第四十九話・武術大会五日目
武術大会予選を終え、夏の季節祭を挟んだ翌々日。
その日――七月中小月六日目――は、武術大会の日程としては予選の予備日として割り当てられている。
もしも武術大会の参加者が多くて一組八人の枠を超えて九人の組が出来た場合に、その試合を行うわけである。
とは言え、例年参加者は一組八人の枠内に収まっており、これまでに予備日に試合が組まれたことは数えるほどしかない。
さらに言えば、今年は参加者が少なくて一組七人の組み合わせが複数できている状況だった。
そのため、今年は予備日に予選の試合は無い。
その上、今は武術大会期間中であるために通常の授業は休講でもあった。
したがって、生徒達にとっては今日は臨時の休日と言える日になっている。
「おーい!皆!すまんすまん、待たせちまったな」
学生寮の一号棟前のアプローチでアレックスがヴァレリーやリリーと話をしていると、レオンが大きく手を振りながら駆け寄って来た。
「なによ、朝っぱらから大声出して!そんな大声を出さなくっても聞こえるわよ!」
アレックス達の下に駆けてきたレオンに対して、リリーがしかめっ面を浮かべて文句を言う。
「もう季節も夏になって最近は朝から暑いんだから、アンタの暑っ苦しい大声なんて聞きたくないのよ」
「なんだとぅ!誰が暑苦しいんだ!鍛え方が足りないんだよ、鍛え方が!」
「だからさぁ、うるさいって言ってるでしょ!」
レオンとリリーが顔を突き合わせて言い合いを始めると、見かねたヴァレリーが二人の間に割って入る。
「まぁまぁ、二人共落ち着いて。そんなに騒がしくしていたら、それこそ暑苦しいよ?」
ヴァレリーが二人の間に立ち、宥めるように手で制する。
すると、レオンとリリーがクルリと振り向いてヴァレリーの方に詰め寄る。
「おい!ヴァレリー!リリーの味方をするのかよ?」
「なによ、ヴァレリー!レディに対して暑苦しいとか失礼じゃない?」
二人に詰め寄られたヴァレリーは、その圧に負けてジリジリと後ずさった。
その様子を見ていたアレックスは、苦笑を浮かべて三人に声を掛ける。
「さぁ、三人とも、いつまでもここで騒いでいても仕方ありませんし、そろそろお店の方に行きましょうか?」
アレックスは、そう言うとサッサと歩き始める。
今日は、三人で食堂区画の武具店に新しい訓練用の木剣を見に行くことになっているのだ。
歩き始めたアレックスを見て、三人もアレックスの後について歩き始める。
「でもさぁ、アレックス。わざわざ今日店に行く必要があるのか?」
アレックスの隣に立ったレオンが問いかけてくる。
それを聞いたヴァレリーとリリーもレオンの疑問に同意の声を上げた。
「実は、以前に注文していた木剣が今日入荷するそうなんです。それに、丁度良い機会だからってレオンの木剣を新調する事になったじゃないですか」
そう言って、アレックスはレオンの腰にチラリと視線を送る。
それに気付いたレオンが、腰の得物をポンッと叩いた。
「これか?まぁ、確かに大分傷んできてるんだよな。あぁ、一昨日も話したっけ?」
一昨日、カフェテリアでアレックスとレオンの二人の決勝トーナメント進出をお祝いしていた時に、普段の鍛練で使っている木剣の話になったのだ。
その時に見たレオンの木剣は、使い込んだ結果刀身が削れて傷みが目立つようになっていた。
「武術大会でも私物の木剣を使うわけですから、そんなに傷んだ木剣を使っていて試合中に折れでもしたら大変ですよ。だからその前に買い替えようって、一昨日も話したじゃないですか」
アレックスの言葉に、レオンは頭を掻きながらぼやく。
「まぁ、そうなんだけどさ。けど、俺の家ってアレックスの所みたいに裕福じゃないからなぁ。そうちょくちょく木剣を新調なんかできないよ。昨日の夏の季節祭で、今月の小遣いも心許ないし……」
「だからと言って、以前に安物を買ってあっさりとへし折ったのは誰ですか?」
アレックスにそう言われて、ウッとレオンが口籠る。
実は、レオンは以前に木剣を買い替えた際に、お金がもったいないからと言って安い木剣を買って数日もしないうちに鍛練中にへし折ったことがあるのだ。
それで、すぐに新しい――そしてそれなりの値段がする――木剣を買い直す羽目になった。
想定外の出費がかさんでレオンが涙目になったのは、アレックスの中では既にいい思い出だった。
それ以来、レオンは――そしてそれを見ていたヴァレリーやリリーも――鍛練に使う木剣はケチらずにしっかりした物を買う様になっていた。
「まぁまぁ、レオン。今日は、お祝いに僕も少しお金を出すから……」
今月の小遣いがと項垂れるレオンに、見兼ねたヴァレリーが声を掛ける。
すると、レオンはガバッと顔を上げて打って変わって明るい調子でヴァレリーと肩を組む。
「おぉ!助かるぜ、ヴァレリー!あぁ、我が心の友よ!」
「あらまぁ、調子のいい事……」
コロリと態度の変わったレオンを見て、リリーが呆れた様に溜息を吐く。
「何なら、リリーもお祝いに出してくれていいんだぜ?」
「いやよ!私だって今月はピンチなんだから!」
調子に乗ったレオンが後ろを歩くリリーを振り返ると、リリーはレオンの申し出をバッサリと切って捨てる。
そうしてワイワイと雑談しながら歩いていると、やがてアレックス達は食堂区画の商店街の一角へとやって来た。
食堂区画の商店街に並ぶ店舗の一つ、目的地である武具店に辿り着いたアレックス達は、慣れた様子で扉を潜ると店内へと足を踏み入れる。
「いらっしゃい!……おや、スプリングフィールドの坊ちゃん達か。早速今日入荷した得物を見に来たのかい?」
アレックス達が入って来た事に気付いた武具店の店主が、その厳つい顔に似合わない笑顔を浮かべて出迎える。
「おはようございます、店主。今日は、連絡のあった木剣を受け取りに来ました」
「おぅ!そうかい。早速だな。品物は奥にあるんだ。すぐに取って来るから、ちょっと待っててくれよ」
アレックスが用件を告げると、店主は頷いて店の奥へと引っ込んだ。
それほど待つことも無く、店主は店の奥から細長い袋に包まれた物を手に戻って来た。
待たせたねと言う店主の言葉に首を振るアレックス。
店主がアレックスの前で細長い袋の口紐を解くと、中から一本の木剣を取り出した。
暗褐色の木肌に縞状の杢目が目を引くその木剣は、店主が店のカウンターに置くとカンッと硬い音を立てた。
「こいつが、スプリングフィールドの坊ちゃんが注文していた木剣だ。まぁ、学園で訓練に使う分にはここまでの代物が必要とは思わねぇがなぁ」
そう言いつつ、店主はカウンターに置いた木剣をアレックスの方に押し出す。
アレックスは、差し出された木剣を手に取ってみた。
ずっしりとした重みは、一般的な木剣のそれよりも重い。
アレックスは木剣を構えると、具合を確かめる様にゆっくりと素振りをする。
その様子に興味津々なレオンが、アレックスに問いかけてくる。
「なぁ、アレックス。何だか特別製って感じだけど、そんなに違うもんなのか?」
「何でしたら、レオンも持ってみますか?」
「おっ?良いのか?だったら貸してくれ!」
アレックスがレオンに木剣を手渡すと、早速レオンは木剣を構えて具合を確かめた。
「なんだ?なんか重いぞ、コレ?」
驚いた顔で何度も木剣を構え直して具合を確かめるレオンの様子に、ヴァレリーやリリーも興味を惹かれている。
それを見た店主は、その厳つい顔に似合わぬ満面の笑顔を浮かべる。
「ワッハッハッハッ、そりゃそうだ。ウチで普段取り扱ってる白樫の木剣と比べても、木自体が硬くて重いからな」
店主の言葉に、レオン達の視線が店主に集まる。
「鉄の木って言うんだ。普段はウチじゃ取り扱ってない素材なんだがな……」
「鉄の木?なんだよ、ソレ?」
レオンが疑問の声を上げる。
ヴァレリーとリリーの二人を見るが、二人も知らないと首を振る。
それを見て、店主が口を開く。
「鉄の木ってのは、文字通り鉄の様に硬い木さ。硬くて重くて丈夫なんだよ。加工が難しくて値も張るから、取り扱ってる店はそうねぇのよ」
そう言った店主から値段を聞いたレオンが、悲鳴のような声を上げる。
「高けぇ!俺の木剣が何本買えるんだよ!」
「まぁ、坊主は、普通にこっちの木剣にしとけ。とは言っても、まけてはやらねぇけどな」
ハハハッと笑い声を上げる店主は、カウンター横の棚からいつもの木剣を取り上げる。
それを受け取りながら、レオンはポツリとぼやく。
「そんなバカ高い木剣なんて、頼まれたって買えねぇよ」
レオンから木剣を返してもらったアレックスは、そのまま木剣を腰に差して店主に代金を払う。
続いて木剣を買い替えに来たレオンも、店主から受け取った白樫の木剣を買って腰に指す。
「そう言やぁ、もう坊ちゃん達も帯剣の許される高等部アウレアの武術第一組なんだったな」
アレックス達が腰に剣を指しているのを改めて眺めながら、店主がぽつりとつぶやく。
王立アウレアウロラ学園では、基本的に武器の携行――つまり帯剣――は認められていない。
例外としてそれが許されるのは、高等部アウレア武術第一組の者だけなのだ。
そのため、帯剣――と言っても木剣だが――する事は生徒達にとって一種のステータスである。
「ヘヘッ、まぁな」
レオンが照れ臭そうに笑顔を浮かべる。
「なぁ、アレックス!せっかく新品を手に入れたんだし、早く手に馴染ませたいよな?さっそく鍛練しようぜ!」
「そうですね。……使い慣れない木剣を、試合でいきなり使うわけにもいきませんしね」
慣らす必要はあるでしょうと、アレックスはレオンの提案に応じる。
「なんだ?もう帰るのかい?……まぁ、これからは武術の授業でも打ち込み稽古やなんかで剣を酷使する事もあるだろ。傷んできたら、ポッキリ折っちまう前に買い替えに来いよ!」
気を付けて帰りなと言う店主の言葉に頷きながら、アレックス達は武具店での用事を終えて学生寮への帰路についたのだった。




