第三十四話・決着
アレックスの勝利に沸く生徒達の声に割って入るかの様に、ヴァッカーディ王子の怒りに満ちたがなり声が響く。
「ふざけるな!こっちは大金を払っているんだぞ!負けるなんて良い訳がないだろう!おい、傭兵、どういう事だ!」
ヴァッカーディ王子は、中庭の中央で向かい合うアレックスとバーバルスへと歩み寄っていく。
「どういう事だと言われてもな……。見ての通り、俺の負けだよ、王子様」
ヴァッカーディ王子の言葉に、肩をすくめて返すバーバルス。
バーバルスの態度が癇に障ったヴァッカーディ王子の顔色がみるみる内に真っ赤に染まる。
「馬鹿を言うな、傭兵!貴様は、この栄えある神聖カルディア王国の王子である俺様の決闘の代理人なんだぞ?その貴様が負けて良いはずがないだろうが!何としてでも勝て!」
「勝てと言われても、もう結果は出てるんだぜ?」
ヴァッカーディ王子の言葉に、バーバルスは呆れた様に溜息を吐いた。
「それがなんだ?この俺様が勝つこと以上の大事があるものか!そもそも、俺様が負けるなんて事があって良いわけがない!決闘だ!やり直せ!」
大声でがなり立てるヴァッカーディ王子の有様に、流石に見かねてガーンズバック先生が割って入る。
「ヴァッカーディ王子殿下。お言葉ですが、すでに決着はついております。これ以上の……」
「うるさい!黙れ、この田舎教師風情が!この俺様を誰だと思っているんだ!」
ガーンズバック先生にまで暴言を放ったヴァッカーディ王子態度に、周囲で様子を見ていた生徒達が色めき立つ。
それに気が付かない様子のヴァッカーディ王子は、さらに暴言を重ねていった。
「大体、この俺様が負けるなんて事自体がおかしいんだ!……そうだ!おかしい!あり得ない!こんなのは茶番だ!八百長だ!貴様ら、仕組んだんだろう?」
ヴァッカーディ王子のあまりの言い様に、バーバルスが馬鹿馬鹿しいと吐き捨てる。
「おいおい、王子様よ?いくら何でも、そりゃあんまりじゃねぇか?」
「うるさい!黙れ、このクズ!何が名うての傭兵だ!こんなガキ相手に負けておいて、この俺様に口答えするって言うのか?」
アレックスを指差してヴァッカーディ王子がまくし立てると、周囲の生徒達からブーイングが巻き起こった。
「馬鹿言うな!」
「ふざけてるのはそっちだろ?」
「引っ込め!」
「みっともないぞ!」
「そんなに言うなら、お前がやって見せろ!」
「出来もしないのに言うな!」
「帰れ、帰れ!」
生徒達のブーイングが徐々にそのボルテージを上げ始めた時、ガーンズバック先生がパンッと手を叩いた。
その音は、決して大きな音ではないにも関わらず周囲に響き渡り、生徒達の注目をガーンズバック先生に集めていた。
「そこまでにしなさい。ヴァッカーディ王子殿下、決闘の決着は既についております。勝者は、こちらのアレクサンダー・アリス・スプリングフィールドです。決闘の勝敗に関しては、立会人のこのバーンズ・ガーンズバックがその責において見届けたものです。結果に対する異議申し立ては認めません」
そう言って、ガーンズバック先生はヴァッカーディ王子に向き直った。
「これ以上の発言は、決闘の名誉を汚すものであり、ひいては貴方の名誉を傷つける事になりますぞ」
ガーンズバック先生は、瞳に力を込めてヴァッカーディ王子を睨み据える。
すると、ヴァッカーディ王子の顔色は見る間に血の気が引いていった。
「ヒィッ……。そっ、そうだな。このっ、この俺様がそんな、しんっ、神聖な決闘の名誉を汚す様な事をするはずがないだろう?そっ、そうだな、傭兵?……おりぇっ、俺様は気分が悪い。そうだ、気分が悪い!早く帰って休まなければ、大事に障る!おっ、おい!ジョージ!かっかっかっ、帰るぞ!」
それまで顔を真っ赤にして怒鳴っていたヴァッカーディ王子は、近習のジョージを呼びつけるとそそくさとその場を後にした。
ヴァッカーディ王子の突然の変化に、周囲を囲む生徒達は呆気に取られる。
そして、そのまま学生寮へと帰っていったヴァッカーディ王子達を見送ったのだった。
そんなヴァッカーディ王子の後姿を目で追いながら、バーバルスはガーンズバック先生に声を掛けた。
「いいのかい?先生。今、気を当てたんだろ?あの王子様が気を扱えるとは思えねぇから、大丈夫なのかねぇ」
「まぁ、問題になる程強くは当てていないから、大丈夫だろう」
「そんなもんかね。まぁ、決闘も終わってるんだ。別にあの王子様に義理立てする義理もねぇしな。先生が問題ないってんなら、別に問題はないんだろうさ」
肩をすくめてみせるバーバルスに、ガーンズバック先生は苦笑を返す。
それから、アレックスの方に向き直ると今度は本心からの笑みを浮かべるのだった。
「さて、無粋な横やりが入ってしまったが……。見事な勝利だったぞ、スプリングフィールド君。さすがはセルガー先生が万古不朽流剣術の師範と認めた腕前だ」
「ありがとうございます、ガーンズバック先生。ですが、師範は言い過ぎですよ」
ガーンズバック先生の賞賛の言葉に、アレックスははにかんだ様に笑顔を浮かべた。
すると、アレックスとガーンズバック先生の遣り取りを聞いていたバーバルスが、驚きに目を見開いて二人の会話に割って入った。
「師範だって?万古不朽流剣術の?……通りで強いわけだな。まさか、王立アウレアウロラ学園の生徒って言うのは、皆して坊ちゃんみたいに強いわけじゃぁねぇよな?」
バーバルスが、アレックスの顔をまじまじと見つめる。
それに対して、アレックスは苦笑を浮かべて頭を振った。
「流石にそれはないですよ」
アレックスとバーバルスの遣り取りを聞いたガーンズバック先生は、朗らかに笑い声を上げた。
「ハッハッハッ。確かに、スプリングフィールド君は学園では飛び抜けた強さだろうな。しかし、謙遜する事は無いぞ。今年の初等部アウロラの卒業生は豊作だというのは、教師達の間でも随分と話題になっているからな。武術の授業では、スプリングフィールド君がセルガー先生と一緒に授業をしていたんだろう?」
「一緒にと言うか……。確かに、セルガー先生の授業のお手伝いはしていましたが、それだけですよ。武術第一組の皆の成績が良かったのは、授業に参加していた皆が頑張った結果です」
私の功績と言うわけではありませんと、アレックスは謙遜して見せる。
それを見て、バーバルスは溜息を吐く。
「マジかぁ……。王立アウレアウロラ学園のセルガー先生と言やぁ、万刀一刀流剣術の師範にして万古不朽流剣術の達人として、王都でも有名な一流の剣客じゃねぇかよ。そんな人物に認められていたとはなぁ。そりゃ、俺の腕じゃ勝てないのも道理だな」
バーバルスは、自分は万古不朽流剣術上級だと告げていた。
傭兵団『獣の牙』の中でも、自分は上位に入る腕前なのだと。
確かに、上級の腕前と言うのはめったにいるものではなく、一般には才能のある者が努力をしてたどり着ける階位と言われている。
とは言え、王都を探せば何人も見つける事の出来る階位でもあった。
「ハァ、まぁ良いさ。決闘も終わって、俺はもうお役御免だ。後金が貰えねぇのは残念だが、仕方がねぇわな。負けちまったんだし……。あぁ、帰ってから、何て説明しようかなぁ。アイツ等、絶対信じねぇよな」
がっくりと肩を落としたバーバルスは、溜息を吐いて気持ちを切り替えると顔を上げた。
そうして、アレックスとガーンズバック先生に向かって別れの挨拶を済ませると、トボトボとその場を後にした。
バーバルスが去って行くと、それに合わせる様にして決闘を見守っていたヴァレリー達がアレックスの下に近寄って来た。
「アレックス君、おめでとう」
「流石、アレックスだな。おめでとう」
「アレックスさん、おめでとうございます」
「アレックス君、おめでとう。すごい戦いだったわね」
アレックスの下に来たヴァレリー、レオン、シェリー、リリーが、それぞれにアレックスの勝利を言祝ぐ言葉を掛けてくる。
「ありがとうございます、皆さん」
アレックスは、四人の祝辞を素直に受け取って言葉を返した。
そんなアレックス達五人の様子を見て、ガーンズバック先生は顔を綻ばせる。
「さぁ、それでは先生も帰るとするか。学園長への報告もせねばならんしな」
「私も行った方が良いでしょうか?」
アレックスの問いに、ガーンズバック先生は笑顔で頭を振った。
「それには及ばんよ。決闘の一部始終は、私もしっかり見届けたしな。報告だけなら、君がいなくても問題ない。君の実家、スプリングフィールド選公爵家や王城への報告も学園に任せておきなさい」
そちらは学園長がどうにかするだろうと、ガーンズバック先生は軽く笑って見せた。
「これ以上、学生に負担を強いるような真似は出来んさ。そう言う事は大人に任せておきなさい」
「そうですか……。それではお言葉に甘えて、私も失礼させていただきます」
ガーンズバック先生に一礼したアレックスは、踵を返して学生寮へと歩き出した。
ヴァレリー達もその後についていく。
「さて、面倒ではあるが、学園長に報告するとするか……」
中庭に集まっていた生徒達に解散する様に告げると、ガーンズバック先生はアレックス達とは逆――講義棟区画の方に向かって歩き出した。




