第四十四話・武術大会予選③
アレックスが試合を終えて待機席に戻ってきた。
すると、武術大会に参加する生徒達はヒソヒソと小声で話しながら遠巻きにアレックスの様子を窺っていた。
「おい、今の試合、見たか?」
「今のって、どの試合だよ?」
「ほら!もう試合の終わった予選第十六組だよ!」
「確か、六年生と一年生の試合だろ?」
「何だって言うんだ?今の試合!」
「なぁ、お前さ……、今の動き、見えたか?」
「今の動きって、何かあるのかよ?」
「交差後に相手が木剣を取り落としたやつか?」
「馬鹿か?お前、試合中に木剣を取り落とす様な間抜けがいるのかよ?」
「いたんだよ!」
「冗談だろ?」
「じゃぁ、何だって言うんだよ?」
「分かれば聞かねぇよ!」
アレックスの周りを遠巻きに囲む生徒達は、先程の試合内容について意見を交わし合っていたのだ。
そんな生徒達の様子を尻目に、アレックスは周囲の反応には構う事も無く待機席の椅子の一つに腰掛ける。
そのため、待機席にはアレックスを中心とした空白地帯が出来上がっていた。
すると、アレックスを遠巻きに見る生徒達の輪の中から、一人の女子生徒がアレックスの下に歩み寄って来た。
スラリとした長身に、メリハリの利いた見事な体付き。
ベリーショートの金髪は、歩くたびにサラサラと揺れて光り輝く。
キリリとした目鼻立ちのくっきりとした顔立ちは、意志の強さを感じさせるようだ。
言うなれば、可愛いと言うよりも綺麗、綺麗と言うよりも凛々しいという表現が似合いそうな美人だった。
「「「キャー!お姉様ぁ!」」」
「「「素敵です!お姉様ぁ!」」」
「「「頑張ってぇ!」」」
「「「こっちを向いてぇ!」」」
「「「応援してますわぁ!」」」
女子生徒が動き出すと、その様子を見ていた二階の観覧席の一団から黄色い歓声が上がる。
彼女は二階の観覧席へと軽く手を振って歓声を上げる一団の声援に応える。
すると、二階の観覧席では一段と大きな歓声が上がる。
彼女は、その歓声に対して浮ついた様な素振りを見せる事も無く、アレックスの目の前までゆっくりと歩み寄って来た。
そうして、アレックスの前まで歩いて来た彼女は、前髪をサラリと掻き揚げると口元に微笑みを浮かべてアレックスに声を掛けてきた。
「やぁ、君が噂の一年生、スプリングフィールド君だね?こうして直接話すのは初めてだね。まずは初勝利、おめでとう。今日の試合は、素晴らしかったよ」
アレックスは、席を立つと声を掛けてきたその女子生徒に向き直る。
アレックスに声を掛けてきた女子生徒の率直な祝辞に対して、アレックスも素直に謝辞を述べた。
「どうも、ご丁寧にありがとうございます、先輩。それにしても、なかなかすごい声援ですね」
「あぁ、彼女達の事かい?まぁ、応援してくれるのはありがたい事だがね。しかし、今日の私の試合はもう終わっているのだけれどな……」
アレックスが、二階の観覧席から送られてくる女子生徒への声援の大きさを指摘する。
すると、女子生徒は二階の観覧席をチラリと見遣ると苦笑いを浮かべて肩をすくめてみせた。
「ゴホン……。あぁ、それにしても、君の試合は素晴らしかったよ。さすがは噂に違わぬ剣の腕前だね。いや、噂以上だったかな?」
女子生徒は、咳ばらいを一つすると少々強引に話題を変えてきた。
「……そうですか?しかし、噂と言うのは、何の事だか正直分かりかねますが……」
アレックスの少しだけ困惑した様子を見せるその態度に、彼女はクスリと笑みを浮かべてみせた。
「まぁ、噂と言っても、一部の者が囁くくらいさ。もちろん、私の聞いているのは良い噂だよ。君が気にする程の事ではないさ。……おっと、そう言えば、私の自己紹介がまだだったよね」
そう言って、彼女は手を差し出してきた。
「私は、クレメンタイン子爵家の第一子で、マーガレット・エレノア・クレメンタインという者だ。六年生だよ」
アレックスもマーガレットの差し出す手を握り返しながら、笑顔で自己紹介をしていく。
「私は、スプリングフィールド選公爵家の第三子で、アレクサンダー・アリス・スプリングフィールドと言います。よろしくお願いいたします、マーガレット先輩」
「あぁ、こちらこそよろしく頼むよ。……そうだ!せっかくの出会いなんだから、私の事は親しみを込めてマギーと呼んでくれても構わないからね?」
「いえいえ……、先輩のお名前を、そんなに簡単に愛称で呼ぶなんて事は出来ませんよ」
畏れ多いですよと答えるアレックス。
それに対して、マーガレットはそうかいと軽く肩をすくめて笑って見せた。
そうして、握手を交わした二人は待機席の椅子に並んで腰掛ける。
「それにしても、さっきの試合は凄かったね。対戦相手の彼だって、武術の成績は第四席だよ。決して、彼が弱いわけではないんだが……。だというのに、君相手には全く相手にすらなっていなかった様に見えたよ」
「先輩は、先程の私の試合を見ておいでだったのですか?」
「あぁ、今日の私の試合は一足先に終わっていたからね。それに、予選第十六組の試合には注目していたから、試合の始めからしっかり見させてもらっていたよ」
アレックスの問い掛けに、マーガレットはニヤリと笑って見せる。
「そうでしたか。先輩の御眼鏡に適う試合だったのであればよかったのですが……」
「何を言っているんだい?謙遜する必要はないさ。本当に素晴らしい試合だったよ」
うんうんと笑顔で頷くマーガレットの様子に、アレックスは改めて謝辞を述べていた。
「ありがとうございます、先輩。そう言えば、先輩の組は確か予選第九組でしたよね?今日の第一試合、しっかりと拝見させていただきました」
「おや?君に注目してもらえていたとは光栄だね」
マーガレットは、意外な事を聞いたかのように驚いた表情を見せる。
それに対して、アレックスは当然ですよと頷いた。
「先輩も危なげなく勝利しておいだったようですね。初戦勝利、おめでとうございます」
「あぁ、ありがとう。君の様に腕の立つ人物からそう言ってもらえて嬉しいよ。まぁ、君の様に鮮やかな勝利ではなかったが……」
アレックスの祝辞に対して、渋い表情を浮かべるマーガレット。
それでも、アレックスは言葉を重ねる。
「それでも勝ちは勝ちですよ」
「まぁ、違いない」
アレックスの言葉に首肯したマーガレットは、気を取り直すように頭を振るとアレックスに向き直った。
「しかし、先程の君の試合だが、あれは凄かったな。相手の剣の柄頭を叩いて落とすなんて、そんな芸当が出来るとは思わなかったよ」
「そんな大それた事では……ありますかね?」
「そこは謙遜しないんだね」
そう言って、マーガレットはフフフッと笑みをこぼす。
「しかし、あれは良かったよ」
「良かったとは?」
アレックスの疑問に、マーガレットは一つ頷くと答えていた。
「あの鋭い一撃、分かる者でなければ分からないだろう。たった一試合で君の実力をアピールするとしたら、あれほど見事なものはない」
あれを見たから私も声を掛ける気になったと、マーガレットはアレックスを見つめる。
「今日の試合を見ただけで確信できたよ。君とは決勝トーナメントの準決勝でぶつかる事になるだろうとね」
「準決勝ですか?……あぁ、確かに二人とも予選を一位通過して順調に勝ち進んだらそうなりますね」
そうだろう?とマーガレットは笑みを浮かべる。
それを見たアレックスは疑問をぶつける。
「先輩は、私がこのまま勝ち進むと?それに、ご自身も勝ち進めると考えていらっしゃる?」
「まぁ、そうだね。下級生相手に後れを取るつもりはない。それに、同じ予選第九組にいる同級生が相手でも、勝つ自信がある。武術第一組次席の私と互角の試合が出来る相手なんて、予選第九組にはいないのさ。もちろん、決勝トーナメントでも勝ち進む」
はっきりと断言するマーガレットの言葉には自信が漲っていた。
「まぁ、今日の所は敵情視察と言う所かな。いずれは、君とも戦う事になるのだしね」
そう言って、マーガレットは席を立つ。
「……さて、今後も君の試合には注目させてもらうよ。それでは、次は決勝トーナメントの舞台で会おう!」
言うべきことは言ったとばかりに、マーガレットはアレックスの下を去って行った。
話したいことを話したからだろうか、その足取りは軽やかで背筋はピンと一本筋が通った様に真直ぐだった。
あっさりとした様子で去って行くマーガレットの背中を見ながら、あぁこれはその通りになるのだろうなとアレックスはなぜだか納得しているのだった。




