第三十六話・魔術武具
中庭へと場所を移したアレックス達。
中庭に出ると、ジョアンナ達三人が試し切りに使う丸太や金属鎧を着せた標的を準備していく。
それを横目に、ガルド達三人は持って来た剣と鎧をアレックスに差し出してくる。
そうして、アレックスはガルド達に指導を受けながら鎧を着こみ、その腰に剣帯を巻いてそこに二振りの剣を下げた。
「なんだ、坊ちゃん。俺達の手伝いがいるかと思ってたが、一人で出来るのか」
テキパキと鎧を着こみ剣を下げたアレックスの様子を見て、ガルドが感心した様に声を上げた。
「まぁ、この鎧でしたら、一人で着用出来ないと色々と困りますからね」
「あぁ、だな。従者に手伝ってもらって着る様な騎士鎧と違って、この手の鎧を使う様な立場だと、一人で何とかする必要があるか」
ガルドは、そう言って豊かな顎髭を手で撫で付ける。
「しかしそうなると、やっぱり坊ちゃんは騎士ではなく冒険者か傭兵にでもなるつもりなのかい?」
ガルドの疑問に、アレックスは曖昧に微笑んで言葉を返す。
「どうでしょうか。六年経って王立アウレアウロラ学園を卒業するまで、まだ先の事は分かりませんよ」
「そりゃぁ、そうなんだがね。……さて、これで一通り剣と鎧の着用に問題はないわけだ」
アレックスは、ドルトから差し出された兜を受け取って被った。
兜は左右に羽飾りをあしらったオープンフェイスタイプで、首紐で固定するオーソドックスな造りになっている。
アレックスは兜を被り、髪を後ろに流す様に手櫛で払った。
それを見て、ガルドは数歩下がった位置からアレックスの様子を確かめると再び近寄ってくる。
そうして剣帯や鎧の留め具などを確かめると、ガルドは大きく頷いた。
「よし!問題はなさそうだな。それじゃ、坊ちゃん。その剣と鎧に付与された魔術の説明をするぜ?」
「はい、よろしくお願いします」
ガルドは、ドルド、ムルドと目配せしてから話始めた。
「まずは、俺の拵えた剣からだな。どちらの剣に付与した魔術も、同じ魔術だ。耐久性強化、刀身鋭化、魔法盾気制御、魔力補助の五つだ。まぁ、素材が良いからな。付与できる魔力の大きさから言うと、これでも控えめなくらいだ」
そう言って、ガルドはウンウンと満足げに頷いた。
すると、今度はドルドがアレックスに話しかけてきた。
「次は僕の番だね」
そうして、ドルドは立て板に水の如くの怒涛の勢いでしゃべり出していた。
「鎧に関しては、胸甲の鎧下にしている堅革鎧だけでも鎧として十分使える様にしてあるよ。どの鎧にも共通して賦与してある魔術としては、耐久性強化、防御力向上、衝撃緩和だね。鎧下には炎熱抵抗、寒冷抵抗の魔術も賦与してある。胸甲には物理防御、魔術防御、電撃抵抗、手甲には治癒力強化、脚甲には水上歩行の魔術も賦与してあるんだ。兜には、精神防護、闇視、感覚強化の魔術が付与してあるよ」
ドルドのあまりの勢いに、アレックスは面食らってしまう。
そうして、ドルドの言葉が一区切りした所で、堪らず声を掛けた。
「ドルトさん、ちょっと待ってください。一度にそんなに言われても……」
「あ?あぁ、僕としたことがすまないね」
一言謝ったドルドは、それから改めてゆっくりと鎧について説明を始めた。
「……それで腰鎧の方は、坊ちゃんが持ってきた魔術道具を鎧に仕立てたんだけど、それを止める腰帯の部分はムルドが作らせてもらったよ。勿論それもただの革帯じゃないよ。防具の一部として他と同じ様に魔術を付与してある」
言われて、アレックスは腰鎧に仕立てた魔術道具の布を摘まみ上げる。
「とは言っても、そっちは既に魔術道具として完成した代物だったからね。余分な手は加えていないよ」
そう言うと、ドルドは背後を振り返ってムルドに向けて頷いた。
それを合図に前に出てきたムルドと、ドルドが位置を入れ替わる。
「そうしたら、私の作った品物の説明」
「えぇ、お願いします」
ムルドの言葉にアレックスが頷くと、ムルドはその手にしていた小さな御守をアレックスに差し出してきた。
「これが、ご注文の矢避けの御守。首から下げられる」
アレックスは、ムルドから矢避けの御守を受け取るとその身に着けた。
首から下げた御守を胸元に仕舞い込む。
それを見届けたムルドは、次にアレックスの腰元を指差して告げる。
「剣帯と鞘は、私が作った」
「そうでしたか。これにも、魔力を感じます」
アレックスの言葉に、ムルドは頷く。
「うむ。どちらも魔術道具」
そうなんですねとアレックスが頷くと、ムルドは剣帯と鞘の説明を始めた。
「剣帯には、全能力向上の魔術が施してある。筋力、体力、敏捷性、器用さの他、身体感覚を大きく増強する」
ムルドは、続いて鞘を指差す。
「鞘の方には、守りの魔術を複数施してある。魔術抵抗、毒抵抗、疾病抵抗、麻痺抵抗、石化抵抗、沈黙抵抗、精神抵抗」
ムルドが話し終わると、アレックスはそれまでの感想をぽつりと呟いた。
「なんだか、やけに防護の魔術が多いですね」
それを聞いたガルドは、朗らかに笑って告げる。
「ハッハッハッ、そいつはなぁ、スプリングフィールド選公爵閣下の注文なんだ。かなりいい素材を使えるってんで、折角だからどうするか相談したんだよ」
アレックスが顔を上げると、ドルドとムルドも頷いた。
「何しろ、君はスプリングフィールド選公爵家の坊ちゃんで王位継承権所持者なんだ。僕達としても下手な物を作るつもりはなかったからね」
「うむ。守りを重視」
そうして話をしていると、試し切りのための丸太や標的の準備を終えたジョアンナ達が近付いて来た。
「さぁ、坊ちゃん。試し切りの準備が出来たよ。うちの旦那衆の自慢の品だからね。存分に試しておくれね。観衆の皆さんもお待ちだからさ」
ジョアンナの言葉に、アレックスは周囲を見回した。
そこには、いつの間にか多数の生徒達が集まっており、何があるのかと興味津々に様子を窺っていた。
「おいおい!何が始まるんだ?」
「スプリングフィールド君が何かやるらしい」
「武具を新調したのか?」
「試し切りか?」
「こんな場所で?」
「バッカ!こんな場所だからだろ?」
「スゲー武器だな」
「高いんだろうなぁ」
「羨ましい……」
中庭を囲む生徒達の様子に、アレックスは溜息を吐く。
「見世物と言うわけではないんですがね……」
「まぁ、良いじゃねぇか。そいつで、ズバッと格好の良い所を見せてくれよ!」
アレックスのボヤキに、それを聞いたガルドは気軽に応じる。
「まぁ、人目に付く中庭で試し切りをしようと言う時点で、こうなる事は想定しているべきでしたか」
「なんだぁ。分かってるんじゃないかよ」
ガルドの軽い調子に、アレックスはフゥと息を吐いて気持ちを切り替えた。
目の前には、丸太の他に金属鎧を被せた標的が用意してある。
「あれが、試し切りの標的ですか?」
「おぅよ!並の剣なら無理がある所だが、そいつと坊ちゃんの腕前があれば出来るだろう?」
ガルドは、何がとは言わない。
しかし、その言わんとしている事は明白だった。
要は、アレックスに太い丸太や金属鎧を切って見せろという事だった。
その要求に、アレックスはしばし考える。
「まぁ、出来なくはありませんね」
「よしよし!じゃぁ、よろしく頼むわ!」
アレックスは、ガルド達から離れると試し切りの標的から少し離れた位置に立った。
新しい武具を使えるという事に、アレックスの心は確かな高揚を感じる。
アレックスは、沸き立つ気持ちを落ち着ける様に一つ大きく深呼吸をした。
そして二振りの剣を引き抜くと、手元でクルリと剣を翻して中段に構える。
いよいよ試し切りが始まると見て取った観衆のざわめきが徐々に静かになっていく。
そうして、中庭に静寂が訪れた。
(ただ切り付けるだけでは、普通なら太い丸太を剣で切るなどという事は出来ませんが……)
目の前の丸太を見据えたアレックスは覚悟を決めて踏み込んだ。
数歩の距離を瞬き一つで詰めると、その手に持った細剣を丸太に向けて突き込む。
スコンッという軽い音がして、アレックスの持つ細剣が根元まで深々と突き刺さり丸太を貫く。
アレックスは一歩下がって丸太に刺さった剣を引き抜く。
丸太から引き抜いた細剣を軽く一振りして構えを整えたアレックスは、続けて丸太を切り付ける。
カカカンッと軽い音がしたかと思うと、丸太は縦横六つに切り裂かれて地面に転がり鈍い音を立てた。
それを見た生徒達の間からどよめきが起こる。
生徒達のどよめきを他所に、アレックスは別の丸太を左手のソードブレーカーで切り付ける。
すると、切り付けた丸太は上下真っ二つに切り裂かれて、地面に落ちると重い音を響かせた。
「まぁ、坊ちゃんの腕前なら、これくらいは出来るか。……さて、あっちの鎧はそのままじゃぁ切れねぇぞ」
アレックスが軽々と丸太を両断したのを見たガルド達だが、それ自体にはさして驚きもしない。
何しろ、スプリングフィールド選公爵家に仕えスプリングフィールドにその人ありと謳われたアランが太鼓判を押す腕前だ。
アレックスが丸太を両断して見せても、まぁそれくらいはできるだろうという感じなのだ。
だから、アレックスが丸太を切り終えて次の標的として金属鎧を着せた人形に向き直るのを見て、ガルドはここと注目する。
アレックスも、そんなガルド達の注目の視線に気が付いていた。
目の前の金属鎧を見据えて、全身の気を練り上げる。
アレックスを中心に不可視の力が噴き上がった。
その場の空気が変わったのを敏感に感じ取った生徒達の騒めきが消えていく。
アレックスは軽く呼吸を整えると、標的に向かって踏み出した。
「天地無窮流絶技、虚空斬」
アレックスがその手の細剣を目にもとまらぬ速さで振り抜く。
スパンッと空気を切り裂く鋭い音がして、次の瞬間真っ二つに切り裂かれた鎧がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
それを見た生徒達は一瞬静まり返り、しばらくしてからワッと歓声が上がる。
「なんだあれ?」
「何をしたのか見えなかったぞ?」
「金属鎧が真っ二つだ!」
「凄い!」
「さすがは学年総代!」
「スプリングフィールド万歳!」
「黒薔薇の君万歳!」
試し切りを終えたアレックスに、ガルド達が近寄る。
「エライ歓声だな!まぁ、坊ちゃんならやると思ったぜ」
試し切りをした丸太や鎧をガルド達が検める中、一通り確認をしたガルドがアレックスに声を掛けた。
「剣の方を見せて見な。……ふむ。ざっと見た所問題はなさそうだな」
アレックスの剣を確認して、ガルドは満足そうに頷く。
そうして、中庭を囲む生徒達の方を指してアレックスに声を掛けた。
「坊ちゃん。歓声に応えてやらねぇと収まらないんじゃないか?」
「……そうかもしれませんね」
そう言うと、アレックスは中庭を囲む聖地たちに向かって手を振った。
すると、生徒達は再びの歓声を上げる。
結局、生徒達の歓声が収まるまでしばらくかかるのだった。




