第三十二話・決闘③
翌日の朝。
王都スプリングフィールド選公爵邸には、日の出と共に王城からの使者が訪れていた。
アレックスがその事を知ったのは、ランドルフやアンジェリーナと朝食の席を共にした時だった。
その席で、アレックスはランドルフから王城からの使者が運んできた書簡の内容を告げられる。
「勝てと?」
「そうだよ、アリー。王家からも、今回の決闘騒ぎではアリーに勝利する様にとの命だ」
「簡単に仰いますね」
憮然とした表情を浮かべるアレックスを見て、ランドルフは苦笑を浮かべる。
「事実、簡単だろう?何しろ、相手は武術第七組なんだ。アリーの実力なら負ける方が難しいだろ?」
ランドルフにそう言われて、今度はアレックスが苦笑を浮かべる番だった。
それでも、アレックスは気を引き締めて表情を作ると、楽観視するランドルフに苦言を呈する。
「それはそうですが、戦いは何があるかわかりません。万が一にも負ける事の無い様に、一層気を引き締めねばなりませんね」
アレックスの慎重な言い様に、二人の遣り取りを横で聞いていたアンジェリーナは微笑みを浮かべる。
「アレックス君は慎重なのね。でも、それは悪い事ではないわ。相手はカルディアの威光を笠に着ての行動なのでしょうけれど、格下の相手だからと言って油断をしていいという事にはならないものね」
アレックスは、アンジェリーナの言葉に頷く。
「兎に角、油断はせずにしっかりと勝ってみせます。ですから、後の事は……」
アレックスがランドルフに視線を向けると、ランドルフも頷きを返す。
「それは分かっているよ。とは言っても、僕にできる事なんて何もないのだろうけどね」
そう言うと、ランドルフは肩をすくめてみせる。
そのまま、アレックス達は他愛も無い話をしながら朝の食事を楽しむのだった。
……
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………………
朝食を終えたアレックスは、ランドルフの手配した馬車で王立アウレアウロラ学園へと向かった。
学園正門まで馬車で移動して、アレックスは足早に学生寮へと向かう。
学生寮の自室でその日の授業の準備を終えると、そのまま急いで教室へと向かうのだった。
アレックスが教室に入ると、生徒達の注目が集まる。
生徒達は遠巻きにアレックスの様子を窺っていた。
そんな中、アレックスに隣の席からヴァレリーが声を掛けてきた。
「アレックス君、おはよう。昨日はあれから姿を見なかったけど、どうしたんだい?」
「おはようございます、ヴァレリー。昨日は、あの後職員室に行って決闘の事を報告したのですが……」
アレックスが話をしようとすると、教室に教師が入って来た。
そのため、アレックスはその話は後でとヴァレリーに断りを入れて壇上の教師に向き直った。
壇上の教師――ガーンズバック先生は、アレックスにチラリと視線を向けるとパンッと手を叩いて生徒の注目を集める。
「さぁ、お前達!昨日の事でいろいろ盛り上がりたい気持ちは分かるが、今は授業に集中する様に!それでは朝のホームルームを始めるぞ!」
朝のホームルームを始めたガーンズバック先生は、生徒の出席を取り始める。
昨日の学生寮前で起こった騒ぎから浮足立っていた生徒達も、授業が始まれば皆黙って真面目に授業に参加する。
おかげで、アレックスは興味津々の生徒達に詰め寄られる事も無く無事に午前中の授業を終える事ができた。
そうして、午前中の授業が終わると、アレックスはヴァレリー達と共に食堂へと場所を移した。
食堂へ向かう途中、学術の組が違うレオンもアレックスの下に合流してきた。
昨日のヴァッカーディ王子による決闘申し込みを受けてあの後アレックスがどうしたのか、ヴァレリー達も気になっていたのである。
落ち着いてその話をするためにも、場所を変えようという事だ。
食堂に着いて昼食を手にすると、ヴァレリー達はあの後アレックスがどうしていたのかと尋ねてくる。
アレックスとしても別に隠す事ではないので、掻い摘んで説明する事にした。
「……と言うわけで、決闘には勝つ様にとの命でした」
「王城からの使者……。何だか、話が大きくなったのね」
「たかだか学生同士の決闘だろ?何で王城まで話がいってんだよ?」
リリーが呆けた様に感想を漏らすと、レオンもそれに同調する。
それを聞いたシェリーは眉根を寄せてリリーとレオンを見遣った。
「お分かりになりませんの?アレックスさんは、スプリングフィールド選公爵家の者ですのよ?当然、王位継承候補者でもありますわ。その候補者が学生同士とは言え決闘をするという事になれば、スプリングフィールド選公爵家の、ひいてはローランディア選王国の威信がかかって来るのです。王家の関心を買う事になるのは必然ですわ」
シェリーの言葉に、ヴァレリーも頷いてアレックスに言葉を掛けてくる。
「そうだね。しかもその相手が神聖カルディア王国の王子なんだから、下手をすると外交問題だよ?……でも、その上で勝てとの命を受けるのだから、国の方にも何か考えがあるんだろうね」
ヴァレリーは大変だねとアレックスを気遣い、レオンはへぇと気の無い相槌を打った。
シェリーとリリーが頑張ってねとアレックスに声援を送る。
そんな周囲の反応に、アレックスは苦笑を浮かべのだった。
そうして、昼食を終えたアレックス達は午後の授業に備えるために早目に昼休みを切り上げて教室へと戻っていった。
……
…………
………………
午後の授業が終わるとすぐに、アレックスはヴァレリー達と連れ立って決闘の約束をした学生寮――一号棟と二号棟の間にある中庭へと来ていた。
なにしろ決闘の時間の細かな指定が無かったため、何時ヴァッカーディ王子がやって来るのか分からなかったからだ。
そうして、人も疎らな中庭でアレックス達はヴァッカーディ王子が来るのを待った。
しばしの時間が経ち、昨日の騒動を知っている生徒達が少しづつ中庭へと集まり出していた。
少なくない数の生徒達が中庭に集まった事で、さらに人の興味を引いていく。
こうして、夕方、日の傾きかける頃には中庭にはかなりの数の生徒が集まっていた。
騒めきに包まれる中庭にあって、立会人を務めるべく中庭にやって来ていたガーンズバック先生は、アレックスの下に歩み寄ってくると声を掛けてきた。
「スプリングフィールド君、ヴァッカーディ王子殿下は何時来るんだ?」
「さぁ、何時でしょうか。放課後と言ってきたのはヴァッカーディ王子殿下の方なのですが……」
ガーンズバック先生の言葉に、アレックスは小首を傾げる。
昨日の事を思い返しても、決闘と言い出したのはヴァッカーディ王子の方なのだ。
衝動的なものであったようには思うが、だからと言って忘れる事もあるまい。
今更、決闘を無かった事にしようとも思わないはずだ。
仮に、決闘を無かった事にしたいとすれば、こちらにその様に接触してくるはず。
アレックスは、自分の考えをガーンズバック先生に伝える。
ガーンズバック先生も同意見であるようで、もう少し様子を見てみようという事になった。
それからさらにしばらくの時間が経った頃、ようやくヴァッカーディ王子が姿を現した。
近習のジョージを伴っているのも昨日と同じだ。
そして、ヴァッカーディ王子達の後ろに付き従う様にして大柄な男性を一人連れている。
アレックスにはその男性は見覚えが無かった。
それはガーンズバック先生も同じだったようで、中庭に姿を現したヴァッカーディ王子に怪訝な表情を見せる。
中庭に入って来たヴァッカーディ王子は、ニヤニヤとした笑顔をその顔に浮かべながらアレックスを指差した。
「おい!お前……」
アレックスを指差して言い淀むヴァッカーディ王子にジョージが耳打ちする。
「……うむ、スプリングフィールドとやら。よくぞ逃げずに決闘の場に現れた。田舎の成り上がりとは言え、決闘の神聖さは良く分かっているようだな」
ヴァッカーディ王子の物言いに、中庭に集まっていた人達は唖然とした表情を浮かべる。
その中でも、ガーンズバック先生は気を取り直してヴァッカーディ王子に話しかけた。
「ヴァッカーディ王子殿下、学園の規則ですので、決闘の立会人は教師である私が務めさせていただきます。よろしいですね」
「アァ?……まぁ、良かろう。田舎教師でも、審判の一つくらいは出来るだろうからな」
ヴァッカーディ王子の無礼な物言いに周囲を囲む生徒達がざわつくが、言われた当のガーンズバック先生はどこ吹く風だった。
すまし顔で、ヴァッカーディ王子に向き合う。
そうして、アレックスを手招きして話を続けた。
「決闘のルールは学則にあるのだが、簡単に確認だけしておきましょう。第一に……」
ガーンズバック先生の話の間も、ヴァッカーディ王子のニヤニヤ笑いは止まらない。
「……、お互いに正々堂々と決闘に臨むように。それでは、両者ともに位置について」
ガーンズバック先生の指示で、アレックスは決闘の開始位置に着く。
すると、ヴァッカーディ王子は中庭の端にいる近習のジョージと男性の所へと歩いていった。
どうしたのかと周囲が訝しむ中、ヴァッカーディ王子はジョージの後ろに立つ男性へと声を掛けた。
「さぁ、行け!行ってこの俺様の、神聖カルディア王国の威光を知らしめるのだ!」
ヴァッカーディ王子の言葉に、驚いたガーンズバック先生は慌ててヴァッカーディ王子を呼び止める。
「ちょっと待ってください、ヴァッカーディ王子殿下!」
「アァ?なんだ、田舎教師?」
ガーンズバック先生に呼び止められて、ヴァッカーディ王子は不機嫌さを隠そうともしない。
それでも、ガーンズバック先生は言うべきを言うためにヴァッカーディ王子に向き直った。
「これは生徒同士の決闘ですぞ!それに代理人を立てるというのですか?」
ガーンズバック先生の抗議に、ヴァッカーディ王子は何を言っているのだとばかりに肩をすくめて言い放つ。
「当たり前だ!」
「は?」
ヴァッカーディ王子の物言いに、呆気に取られるガーンズバック先生。
ヴァッカーディ王子は、その様子を気にも留めずに言葉を続けた。
「フンッ!なんで、この俺様が直接決闘なぞせねばならんのだ?」
そんなものは下賤の輩がすればよいのだと、ヴァッカーディ王子は鼻で笑う。
ヴァッカーディ王子のあまりな言葉に、ガーンズバック先生は二の句が告げられずに立ちすくんだ。
その様子を見かねて、アレックスはガーンズバック先生に声を掛ける。
「ガーンズバック先生、私は構いませんよ」
「なっ、スプリングフィールド君!しかしだな……」
アレックスの言葉に、驚いたガーンズバック先生が振り向く。
二人の視線が交差した所で、アレックスはしっかりとガーンズバック先生の目を見据えて頷きつつ告げる。
「ガーンズバック先生、大丈夫です」
アレックスの力強い頷きに、ガーンズバック先生は少しだけ考えると溜息を吐いた。
「スプリングフィールド君……。君がそれで良いというのならば、私に留めることは出来ないのだろうな。よろしい、君を信じよう」
こうして、アレックスとヴァッカーディ王子の代理人による決闘が決まるのだった。




