第五十六話・査問会
大陸統一歴2317年、7月中小月七日目
ローランディア選王国、王都セントラル
王立アウレアウロラ学園講義棟区画の第二会議室にて――
時刻は夕方、間も無く日も暮れようかと言う時間。
窓から指す西日が、室内でも鬱陶しいくらいに熱く感じられる。
アレックスは、こじんまりとした部屋の中央で多数の大人たちに囲まれていた。
それと言うのも、武術大会決勝トーナメント第二回戦の終了後に王立アウレアウロラ学園理事会から呼び出しを受けたためだ。
アレックスの正面には学園長であるイザベラ・ケレスが座り、その脇を固める様に学園の理事達が居並んでいる。
他にも初等部アウロラ、高等部アウレアの各学年の学年主任教師が列席していた。
重苦しい雰囲気が場を包む中、その中の一人、ケレス学園長の隣に座る理事が口を開く。
「さて、時間も押している事だし、さっさと済ませてしまおう。……それでは、高等部アウレア第一学年総代アレクサンダー・アリス・スプリングフィールド君。今回、君が本理事会による査問会に呼び出された理由は分かるかね?」
アレックスは、こちらに問い掛けてきた理事を静かに見つめ返した。
「はい、理事」
簡潔に答えたアレックスの様子を、会議室の全員が注視している。
アレックスに問い掛けた理事とは別の理事――ケレス学園長を挟んで反対側に座っている――が頷くと口を開いた。
「よろしい。本査問会の議題は、武術大会決勝トーナメント第二回戦第八試合にて出場生徒が口にしたアレクサンダー・アリス・スプリングフィールドによる他生徒への買収等の不正疑惑に対する査問である。これに対して申し開きは?」
問われたアレックスは、落ち着いた声できっぱりと断言する。
「本件疑義に対して、私は一言そのような事実はないとだけ申し上げておきます」
先の二人とは別の理事が、小さく手を上げて発言の許可を求める。
「よろしいかな?そもそも、私達は本件疑義に対して本当に疑念ありと考えているのですかな?ここまでに本査問会に呼び出して聴取した生徒の証言でも、彼の身に疑義を差し挟む余地があるとは思えないのですが?」
すると、別の理事が挙手をする。
一同の注目が集まる中で、その理事は言葉を紡いだ。
「当事者生徒達の証言だけで結論を出すのは性急と言えるでしょう。そもそも、本件疑義の様な疑念を持たれるという事自体が問題なのでは?」
その言葉に、先程発言した理事が反論する。
「それについては、仕方のない面もあるでしょうな。彼が武術大会決勝トーナメントに進出したという事自体、我々の常識ではありえない事なのです。ならば、そのありえない事に何か別の理由を見つけて納得したいと考える生徒がいるのは分からないでもありません。ですが忘れてはいけない事は、事実として彼は武術大会決勝トーナメントに進出したのみならず、第二回戦でも圧倒的な勝ち方をして見せた事でしょう。それだけの実力があれば、そもそもが本件疑義の様な不正に頼る必要も無いはずです」
その言葉に、列席している理事達の多くが頷く。
そこに、それまで黙っていた別の理事が声を上げる。
「その彼の実力というものに対して、実際に彼を指導している教師の立場から見て何か意見はありますか?」
その理事は、査問会に出席している教師の一人に目を向ける。
出席者の視線が集中する中、その教師――バーンズ・ガーンズバック――はやれやれといった調子で立ち上がると口を開いた。
「率直に申し上げて、彼の実力は本物です。本人を目の前にして言うのも何ですが、今年の武術大会の優勝は彼で間違いないと断言できます。いえ、今年だけでなく来年以降も武術大会の優勝者は彼になるでしょう。……それ程そこにいる彼、スプリングフィールド君の実力はずば抜けたものなのです」
ガーンズバック先生がそう断言すると、理事達の間に動揺が広がる。
理事の一人は、ガーンズバック先生に問い返していた。
「ガーンズバック先生。貴方の功績も実力も良く存じ上げております。その貴方の目から見て、そこの彼、スプリングフィールド君とは、そこまで言う程の腕前なのですか?」
理事の疑問に、ガーンズバック先生は大きく一つ頷くと言葉を続ける。
「はい。彼の実力なら、ローランディア選王国のどの騎士団に入団しても上位の実力を示すでしょう」
「そこまでですか?」
「そうです。正直に申し上げて、そもそも武術に関して言えばもはや教える事などありません。事実、武術の授業では、私の助手として指導の一翼を担ってもらっています」
ガーンズバック先生の発言に、理事達が驚きの表情を浮かべる。
その時、パンパンと手を叩いてケレス学園長が全員の注目を集める。
「少し話がそれているようですね。彼の実力に関しては、今後の結果次第でいずれ明らかになるでしょう。それよりも、本件疑義についてです」
ケレス学園長の言葉に、査問会に出席する教師の一人が手を上げる。
それを見たケレス学園長が発言の許可を出すと、彼は立ち上がって口を開いた。
「彼、スプリングフィールド君の普段の行状は、品行方正、公明正大、成績優秀、非の打ちどころがありません。初等部アウロラの四年間でも、学年総代を務めて生徒達の手本となる立派な成績を収めていますし、過去に生徒間で問題を起こした事もありません」
それに対して、理事の一人が手を上げる。
「生徒間で問題を起こした事は無いと仰いますが、先日、神聖カルディア王国からの留学生との間でトラブルになって決闘騒ぎを起こしたと記憶していますが?」
理事のその言葉に、別の理事が口を開く。
「その件でしたら、その後の報告書で彼の、スプリングフィールド君の方には問題はなかったと報告されていると思いますが?」
他の理事達も、その指摘に同調していく。
「左様ですな。それにその件で決闘の相手をしたのは、かの有名な『獣の牙』の団員だったというではないですか。聞くところによれば、相手の実力は万古不朽流剣術上級だとか?その彼をいとも簡単にあしらって見せたというのですから、スプリングフィールド君の実力についても疑う余地はありますまい」
その言葉に、他の理事達も相槌を打っていた。
その理事はさらに続ける。
「その時の報告書でも、スプリングフィールド君の行状については特段の問題無しとの結論が出ていたはず。今更蒸し返す様な話でもありますまい」
その理事の言葉に、他の理事達も同意の意を示して頷く。
決闘騒ぎについて口にした理事も、その事について特に反論はしなかった。
「確かに仰る通りですな。であれば、今回の疑義についても、騒ぎ立てていたのは対戦相手の六年生一人だけでしかありません。それに、不正を裏付ける様な証拠も証言もありません。本人の行状についても武術の実力についても確かなものであり、間違いはないという話です」
そこまで言って、その理事は参加者一同を見回した。
「このような状況で、これ以上の議論の必要がございますかな?私といたしましては、その必要はないと思いますが……」
そう言って理事は席の中央、ケレス学園長へと視線を向ける。
査問会に出席する一同の視線が、自然とケレス学園長へと集中していった。
理事達の視線を受けたケレス学園長は、小さく一つ溜息を吐くと頷いた。
「そうですわね。それでは、結論を出しましょうか。アレクサンダー・アリス・スプリングフィールドへの本件疑義に対して、疑念ありとお考えの方は挙手を……」
ケレス学園長の言葉に対して、挙手は上がらなかった。
「では、本件疑義については反証がなされたとみなし、アレクサンダー・アリス・スプリングフィールドへの疑義については潔白と結論して結審とします。異議のある方は挙手を……」
理事達は、異議無しと声をそろえて口にする。
それではこれにてとケレス学園長が口にしかけた所で、理事の一人が手を上げる。
「どうかなさいましたか?」
挙手した理事に対してケレス学園長が話を振ると、その理事は口を開いた。
「一つ問題があります。もちろん、そこの彼に対してではありません。彼の対戦相手である六年生の生徒に対してです」
そう言ってその理事は周囲を見回した。
「そもそもが、その六年生があのような妄言を口にしなければ、このように理事会で査問会を開く様な事にはならなかったのです。疑義が呈され査問会にかけられたという事自体が彼に対する不名誉になりましょう。このような状況に対して、相手の六年生には相応の責任を問うべきではないのでしょうか?」
その言葉に対して、他の理事達も同意の意を示す。
それを見て、ケレス学園長も頷く。
「分かりました。本査問会終了の後、改めてその六年生に対する処分について議論しましょう」
ケレス学園長の言葉に、理事達はやれやれといった様子で頷く。
「これでは、スプリングフィールド君に対する査問会が終っても、すぐには帰れそうにありませんなぁ」
理事の一人の呟きに、他の理事達も同意して苦笑を零す。
場の雰囲気が多少明るくなった所で、ケレス学園長が口を開く。
「さて、それではこれにて本査問会は終了とします。スプリングフィールド君、貴方への疑義については、潔白と決しました。もう退出してもよろしいですよ」
ケレス学園長が目配せすると、ガーンズバック先生が席を立ってアレックスの下へとやって来た。
そのまま、ガーンズバック先生に促されてアレックスは二人でそろって会議室を退出する。
扉を出た所で、ガーンズバック先生はアレックスに声を掛ける。
「さて、スプリングフィールド君。今回の事は、災難だったな。まぁ、潔白と結審したんだ。後の事は心配せずに、今日はもう学生寮へ帰りなさい」
そう言ってガーンズバック先生が指差す先には、アレックスの事を心配したレオン達四人の姿があった。
「はい、分かりました、ガーンズバック先生。お手数をおかけしてしまって申し訳ありませんでした」
「なに、気にする事は無い。さぁ、もう行きなさい」
アレックスはガーンズバック先生に一礼すると、レオン達の下へと歩み去って行く。
ガーンズバック先生は、アレックスの後ろ姿を確認するでもなく再び会議室の中へと戻っていったのだった。




