第四十六話・武術大会予選四日目
大陸統一歴2317年、7月中小月五日目
ローランディア選王国、王都セントラル
王立アウレアウロラ学園第一体育館にて――
「頑張って!レオン!」
「応援していますわ!レオンさん!」
審判役の教師の呼び出しを受けて、レオンが舞台へと上がってくる。
今アレックス達のいる第一体育館の舞台は、中央に四角く区切られたラインが引かれており、その四隅に重なる様に四つの四角いラインが引かれて試合場を形作っている。
予選の試合と決勝トーナメントの第一回戦と第二回戦は、ラインで区切られた四隅のそれで行われる。
中央の四角い舞台は、第二体育館には無いものだ。
二階の観覧席から見ればその造りも良く分かるなと、アレックスは試合会場を見回しながら考えていた。
アレックスの隣では、リリーとシェリーが舞台へ上がって来たレオンに声援を送っている。
「ほら、アレックス君もヴァレリーも応援してあげないと!」
リリーが、自分達の隣で試合を観戦しているアレックスとヴァレリーに向かって声を掛けてくる。
「そうだね。これが予選最後の試合なんだから、しっかり応援してあげないと」
リリーの言葉に頷いたヴァレリーが、舞台の上のレオンに向けて声援を送る。
アレックスも、リリーとシェリーに向けて頷くと声を上げた。
「レオン!貴方なら出来ますよ!頑張ってください!」
声援を受けたレオンは、二階の観覧席を振り返ると拳を突き上げてそれに答える。
審判役の教師から開始位置に着くように促されたレオンは、気合の声を上げて試合の開始位置へと歩みを進めていく。
アレックスはレオンの様子を視界の端に眺めながら、レオンの対戦相手の上級生――最後の対戦相手は六年生だった――を観察する。
舞台の上では両者が対峙し、審判役の教師が最後の確認の声を掛けていた。
木剣を構えた六年生の立ち姿は剣の型に則ったしっかりしたもので、なるほど確かに武術第一組の生徒なのだなと納得させるものであった。
「ねぇ、アレックス君。正直に言って、レオンが勝てると思うかい?」
対戦相手の六年生の一見すると堂々とした構えを見て、ヴァレリーが不安そうな表情でアレックスに問いかけてきた。
それに対して、アレックスはニコリと微笑むと答えを返す。
「大丈夫ですよ、ヴァレリー。レオンだって初戦は落としたものの、その後は見事に勝ち進んでいるじゃないですか」
「それはそうだけど……」
アレックスの言葉に、それでもヴァレリーの表情は冴えなかった。
「それに実力だって、今日の対戦相手の六年生よりはレオンの方が上ですよ」
「そうなのかい?」
アレックスの答えに、ヴァレリーは納得がいかないという様に首を傾げる。
それを見て、アレックスは少々解説をする必要があるかと考える。
そして、ヴァレリーを見つめて言葉を続けた。
「……気の事は分かりますね?ヴァレリー達にはもう教えているでしょう?」
そう問われたヴァレリーは、頷くと教えられた事を思い出す様に宙を見上げた。
「うん、確か……体から滲み出る霊力を感じ取る『観』、感じ取った霊力を体に留め置く『纏』、身に纏った霊力を循環させて気として練り上げる『練』、練り上げた気で超常現象を発現する『変』の四段階だよね。それがどうかしたの?」
ヴァレリーは、分からないとばかりにアレックスに顔を向ける。
「えぇ、ちゃんと覚えているようですね。それでは、あの二人を見て何か感じる事はありませんか?」
アレックスは、舞台上で対峙するレオンと六年生を指し示す。
「う~ん、あの二人?……駄目だ!分からないよ」
ヴァレリーがお手上げという風に手を上げて見せると、アレックスはハァと溜息を吐く。
それを見て、隣で話を聞いていたリリーが話に割って入る。
「ねぇ、アレックス君。私も分からないんだけど、どういうことなの?」
「ヴァレリー達は、もう少し『観』と『纏』の修練が必要かもしれませんね」
アレックスは、仕方ありませんねと呟くと少しばかり説明する事にした。
「あの二人の剣の構えや足運びといった体捌きを見るに、剣の腕前それ自体にそう違いは無いように見えます。剣の腕前、技術が同じと言うのであれば、後は地力の差、身体能力の違いが決め手になります」
そう言って、アレックスはヴァレリーとリリーを交互に見る。
二人が頷くのを確認したアレックスは、試合場に視線を戻して話を続ける。
「あの六年生の気には乱れが感じられますね。それに対してレオンの気は落ち着いています。『纏』が良く出来ている証拠ですよ。気を高めれば身体を強化し、その能力を増大させることが出来ますからね」
アレックスの言葉に、リリーが口を挟む。
「だけど、アレックス君。レオンの気は『練』のレベルではないでしょう?『気を発する』、つまり『練』が出来れば、使用者の身体能力を強化する絶技の一つ、戦技の闘気に分類されるって言うのは知ってるけど……」
レオンはそこまでではないわよねと、リリーが疑問を口にする。
ヴァレリーも同意する様に頷いた。
それに対して、アレックスは苦笑を浮かべて頭を振った。
「その認識はちょっと違いますね。『纏』を行いその身に気を纏えば、『練』程ではないですが身体能力を強化する事が出来ます。とは言え、詳しく話していると肝心のレオンの試合が終ってしまいそうです」
アレックス達が話をしている間にも、レオンの試合は始まっていた。
その事を指摘されたヴァレリーとリリーは、慌てた様に視線を試合の舞台上のレオンへと戻した。
アレックス達がレオンの試合に注目すると、レオンと対戦相手の六年生が激しく剣を打ち合わせていた。
「レオンの試合は初めて見たけど、思ってた以上によくやるわね」
リリーの言葉に、ヴァレリーが頷きを返す。
「本当にすごいよ。この間の別の六年生との試合だって、ずっと優勢に試合を進めている感じだったんだから」
ヴァレリーの言葉を聞いて、アレックスと並んで座るシェリーが疑問の声を上げる。
「でも、ヴァレリーさん。確か、レオンさんの初戦は、六年生相手に負けたのでしたわよね?」
同じ六年生なのでしょうと、シェリーが言う。
ヴァレリーは、シェリーの言葉に頷いてからその疑問に答えた。
「そうだね。それはそうなんだけど、三日目午前の二試合目からこっち負けなしだよ。初戦は惜しかったけど……」
そう言って、ヴァレリーは難し気に眉を寄せて渋い表情になる。
「だったら、今日の試合も難しいのではなくて?」
シェリーは、アレックスに視線を送る。
それを見たアレックスは、レオンの試合に注目しながら話し出す。
「レオンの初戦の相手は今代の生徒会長ですからね。今レオンが戦っている相手とは格が違いますよ」
ほら見てくださいと言って、アレックスがレオンの試合を指差す。
相変わらず、レオンと六年生の試合は一見すると一進一退の攻防が続いている様に見える。
「少しずつですが、レオンが押していますね。よく見てください。二、三合打ち合う度に相手が下がっているでしょう?」
アレックスに言われて、ヴァレリー達はレオンの試合にあらためて注目する。
そうすると、確かにアレックスの言う通り、二人が剣を打ち合っていると段々と六年生が試合場の端へと後退しているのが見て取れた。
レオンの剣戟の勢いに押されて、じりじりと後退していく六年生。
やがて、いよいよ試合場の隅へと追い込まれていく。
試合場の隅に追い詰められた六年生が、覚悟を決めた様に気合の声を上げてレオンに向けて木剣を打ち込んでいく。
それに対して、レオンは正面から相手の木剣を受け止めていた。
両者の木剣が交差して鍔迫り合いの形になる。
「あぁ!アレックス君、レオンが!」
レオンと相手の六年生がつばぜり合いになると、リリーが慌てた様にアレックスの方を見た。
しかし、アレックスは落ち着いた雰囲気を崩さず、リリーに笑って見せた。
「大丈夫ですよ。今のレオンなら、六年生が相手だって力負けはしません。ほら!」
アレックスがレオンの方を指し示す。
アレックスに言われてリリーがレオンの試合に目を向け直すと、レオンが押し込もうとしてくる六年生を逆に押し返していた。
舞台の隅に追い詰められていた六年生は、これ以上下がれば舞台から踏み出してしまい反則負けになる。
そのため、レオンの勢いに押された六年生は、舞台の隅で下がる事が出来ずに無理に踏みとどまろうとしてバランスを大きく崩していた。
そこに、レオンが先程のお返しとばかりに木剣を振り下ろす。
バランスを崩していた六年生は、レオンの剣戟を受け止める事が出来ずにその手の木剣を取り落としてしまう。
レオンが、六年生の首元にピタリと木剣を突きつけた。
審判役の教師が、試合を止める。
それを聞いて、レオンは試合の開始位置まで戻っていく。
対戦相手の六年生も、取り落とした自分の木剣を拾い上げて開始位置まで戻った。
両者が開始位置まで戻った所で、審判役の教師がレオンの勝利を宣言する。
「レオンの勝利だ!」
「本当ね。レオンったら、また六年生に勝っちゃったわ!」
「凄いのですわね、レオンさん!」
ヴァレリー達は、三者三様にレオンの勝利に驚きの声を上げる。
それから、三人は未だ舞台上にいたレオンに向かって声援を送る。
アレックスも、三人に続いてレオンに向けて声を掛けた。
試合を終えて舞台から退場しようとしたレオンが、アレックス達の方に向いて拳を突き上げてその声援に応える。
これで、予選の試合は全て終わった事になる。
二階の観覧席からは、試合に参加していた生徒達が帰り支度を始める様子が見て取れた。
「さぁ、これでレオンも決勝トーナメント進出が決まりましたね」
そう言うと、アレックスはレオンを出迎えるべく席を立ったのだった。




