苦笑するアルアレアロに対して、アレックスは小さく頭を下げた。
三人が話をしていると、そこに一人の生徒が近寄ってくる。
「よぅ!生徒会長、そんな所で突っ立って何してるんだ?便所行かねぇのか?」
その声に振り返ったアルアレアロは、声の主に返事を返した。
「ムイラスか……。まったく、君はデリカシーが無いって女子によく言われるだろ?」
「うっせぇよ。んなもん気にして、お上品ぶってお高く留まっていられるかよ。ったく、堅苦しい奴だな……」
そう言いながら三人の下へと歩み寄って来たムイラスは、アレックスとレオンに気付くと片手を挙げて挨拶してきた。
「よぅ、一年生のスプリングフィールドと……そのダチのグランツだったか?何突っ立ってるんだ?トイレなら急がねぇと混むぞ?」
ムイラスの飾らない調子に、アレックスは思わず苦笑を浮かべる。
それに対して、レオンは緊張した様子でムイラスに返事を返した。
「お疲れ様です、先輩。準決勝進出おめでとうございます」
「おぅ!ありがとな。けど、俺の目標は優勝だからな。準決勝戦だって、通過点に過ぎないのさ」
自信ありげに胸を張るムイラスの言葉に、アレックスはちらりとアルアレアロの様子を窺う。
それと言うのも、ムイラスの準決勝戦の相手が目の前にいるアルアレアロだからだ。
アルアレアロはあきれた様子で溜息を吐くと、ムイラスに言葉を掛けた。
「ムイラス……。仮にも準決勝戦の対戦相手が目の前にいるのに、その言い様はないだろう?だからデリカシーが無いって言われるんだ。大体、僕だって、そう簡単に負けてやるつもりはないんだからな?」
しかし、ムイラスはその言葉を気にした様子も無く、逆にアルアレアロを挑発してくる。
「おいおい!誰に対してものを言っているんだ?そういう事を言うのは、まず俺に勝ってからにしろよな!それに、言うんなら『そう簡単に負けてやるつもりはない』じゃなくて、『今回は勝つのは俺だ』じゃねぇのかよ?」
ムイラスの言い様に、アルアレアロは苦笑を浮かべる。
「まったく、君は大した自信家だよ。僕だって腕に覚えがないわけじゃないつもりだけれど、だからと言って君の様に自信過剰にはなれないな」
アルアレアロが溜息を吐くと、ムイラスは呵々と笑った。
「ハッハッハッ、間違えるなよ?自信過剰じゃなくて、実力相応に自信があるのさ!……いい機会だからな。お前らにも、俺の実力ってものを見せてやるよ。勉強だと思って、しっかりと観戦しとけよ?」
アレックスとレオンに言葉を掛けたムイラスは、じゃぁなと手を振って自分の席へと戻っていった。
その後ろ姿を見送ったレオンは、ポツリと呟く。
「何か凄い自信満々だったな、ムイラス先輩……」
「そうですね。言動は少々あれですが、その自信の持ち様は見習うべきかもしれませんね」
レオンの言葉に、アレックスは感心した様に頷いて見せる。
それを聞いたアルアレアロは微笑みを浮かべる。
「確かに、言動はあまり褒められたものではないけれど、あの揺ぎ無い自信は少しは見習った方が良いのかもしれないね。……さて、あまり長話ばかりしていても仕方がない。休憩時間は限られているんだから、時間は有効に使わないとね」
それじゃぁ僕はこれでと言って、アルアレアロは歩き去って行った。
それを見たレオンが、アレックスに声を掛けてくる。
「俺達も行くか?先輩の言った通り、休憩時間は限られてるしな……」
レオンの言葉に、アレックスもにこりと笑って頷き返す。
「そうですね。先輩とのお話に時間を取られてしまいましたから、手短に用事を済ませてしまいましょうか」
そう言うと、二人は揃って会場を後にしたのだった。




