第三十三話・決闘④
学生寮の間にある中庭では、見物人の生徒達の騒めきで溢れ返っていた。
学生寮を見れば、その窓にも中庭の様子を見ようとする生徒達が鈴なりになって中庭を注目している。
アレックスはその様子を一瞥すると、決闘の相手に向き直った。
中庭を半円形に取り囲む――ヴァッカーディ王子の周りには誰も近寄りたがらなかった――観衆と化した生徒達。
その生徒達の見守る中、ヴァッカーディ王子の後ろに控えていた男性が中庭の真ん中へと進み出てきた。
男性は成人のがっしりとした体格の良い大柄な人物で、堂々とした足取りでアレックスの前まで歩み寄ってくる。
その手には男性の立派な体格に見合う太く長い木剣を携えていた。
「悪いね、嬢ちゃん。こちとら、これも仕事なんでね」
男性は、その厳つい顔に困った様に苦笑を浮かべる。
アレックスは、そんな男性の言葉に頭を振ると言葉を返した。
「気にする事はありません。それと、私はこれでも男です」
アレックスの言葉に、男性は驚いたように目を見張る。
「何?そうか。そいつは失礼をした」
「いえ、構いません」
男性が無礼を詫びると、アレックスは笑顔を浮かべて頭を振った。
それを見た男性は、そうかと独り言ちるとアレックスに向き直って姿勢を正した。
「さて、礼儀として名乗っておこう。俺は、傭兵団『獣の牙』のドレイク・バーバルスだ」
「私は、アレクサンダー・アリス・スプリングフィールドです」
決闘前の礼儀として互いに名乗り合う二人。
アレックスの名乗りを聞いた男性――バーバルスは、その顔に疑問の色を浮かべる。
「スプリングフィールド?……まさか、あのスプリングフィールド選公爵家か?」
「そうですね。そのスプリングフィールドですが、何か?」
バーバルスの疑問をあっさりと肯定するアレックスの態度に、バーバルスは呆気に取られてヴァッカーディ王子の方を振り返る。
「は?……って、なんじゃそりゃぁ!ってか、聞いてねぇぞ!ただの生徒同士の決闘だって話じゃぁなかったのかよ!」
慌てるバーバルスのがなり声に、ヴァッカーディ王子は不快気に顔を歪めて吐き捨てる。
「ごちゃごちゃと五月蠅いぞ、傭兵!おい、田舎教師!さっさと始めないか!」
ヴァッカーディ王子の無礼な物言いに周囲を囲んでいる生徒達が色めき立つ。
そんな生徒達に向けて、ガーンズバック先生は静かにするように注意をしていた。
その一方で、ヴァッカーディ王子の無礼な物言いを聞いたバーバルスは頭を抱える。
「チクショウが!勝った所で旨味がねぇじゃねぇか。スプリングフィールド選公爵家を敵に回してあれっぽっちの金じゃぁ、はした金もいいとこだぜ!」
バーバルスのボヤキに、アレックスはため息とともに問い掛ける。
「だったらやめますか?」
しかし、アレックスの言葉を聞いたバーバルスは苦笑しながら頭を振っていた。
「クソが!それが出来りゃぁ苦労はしねぇよ、坊ちゃん。チクショウめ!仲間になんて言やぁ良いんだ?最悪、河岸を変える必要があるじゃねぇかよ」
バーバルスの言葉を聞いて、今度はアレックスが苦笑を浮かべる番だった。
アレックスは、親切心からバーバルスに忠告しておく。
「勝った後の事ばかり考えても意味がないですよ?ご自分が負けるとは考えられないので?」
アレックスの言葉に、バーバルスは渋い表情を浮かべる。
そうして、手にした木剣を肩に担いで真剣な表情でアレックスを睨みつけた。
「おいおい……。いくら坊ちゃんがスプリングフィールド選公爵家の御人でも、大人を舐めちゃいけないぜ?仕事として受けた以上は、いくらスプリングフィールド選公爵家の坊ちゃんが相手と言っても、手は抜かねぇよ」
「そうですか。それは結構です」
バーバルスの態度が落ち着いたものになったと感じたアレックスは、決闘を始めるべく開始位置に移動する。
それを見たバーバルスも、アレックスから距離を取って対峙すると木剣を両手で構えた。
アレックスも、腰に指した大小二本の木剣を抜き放つ。
「さて、そろそろ良いかね?それでは、これよりアレクサンダー・アリス・スプリングフィールドとヴァッカーディ・ムーノゥナ・オゥジィー・カルディア王子殿下の代理人、ドレイク・バーバルスによる決闘を開始する」
アレックスとバーバルス。
両者の準備が整ったと感じたガーンズバック先生が、決闘の開始を宣言する。
「それでは、始め!」
ガーンズバック先生の合図とともに、周囲を取り囲む生徒達の歓声が上がる。
「それじゃ、坊ちゃん。行くぜ!」
そう言うと、バーバルスは数歩の距離を一足飛びに詰め寄ってくる。
彼我の距離を瞬き一つもない一瞬で詰めたバーバルスは、大上段に振りかぶった木剣を一気に振り下ろす。
アレックスは、その一撃を頭上で交差させた二本の木剣で受け止める。
木剣がぶつかり合った瞬間、木製とは思えない固い音が鳴り響いた。
二人の動きに遅れて、周囲を囲む生徒達から歓声が上がる。
「おいおい!これを受け止めるかよ?」
アレックスに上から覆いかぶさる様に木剣に圧を掛けていくバーバルス。
しかし、アレックスは平然とバーバルスの一撃を受け止めていた。
「だったら……」
バーバルスがさらに力を込めて木剣を押し込もうとしてくる。
それをアレックスは逆に押し返していく。
二人の持つ木剣が拮抗したかに見えた次の瞬間、ガツンと衝撃音が響く。
それまで木剣を上から押し込んできていたバーバルスが蹴りを放とうとし、アレックスが足を使ってそれを受け止めたのだ。
「これも防ぐかよ……」
呆れた様に呟いたバーバルスは、蹴りを防がれると攻めに拘泥せずにサッと身を引いて距離を取る。
そしてそのまま、間合いを測る様に木剣を構える。
「やるじゃないか、坊ちゃん。学園でお勉強する様なお座敷剣術じゃ、あんな足癖の悪い技は教えないと思うんだがね」
良く防げたなと、感心したように笑うバーバルス。
アレックスはクスリと笑い返す。
「剣で戦うからと言ってそればかりを意識していては、実戦で不覚を取る事もありますからね。もっとも、さっきの様な足使いなどは学園で教えたりはしませんが……。これはどちらかと言えば泥臭い、……まぁ、傭兵や冒険者のやる様な戦い方ですからね」
「確かに、違いない」
アレックスの言葉に、バーバルスは肩をすくめてみせる。
そうして、次の瞬間には一転して真剣な表情を浮かべて、木剣を構え直した。
「さて、ここまでは小手調べだな。さぁ、それじゃここからは本気で行くぜ?坊ちゃん」
「もちろんです。遠慮せずに本気でどうぞ」
アレックスが返事を返すと、バーバルスの纏う雰囲気が変わる。
その様子に、アレックスは瞳に気を込めて対峙するバーバルスを見据えた。
「フゥ、戦技、闘気解放!」
バーバルスの叫びと共に、アレックスに不可視の圧が襲い掛かる。
周囲を囲む生徒達は、突然の衝撃に悲鳴を上げた。
アレックスは、腹の底に力を込めて無言のまま気を練り上げてバーバルスの放つ闘気を受け止めた。
(戦技、能力向上!弱点看破!可能性知覚!)
一気に闘気を高めたバーバルスは、続けて戦技を発動させる。
アレックスは、落ち着いた様子で静かにその様子を観察していた。
次の瞬間、バーバルスの態勢が揺らいだかと思えば、バーバルスは一瞬で彼我の距離を詰めてくる。
「剣技、瞬動斬!」
バーバルスの木剣が袈裟切りに振り下ろされる。
それは、二人の決闘を固唾を飲んで見守る生徒達には早すぎて追えない程の鋭さだった。
しかし、アレックスはバーバルスが技を放とうとして足に力を入れた一瞬を見逃さなかった。
瞬時に半歩前に出たアレックスは、左手の木小剣でバーバルスの放った一撃を受け止める。
「なっ!?」
自信を持って放った一撃をアレックスに簡単に受け止められ、バーバルスの表情が驚きに歪む。
バーバルスの動きが一瞬止まり、アレックスがその隙をつく様に剣を走らせた。
(戦技、即応反射!)
可能性知覚でアレックスの剣撃を察知したバーバルスは、咄嗟に戦技を発動させてアレックスの剣を避ける。
無理な姿勢で無理やり回避したバーバルスの体が、軋む様に悲鳴を上げた。
バーバルスは、歯を食いしばって軋む体に鞭打つとその場を飛び退る。
しかし、アレックスは追撃とばかりに二度三度と右手の木剣を突き込んできた。
「クソッ!」
バーバルスが罵声を吐き捨てる。
アレックスの放つ連撃を次々と受け、流し、捌く。
二人の木剣がかち合う度に、木剣でやり合っているとは思えない様な硬質な音が響き渡った。
アレックスの攻撃を必死に捌いたバーバルスは、大振りに剣を振るうと無理やりに距離を取ろうとする。
しかし、アレックスはバーバルスの苦し紛れの剣撃を見逃さなかった。
(戦技、縮地)
体勢を崩しながらも、アレックスから距離を取ろうとしたバーバルス。
しかし、アレックスはバーバルスの大振りの一撃をあっさりと受け流すと、その距離を瞬時に縮めていく。
(チクショウ!戦技、瞬動……)
絶技でもって一気に距離を稼ごうと、バーバルスは一瞬足に力を込めた。
その時、僅かではあるがバーバルスの動きは確かに止まっていた。
(剣技、奪命蠍針)
バーバルスの見せた一瞬の隙をアレックスは確実に捕らえていた。
アレックスの持つ木剣が、霞む様な速さでもって突き出される。
その切っ先は、正確にバーバルスの喉元に突き付けられていた。
「そこまで!」
ガーンズバック先生が制止の声を上げる。
その声に動きを止める二人。
バーバルスの喉元にピタリと剣を突きつけるアレックス。
そして、その剣を避けようと仰け反った姿勢で固まるバーバルス。
その姿は、誰の目に見ても勝敗は明らかであった。
「勝者、アレクサンダー・アリス・スプリングフィールド!」
ガーンズバック先生が裁定を下す。
その言葉に、周囲を囲んで勝負を見守っていた生徒達から歓声が上がった。
「クソッ!たかが学生だろ?高等部アウレアの第一学年って言やぁ、まだ十二歳のガキじゃねぇのかよ?絶技まで使いこなすとか、聞いてねぇ!俺の負けだよ、チクショウ……」
勝敗の裁定が下され、がっくりと肩を落とすバーバルス。
アレックスは、そんなバーバルスに声を掛けた。
「貴方も、なかなかの腕前でしたよ」
「あんがとよ。ったくよぅ、褒められてもまったく嬉しくねぇ……。あぁ、マジかよ、まったく……」
アレックスの勝利に沸く生徒達。
その時、歓声をかき消すかのようにヴァッカーディ王子のがなり声が響き渡った。




