第三十八話・鍛錬を終えて
夕方、日の傾き始めた時分になって、アレックス達は剣の鍛練を終えた。
鍛錬を終えて軽く身支度を整えていたアレックス達の下に、丸太の検分を終えたガルド達が歩み寄ってくる。
実は、ガルド達は試し切りに使った丸太や鎧の検分を早々に終えると、その後はアレックス達が剣の鍛練を終えるまでその様子を見学していたのである。
セルガー先生がアレックス達の鍛練の様子を見守りながら、ガルド達に解説をしていたのだ。
「おう!坊ちゃん、お疲れ様。自主鍛練だって言うのに、随分としっかりした稽古をしているじゃないか!さすが、万古不朽流剣術師範とセルガーの坊主に言われただけはある」
ガルドの言葉に、アレックスは笑顔を浮かべて答えた。
「ガルドさん、そんなにすごいものではありませんよ。私は、ただほんの少し皆より剣の腕が立つだけですから……」
「ハッハッハッ、そんなに謙遜する事は無いんじゃねぇかな。坊ちゃんは、立派にやってると思うぜ?」
「そうですか?ありがとうございます」
アレックスは、ガルドの称賛の言葉を素直に受け取って頭を下げていた。
そんな二人の遣り取りを見て、セルガー先生はヴァレリー達に声を掛けた。
「ヒューエンデンスやグランツ、フレメントールも良くやっている。ランズベルクも剣の基本はしっかり出来ているようだったな。高等部アウレアに進学してからもうすぐ二か月が経つが、順調そうで何よりだよ」
「ありがとうございます、先生」
「「「ありがとうございます」」」
ヴァレリーが返事をすると、レオン達が揃ってセルガー先生に礼の言葉を述べる。
ヴァレリー達の礼の言葉に、セルガー先生は片手を挙げて応じた。
その様子に話が一段落ついたのを見て取ったアレックスは、周囲を見渡して声を掛けた。
「それでは、学生寮に戻りましょうか」
「そうか。なら、俺はここまでだな。それじゃ、アレックス、ヴァレリー、シェリー、リリー、また明日な!」
そう言って、レオンは一人二号棟へと向かって歩き去って行く。
「また明日!」
アレックスは別れの挨拶をすると、ヴァレリー達やガルド達と共に一号棟へと移動した。
学生寮に入ると、ヴァレリー達はそのまま自室へと戻っていく。
ヴァレリー達と分かれたアレックスは、再び寮のラウンジでガルド達と向き合う事になる。
席に着くと、ガルドはアレックスから細剣を受け取って刀身を確認しながらアレックスに話しかけてきた。
「どうだったい?坊ちゃん。この剣の使い心地は?」
「さすが親方の作ですね。文句の付け様が無い仕上がりです」
「そりゃぁ、そうさ。これでも、こいつで飯を食ってるんだからな」
ガルドは、細剣の刀身を優しく布で拭き上げると、その柄をアレックスに差し出してくる。
アレックスは、ガルドから細剣を受け取ると静かに鞘に納めた。
続いて、ドルドがアレックスに問いかけてくる。
「所で、鎧の着心地はどうだった?鍛錬の時に動きにくかったりした所はないかい?ちゃんと坊ちゃんの体格に合うように作ったつもりなんだけれど?」
ドルドの言葉に、アレックスは鎧の様子を確かめる様に体を動かすと少し考えて言葉を返した。
「そうですね。これと言って違和感はありません。丁度いい具合なのではないでしょうか?」
「そうかそうか、それは良かった。その鎧は魔術武具だからね。坊ちゃんの成長期はこれからだろうけど、将来坊ちゃんの身長が2メートルを超える様な巨漢にでもならない限り、その鎧の体格補正機能でサイズ調節されるからね。大人になっても十分に使えるはずさ」
アレックスは、ドルドの説明に頷いた。
もとより、このような高価な魔術武具をそうポンポンと買い替えるつもりはないのだ。
ドルドの言う様によほど体格が大きくならなければ、鎧を買い替える事は無いだろうと思えた。
そうしてガルド達と話をしていると、ジョアンナが声を掛けてきた。
「さぁ、お前さん達、もういい時間になって来たよ。そろそろお暇しなけりゃ、坊ちゃんに迷惑が掛かっちまうんじゃないのかい?」
「何?もうそんな時間か?」
ジョアンナに言われて、ガルドが驚いたように顔を上げた。
「そうだよ、お前さん。坊ちゃんだって、夕飯の前には片付けを済ませたいでしょう?」
「そうか、それもそうだな。この後は、セルガーの坊主と飲みに行く約束もあるしな!」
ガルドがそう言うと、皆の視線がセルガー先生に集まる。
セルガー先生は苦笑を浮かべると一つ頷いた。
「まぁ、親方達には刀の事で世話になっていますからね。おすすめの美味い飯屋をご紹介しますよ」
「おぅし!よろしく頼むぜ!王都も様変わりしちまって、どうしようかと思ってたところだからな!」
ガルドの言葉にドルドやムルド達も頷いていた。
「そうだね、兄さん。前に王都に来たのは百年位前だったかな?」
「うむ。街の様子も、色々と変わっている」
それから、ガルド達はアレックスに別れの挨拶を済ませると、セルガー先生を先頭に揃って学生寮を後にした。
そんな彼らを見送ったアレックスは、夕飯前に手早く身支度を整えるべく自室へと戻っていった。
……
…………
………………
学生寮を後にしたセルガー先生一行は、セルガー先生が外出申請をしてから王都へと繰り出した。
セルガー先生は、ガルド達を王立アウレアウロラ学園からほど近い場所にある一軒の飯屋へと案内していた。
「さて、店の雰囲気は悪くねぇが、肝心なのは飯と酒だな」
店に入ったガルドは、適当な席に腰を落ち着けた所で店内を見渡しながら口を開いた。
ガルドの言葉に、セルガー先生は苦笑を浮かべる。
「親方達だったらお上品で高級なお店より、こういう庶民的なお店の方が好みでしょう?」
「まぁな。マナーやらなんやらと余計な気遣いが必要ないってのは良い。後は飯と酒だ」
ガルドは片手を挙げて店員を呼ぶと、店員に適当なおすすめの料理と酒を人数分注文する。
それを聞いたセルガー先生が、慌てて自分の分の酒だけは別に注文し直していた。
「なんだ、坊主。自分だけ別の酒なんぞ注文しおって」
「勘弁してくださいよ、ガルドの親方。親方達と同じ様に飲んでたら、直ぐに潰れちまう」
顔をしかめるセルガー先生の様子を見て、ガルドはハハハッと笑い声を上げる。
そんなガルドの様子に、セルガー先生は溜息を吐くと用件を切り出した。
「それで、親方……。わざわざ俺を呼ぶって言うのは何かあるんでしょう?」
「あぁ、それなんだがな。まぁ、話はアイツが来てからでいいだろう」
「ガーンズバック先生ですか?言われた通りに声を掛けてはありますが……」
「ちゃんと俺の名前を出して誘ってるんだろ?なら来るさ。ちょっとは待とうや」
しばらくして、テーブルに料理とお酒が運ばれてくる。
早速、ガルドがジョッキを手にして乾杯の音頭を取る。
そうして一同が料理に舌鼓を打っていると、店の入り口から一組の男女がガルド達のテーブルに近付いてきた。
「やぁ、ガルド。久しぶりじゃないか」
「おぅ!バーンズ、ようやく来たか」
ガルド達のいるテーブルに歩み寄って来たのは、アレックスの学術第一組の担任で武術第一組の担当でもあるバーンズ・ガーンズバック先生だった。
「あぁ、お前さんがスプリングフィールドの近況を知りたいって言うからな。俺だけじゃ何だから、魔術第一組の教師も連れてきた」
ガーンズバック先生はそう言うと後ろについて来ていた女性を紹介した。
「初めまして、ルルーシェ・ランペイジです。噂に名高いマスターソン三兄弟に会えて光栄です」
「よせやい!堅っ苦しいのは、苦手なんだ!普通にしてくれて十分だぜ?」
ランペイジ先生は、戸惑った様にガーンズバック先生にチラリと目線をやる。
ガーンズバック先生は肩をすくめると、慣れた様子でセルガー先生の隣に腰掛けると店員に料理とお酒を注文する。
ランペイジ先生もジョアンナに椅子を引かれて席に腰掛けた。
店員も慣れたものなのか、間を置く事も無く酒がテーブルに運ばれてくる。
ガーンズバック先生は、運ばれてきた麦酒をグイッと一口飲み干すとガルド達に向かって問い掛ける。
「それで、スプリングフィールドの近況を知りたいってのはどういう事なんだ?」
その言葉に、ガルドは頭を掻きながら口を開く。
「いやなに、スプリングフィールド選公爵がな、息子の近況を知りたいからって頼まれてんだよ」
「そんなもの、スプリングフィールド自身で手紙なり何なり書いているだろ?」
「あぁ、手紙じゃ分からねぇ様な、例えば教師から見た様子なんかが知りてぇのだとさ」
ガルドの言葉に、ガーンズバック先生はなるほどと頷く。
「そんな所だと思ったさ。ランペイジ先生を連れてきたのは正解だったな。武術の方は良くても魔術の方がどうかまでは俺も知らんしな」
「スプリングフィールド君は優秀な生徒ですよ。身分を笠に着る様な所も無いですし、成績の良さを鼻にかける様な事も無いですし……」
ランペイジ先生の言葉に、セルガー先生もガーンズバック先生も一様に頷いていた。
「スプリングフィールドは武術は師範の腕前だし、魔術の腕前も魔導師なんだろ?」
ガーンズバック先生の言葉に、今度はランペイジ先生が頷く。
それを聞いて、ガルド達は驚きをあらわにした。
「何だって?そいつは本当かい?坊ちゃんの武術の腕前が師範なのは知ってたが……、魔術の方もすごいじゃぁないか!」
「それは凄いね」
「うむ、才能」
ガルド達の驚く様子に、ガーンズバック先生はニヤリと笑う。
そうして、手に持ったジョッキをあおるとガルド達に語り掛けた。
「まぁ、実際凄いもんさ。授業では、助手として手伝ってもらうくらいだからな」
「私もです。彼は魔術への理解も深いですし、正直に言って授業で教える事はもうない状態ですね」
ランペイジ先生は、ガーンズバック先生の言葉に頷くと手元のジョッキのお酒をチビチビと飲んでいく。
二人の言葉に、セルガー先生も頷き返すと口を開いた。
「スプリングフィールドなら、再来月の武術大会も圧勝でしょう。そうしたら、学園始まって以来の第一学年生の優勝ですか。……そのまま六年連続優勝という事もありえますね」
「違いない。今年の第六学年生も腕が悪いわけではないが、スプリングフィールドは物が違う」
セルガー先生の言い様を、ガーンズバック先生が肯定する。
二人の評価を聞いたガルドは、呆れた様に溜息を吐いた。
「なんだ意外とつまらねぇな。少しは骨のある奴はいねぇのかよ?」
ガルドの言葉に、ガーンズバック先生は少し考えると口を開く。
「そうさな。後四、五年鍛えればいい勝負が出来るか奴が出るかもしれないが、在学中にと言うのは無理だな。……そんなに気になるんだったら、再来月の武術大会を見に来ると良い。予選は学内でやるが、決勝トーナメントは一般でも観戦できるからな」
その言葉に、ガルドは頭を振る。
「見てみたい所じゃあるが、店を放ってはおけねぇからな。大体、結果が見えてる試合なんぞつまらん」
ガルドはジョッキの火酒をゴクゴクとあおると、空になったジョッキを掲げて店員を呼ぶ。
追加の料理と酒を頼むと、ガルドは皿に残っていた肉に齧り付く。
「……まぁ、夜は長いんだ。坊ちゃんの話だけじゃなくて、お前さん達の話も聞かせてくれや」
大した話はないぞと言うガーンズバック先生の言葉に、ガルドは適当に相槌を打つ。
「こちとら王都に来るのは百年ぶりだからな」
「そうだね。最近の王都の話を色々聞ければそれで良いのさ」
「うむ。情報は重要」
ガルドの言葉にドルドとムルドも頷く。
そう言う事ならと、ガーンズバック先生もこの百年の王都の変化を思い起こしながらジョッキをあおる。
「そう言う事なら、百年前と今の王都の違いというのを聞いてみたいですね」
ランペイジ先生は姿勢を正すと、ガーンズバック先生の話を聞く体勢に入る。
そんな話で良いのならと、ガーンズバック先生は一同を見回すとこの百年の王都の様子を語り出した。
そうして、ガルド達は夜遅くまで様々な話を語り明かすのだった。




