第五十五話・決勝トーナメント第二回戦②
第二回戦第七試合が終り、試合を終えた生徒が舞台から生徒控え席へと戻って来た。
その様子を見ながら、アレックスはいよいよ自分の順番が回って来たなと冷静に考えていた。
すると、二つ隣の席から、レオンが小声で話しかけてくる。
「おい、アレックス。いよいよ、お前の出番だな。俺は、もう負けちまったからしょうがねぇけどさ。頑張れよ!」
「えぇ、ありがとうございます、レオン」
拡声魔道具を持った教師が、舞台上から第二回戦第八試合に出場する生徒を呼び出す。
「第二回戦第八試合、アレクサンダー・アリス・スプリングフィールド!」
「はい!」
名前を呼ばれたアレックスは元気よく返事をすると席を立つ。
そうして、落ち着いた足取りで舞台の上に上がっていった。
同様に、対戦相手の六年生も名前を呼ばれて舞台の上に上がってくる。
二人は、舞台の中央に歩み寄って試合の開始位置で立ち止まる。
拡声魔道具を持った教師が舞台から降りて、代わりに審判役の教師が進み出てくる。
その様子を傍目に見ながら、アレックスの前に立つ対戦相手の六年生がアレックスに向けて言葉を投げかけてきた。
「よぅ!お前が色々と噂になってる一年生だな。お前の噂は色々聞いてるぜ?随分とやるようじゃないか、えぇ?おい!しっかし、まさか武術大会決勝トーナメントの舞台でそんなお前と戦う事になるなんて思ってもいなかったぜ?」
アレックスと対峙する六年生は、そう言うとせせら笑った。
「随分とまぁ、チヤホヤとされてるらしいじゃねぇかよ?あぁ?ご立派な身分だよなぁ?……ちょっと調子に乗ってんじゃねぇか?なぁ?おい!」
それに対して、アレックスは静かな調子で答えていた。
「先輩がどのような噂をお聞きになっているかは存じませんが、別に調子に乗っている等という事はありませんよ」
アレックスのその冷静な返しに、対戦相手の六年生は不機嫌そうに顔を歪める。
「チッ、それが調子に乗ってるつってんだよ!分っかんねぇかなぁ?えぇ?それとも分かっててふざけてんのかぁ?あぁ?」
六年生の不機嫌そうな様子に、アレックスは小首を傾げる。
正直に言って、アレックスには目の前の六年生がなぜこうも敵意を向けてくるのかが分からなかった。
「テメェ、おい!ふざけてんなよ!先輩を前にしてその態度は何だぁ?あぁ?一年生の分際で先輩を馬鹿にしてんじゃねぇぞ!ゴラァ!」
六年生は、怒りの表情を浮かべて声を荒らげると足を踏み鳴らした。
そうして、アレックスの様子などお構いなしに怒鳴り散らした。
「大体、たかが一年生の分際で、武術大会決勝トーナメントに進出してるって時点でおかしいんだよ!その上、第一回戦で勝つだなんてマジでありえねぇ!そうだろうが!あぁ?違うか?違わねぇだろ!」
そう叫んだ六年生は、アレックスをビシリと指差して言葉を続ける。
その様子を見て、アレックスは困ったなと苦笑を浮かべる。
ちらりと横目で審判役の教師を見ると、教師も困った様に眉根を寄せて二人の遣り取り――と言うよりも六年生の一方的な言い分――を見守っていた。
「何笑ってやがんだ!あぁ?舐めた真似してんじゃねぇぞ!俺は六年生なんだからな!先輩なんだぞ!」
怒鳴り散らす六年生は、苦笑を浮かべているアレックスの態度を見てさらにヒートアップしていくととんでもないことを言い出した。
「そもそも、ローランディア選王国の国是は、実力主義なんだぜ?たかが一年生の分際で、この場に立ってる事自体が間違いなんだよ!大体、スプリングフィールド選公爵家の子供だからって何だってんだよ!どうせ、家柄を笠に着て好き放題やってるだけのクソガキなんだろ?きっと、武術大会でも好き勝手やってるだけに決まってる!えぇ?どうだよ!図星だろ?絶対何かしたに決まってるんだ!どうせその家柄でもって相手に忖度させたんだろ?それとも、金か?仕事の斡旋でもしたか?六年生の中には、卒業後の進路が不安定な奴もいるからなぁ!金と権力にものを言わせて、好き勝手にしたんだろうが?」
一気にまくし立てた六年生は、肩で大きく息をする。
六年生の言い様に会場はざわつき、審判役の教師も眉をしかめる。
そんな会場や審判役の教師の雰囲気をどう受け取ったのか、六年生は息を整えて胸を張ると表情の無くなったアレックスに向けてさらに言葉を重ねる。
「不正だ、不正!そうに決まってる!たかが一年生の分際で決勝トーナメントに出場するなんて事は有り得ねぇんだから、それ以外にねぇだろうが!だけど残念だったなぁ!俺は相手が選公爵家だからって言って忖度なんぞしてやらねぇぞ!汚い手を使う様なクソガキは、俺が教育してやる!ここでお前を叩きのめして性根を叩き直してやるよ!不正に関与した他の六年生達も同罪だ!試合の後で学園に訴えてやる!こいつらは不正をしましたよってなぁ!大体、一年生のくせしやがってこんな所にしゃしゃり出てくるんじゃねぇよ!大人しくしてりゃぁいいものを!この場に立ったって事は、覚悟は出来てんだろうなぁ?今更謝ったって、もう遅いんだからな?覚悟しろよ!」
アレックスは、フゥと息を吐くと審判役の教師に目を向けた。
審判役の教師と目が合うと、アレックスは小さく頷いた。
それを見た審判役の教師は、険しい顔をしたまま二人を見比べて声を掛けた。
「もういいか?……両者、構え!」
腰から木剣を引き抜いた六年生は、手にした木剣を大きく振って構えを取った。
「さぁ、クソ生意気な一年生を教育してやるぜ!化けの皮を引っぺがしてやるよ!」
アレックスは、落ち着いた動作で木剣を引き抜くと静かに構えて試合開始の合図を待った。
二人が木剣を構えたのを見た審判役の教師は、一度深呼吸をすると片手を挙げる。
「それでは、試合……始め!」
開始の合図とともに審判役の教師の手が振り下ろされた。
その瞬間、アレックスは動いていた。
(戦技、縮地)
彼我の距離を刹那の時間で詰めたアレックスは、その手の木剣を振り抜いた。
(剣技、幻痛斬)
対戦相手の六年生が構える木剣を、下から叩いて弾く。
そして突進したアレックスと対戦相手の六年生が交差する瞬間に木剣を切り返して小手打ち、胴打ち、面打ちの三連撃を叩き込んでいた。
一瞬の出来事に審判役の教師はアレックスの事を見失い、一拍遅れて六年生の背後に立つアレックスに気が付いた。
試合開始の合図に歓声を上げた観客の声も、状況についていけずにしんと静まり返る。
静寂の中で、弾き飛ばされた木剣が地面に落ちて乾いた音が響いた。
次の瞬間……。
「うぎゃぁぁぁ!」
倒れ込んだ六年生が、舞台の上でじたばたと暴れて悶えていた。
振り返ったアレックスは、その様子を見て木剣を構え直すとゆっくりと六年生の下へと歩みを進める。
それを見た審判役の教師が、ハッとした顔をして声を上げた。
「そっ、それまで!」
そう言って、審判役の教師は六年生の下へと駆け寄る。
「きっ、君!大丈夫か?」
六年生の悶え苦しむ様子に異常を感じた救護係の教師が、遅ればせながら舞台の上へと駆け上がってくる。
救護係の教師と場を入れ替わった審判役の教師が、アレックスの下へと近付いてきた。
「君!今のは一体?」
審判役の教師の疑問に、アレックスは何でもない事の様に平静な顔で答えていた。
「大した事はしていません。ただちょっと強めに打ち込んだだけです。あれなら痣の一つも残らないでしょう」
それを聞いた審判役の教師が六年生の方を振り返る。
丁度、救護係の教師が六年生の容体を調べ終えた所だった。
「……特に怪我はありませんね。たん瘤の一つすら無いですよ」
その頃、痛みのあまりにジタバタと悶えていた六年生の様子が、ようやく落ち着きを見せていた。
顔を上げた六年生とアレックスの目が合うと、六年生はヒッと息をのんで縮こまる。
しばらくして、六年生は救護係の教師に促されて立ち上がる。
「うぅ……、痛ぇ……痛ぇよぅ……。俺の腕が……腹が……頭が痛ぇよぅ……」
「痛いと言っても、君ねぇ……。特に打ち身の後もたん瘤だって出来てやしないよ。私だって救護係なんだから、怪我の一つでもしていれば手当てだってしてやるが、これといって何もないだろう?」
六年生はなおも痛い痛いと訴えるが、救護係の教師は後は大丈夫とばかりに審判役の教師に頷くと舞台の上から降りていった。
それを見たアレックスは、試合の開始位置まで戻っていく。
審判役の教師に促された六年生も重い足取りで試合の開始位置まで戻っていった。
そして、二人が所定の位置に戻った事を確認した審判役の教師は、片手を挙げてアレックスの勝利を宣言した。
「勝者、アレクサンダー・アリス・スプリングフィールド!」
その瞬間、試合の様子を静かに見守っていた観客の生徒達から歓声が上がる。
アレックスはその声を聴きながら、相手の六年生と審判役の教師に礼をして舞台の上から降りたのだった。




