第四十話・武術大会前夜②
中庭で、ヴァレリー達との話を終えたガーンズバック先生は講義棟区画にある職員室へと戻って来ていた。
すると、ガーンズバック先生の姿を認めた同僚の教師が声を掛けてきた。
「ガーンズバック先生!それで、どうでしたか?」
ガーンズバック先生は、同僚のその呼びかけにゆっくりと首を振ると口を開いた。
「いやぁ、それがどうも、二人とも今年の武術大会に参加する気は無いようですね」
「そうですか、それは本当に残念ですね。そうなると、今年の一年生の参加者はスプリングフィールド君とグランツ君の二人で決まりですか……」
「そうなりますな。まぁ、後の二人も、あの様子なら来年以降は分かりませんが……」
ガーンズバック先生がそう言うと、隣の机で仕事をしていた別の教師が顔を上げて口を開いた。
「二人と言うのは、あのスプリングフィールド君と一緒に鍛錬しているという子達ですか?噂では、なかなかの腕前だという事ですが?」
それでもその二人は参加しないのですかと、その教師が疑問を口にする。
それに頷き返しながら、ガーンズバック先生はドカリと自分の席に腰掛けた。
「いやぁ、まったくです。若いうちは、もっと色々と挑戦して欲しいもんなんですがね?」
ガーンズバック先生の言葉に、教師達は苦笑を浮かべる。
「まぁ、同期があのスプリングフィールド君ですからね。既に万古不朽流剣術の師範である彼と間近で接しているとなれば、武術大会に出る気にならないのも頷ける所ではありますよ」
同僚の教師の言葉に、今度はガーンズバック先生が苦笑を浮かべる。
「いやまぁ、だからこそ、彼等にはもっと上を目指して欲しい所なんですがねぇ」
「ハッハッハッ、だからと言ってその子達が諦めてやる気を無くしているわけでもないのでしょう?」
よく放課後に一緒に鍛錬しているそうじゃないですかと教師の一人が声を掛ければ、別の教師がそれに頷きながら言葉を続ける。
「本当に良くやっていると思いますよ。そういう姿勢を見せられると、教師としては気が抜けませんね」
「そうですね。さて、それではさっそくですが、今年の予選の組み合わせを作ってしまいましょうか」
全くですねと言って同僚の教師達が笑い合う。
その様子を見ながら、ガーンズバック先生は小さく溜息を吐いた。
内心で同僚の教師達には申し訳ないとは思いながらも、ここにいる教師達の中にスプリングフィールドを指導できる実力者がどれほどいるものかとも考える。
そう言えば、結局初等部アウロラでの四年間は、セルガー先生がスプリングフィールドのいる武術第一組の指導を担当していたのだったか……。
その事を思い出したガーンズバック先生は、同僚の教師達を横目に見ながら再び小さくため息を零す。
最初にケレス学園長からスプリングフィールドの話を聞いた時には、第一学年の武術第一組を担当して欲しいという話だったのだが……。
この調子だとスプリングフィールド達との付き合いは存外長くなるに違いないと、ガーンズバック先生は考えるのだった。
……
…………
………………
同日同刻
王立アウレアウロラ学園生徒会室にて――
その日、生徒会室では一人の男子生徒が居残って作業をしていた。
彼――生徒会長のアラアリ・アルアレアロ――は、学校側へ提出する今日行われた定例会の報告書を作るために一人放課後まで残っていたのだ。
夕日の差し込む生徒会室で、アルアレアロは先程までのちょっとした騒動を思い返すと小さく溜息を吐いて席を立った。
その視線の先には、大きく開け放たれた両開きの扉――生徒会室の入り口扉――がある。
アルアレアロは扉を閉めるべく、扉のそばへと歩み寄っていく。
しかし、その足が数歩と進まないうちにパタリと止まる。
「よう、生徒会長!扉を開けっぱなしとは随分と不用心なんだな?」
アルアレアロは、眉間に寄った皺を解すように手で揉むとこれ見よがしに溜息を吐いて見せた。
その様子に、男子生徒はムッとした表情を浮かべて扉へもたれ掛かった。
「あぁ、君の無礼な態度に溜息を吐いたんじゃないよ。……まぁ、それはいつもの事だしな。ちょっと、今日は頭の痛くなる様な事が多いと思っただけだ」
「頭が痛いだぁ?生徒会で、何か事件でもあったのかよ?」
もたれ掛かっていた扉から背を放し、男子生徒はニヤニヤ笑いを顔に浮かべて生徒会室へと入ってくる。
入室するならついでに扉も閉めてくれと、アルアレアロは一言その男子生徒に言葉を掛ける。
「別に大した事……ではあるのかもしれないな。なぁ、ムイラス。君は、今年の高等部アウレアの新入生で神聖カルディア王国から来た留学生の事は知っているか?」
ムイラスと呼ばれた男子生徒は、アルアレアロの問いにはっきりと頷いて口を開いた。
「あぁ、知ってるも何も、あのバ……王子さんは色々と有名だからな。今日も昼休みに職員室で一悶着あったらしいぞ」
「そう、そのバ……王子様だな。ついさっき、ここへ来たんだよ」
「何だぁ?まぁた、『栄誉ある生徒会長の座には自分の様な高貴な身分の者こそ相応しいのだから、下賤な出身の者ならば有難くその席を自分に譲れ』とか言いに来たのかよ?」
ムイラスは、下らねぇと呆れた様に首を振った。
その言葉に、アルアレアロはフッと鼻で笑う。
「ちょっと違うが、大方似た様なものなのかもな。何でも、『栄えある誉れ高き神聖カルディア王国の才能溢れる王子である自分こそが栄誉ある武術大会に出場するのに相応しい』のだそうだぞ?」
「はぁ?なんだよ、そりゃ?……あのバ……王子さんはそんなに言う程、剣の腕が立つ奴だったか?」
ムイラスはポカンと口を開けて、アルアレアロに視線を向ける。
「ハハハッ、そんなわけがないだろう?」
ムイラスも面白い事を言うなと、アルアレアロはさも面白そうに笑って見せる。
そうしてひとしきり笑った後、アルアレアロは真面目な顔で続きを話す。
「彼の腕前は、武術第七組だぞ?武術大会に出られるのは、武術第一組の生徒だけだからな。第一、そもそも生徒会に言った所で、参加を認める権限なんて生徒会には無いんだけどな」
「だったら、何で来たんだ?」
ムイラスは、訳が分からないなと呟く。
その呟きに、アルアレアロは肩をすくめて答えた。
「昼間、職員室で一悶着あったんだろ?大方、職員室で武術大会に出場したいとか直談判をして、相手にされずに門前払いを喰らったんだろう?」
「おいおい、だからって、生徒会室に言いに来るのはお門違いなんじゃないのか?」
「まぁ、そこの分別がつくような人物なら、色々と面倒事が無くていいんだがな」
「そりゃそうだ……」
そう言って二人は顔を見合わせる。
それからアルアレアロは、ムイラスに対してここへ来た用事は何だと問い掛けていた。
「あっと、あのバ……王子さんの話をしに来たんじゃねぇんだよ。……お前、今年こそは武術大会に出るんだろうな?」
「まぁ、さすがに今年はね。出ないとまずいだろう?第六学年総代としての立場もあるしな。とは言え、『三番手』に期待する人間なんていやしないだろうけどね」
そう言って、アルアレアロは自嘲気味にうっすらと笑って見せる。
それを見たムイラスは、眉間に皺を寄せると腕を組んでアルアレアロを睨みつけた。
「何だ?覇気のねぇ奴だな!そんなクソみたいなあだ名なんか忘れちまえ!まぁ、そうは言っても、優勝するのは武術第一組首席の俺に決まってるんだけどな!せめて『決勝で会おう』くらいの事は言ったらどうなんだ?」
自信満々に自分が優勝すると豪語するムイラスの態度に、アルアレアロは思わず苦笑を浮かべた。
そうして、この気の良い友人にちょっとした親切心から一つ忠告をする事にしたのだった。
「自信満々なのは結構だけど、あまり油断しない方が良い。今年の高等部アウレア一年生には手強いのがいるからね」
「誰だよ、そいつは?大体、出来るって言ったって、所詮は一年生だろ?六年生の俺とじゃ相手にならねぇよ」
そう言って余裕を見せるムイラスの態度に、アルアレアロは肩をすくめる。
「それがそうでもないらしいぞ?本人から直接聞いたわけじゃないが、武術の授業では助手として先生と一緒に他の生徒達を指導しているくらいらしいからな」
アルアレアロの言葉を聞いたムイラスではあったが、その自信に満ちた表情が崩れる事は無かった。
「ほう、そいつは面白そうだな。それなら、明日からの予選も楽しくなるってもんだ。さてと、それじゃぁ、ちょっと鍛練でもしてくるか」
邪魔したなと言うと、ムイラスは生徒会室を出ていった。
一人部屋に残ったアルアレアロは、溜息を吐くと机の上の書類を纏めていく。
「報告書を出すついでだな……。武術大会の事で、ちょっと探りでも入れてみるか」
そう独り言ちると、アルアレアロは生徒会の定例会の報告書を小脇に抱える。
そうして、職員室に書類を提出するべく生徒会室を後にするのだった。




