第三十一話・決闘②
学園長執務室から退室したアレックスは、一度学生寮へと戻っていた。
その目的は、一号寮の寮母さんに外泊となる事を報告する事だ。
アレックスは、食堂で他の職員と共に夕食の準備をしていた寮母さんに声を掛けて外泊許可証を見せる。
そうして、急な用事で外泊となった事を告げると、決闘騒ぎを聞きつけていた寮母さんはすんなりと事情を理解してくれた。
煩雑な説明を省けたアレックスは、理解のある寮母さんの対応に感謝の意を告げると、そのまま学園の正門へと向かった。
総勢で三千人近くが暮らす学園の敷地はとても広く、その広さはちょっとした町の様である。
そのため、アレックスが学園の正門に辿り着いた頃にはすっかり日が暮れようとしていた。
そんな広大な広さを誇る王立アウレアウロラ学園の塀はかなり高く、その高い塀に囲まれた正面門扉は相応に大きい。
したがって普段はその巨大な門扉は閉じられており、脇にある通用門から出入りする様になっている。
その通用門には門番の詰め所が併設されており、警備のために外に一人、中に一人の警備員が詰めていた。
アレックスが通用門に近付くと、外で立ち番をしている年配の警備員がアレックスに気付いて声を掛けてきた。
「おや、学生さん。こんな夕方遅い時分にどうかしたのかい?」
アレックスは、腰のポーチから外泊許可証を取り出しながら、誰何の声に答えた。
「これから所用で出かける事になりました。こちらが外泊許可証です」
アレックスから外泊許可証を受け取った警備員は、詰所の中にいる若い同僚に声を掛ける。
そして、同僚の手に外泊許可証を渡しながらアレックスに声を掛けてきた。
「それにしても、こんな遅い時分に外出とはね。いくら王都と言っても、夜はそれなりに物騒なもんだよ?どうしても急ぎの用事と言うのでなければ、明日にしちゃぁどうなのかね?」
心配顔の警備員に笑顔を向けながら、アレックスは頭を振って言葉を返した。
「ご心配ありがとうございます。ですが、今日中にどうしても必要な用事なのです」
詰所の外で年配の警備員と話をしていると、中から書類を持った若い警備員が出てくる。
その手の書類をアレックスに返却しながら、彼も声を掛けてきた。
「はい、では外泊許可証をお返ししますね。それじゃ、お嬢ちゃん、気を付けて行っておいで」
若い警備員の言葉を聞いて、年配の警備員が顔色を変える。
「おい、馬鹿!この子は……」
慌てた様に若い警備員の口を塞ぐ年配の警備員に向けて、アレックスは微笑んで見せた。
「いえ、構いません、言われ慣れてますから。それでは、私は急いでいるので失礼しますね」
「申し訳ない。こいつには、後でしっかりと言い聞かせておきますので。それでは、お気を付けて」
年配の警備員と言葉を交わし、通用門を潜るアレックス。
その後ろ姿を見送りながら、若い警備員は不満気に口を開いた。
「なんですか、今の子供?」
年配の警備員は、年若い同僚の暢気な発言を聞いてため息を零す。
「なんだ、お前、本当に知らんのか。今年の高等部アウレアの第一学年総代でスプリングフィールド選公爵家の第三子、つまりご子息だぞ」
「エッ?本当に?」
「ここが学園でなければ、不敬罪になる所だ」
相手が学園の生徒で良かったなと言う年配の警備員の言葉に、若い警備員は自分の失言に気付いて顔を青くするのだった。
そんな事は露知らず、アレックスは急ぎ足で通用門を抜けると、学園正門の最寄りの乗合馬車の停留所へとやって来ていた。
時刻は夕方、日の沈む頃合いという事もあって停留所は閑散としており、馬車も数えるほどしか止まっていない。
アレックスは、辺りを見回すと馬車の一台に歩み寄る。
馬車の点検をしている男性が、アレックスの足音に気付いて振り返る。
「おや、お嬢ちゃん、こんな時間にどうかしたのかい?」
学生さんがこんな時間に外出かいと、不思議そうに男性が問いかけてくる。
そんな男性の疑問にアレックスは言葉を返す。
「この馬車の御者は貴方で良いのですか?実は、馬車を出して欲しいのです。それと、私は男ですよ」
「ありゃりゃ、こいつは失礼!確かに俺が御者だよ。だが、坊ちゃん一人乗せて馬車を出せって言うんだったら、金がかかるよ?払えるのかい」
御者が値段を告げると、アレックスは腰のポーチからお金を取り出して見せる。
「えぇ、問題ありません。これで?」
「はいよ。それで、どこまで行くんだい?」
後ろに乗りなと合図をする御者に頷きながら、アレックスは目的地を告げる。
「王都スプリングフィールド選公爵邸までお願いします」
「もしかして坊ちゃんは選公爵家に所縁のある方で?」
軽く笑いながら問いかけてくる御者に、アレックスも笑顔を返しながら首肯する。
「これは失礼いたしました。それでは、直ぐにでも出発させていただきます」
アレックスがただの学生ではないと分かった御者は、馬車の用意を済ませると急いで出発するのだった。
……
…………
………………
アレックスは、王都スプリングフィールド選公爵邸に着くと直ぐに兄であるランドルフに面会を求めた。
応接室に案内されたアレックスは、程無くランドルフに面会が叶った。
ランドルフは、アレックスの急な訪問に驚きはしたものの、快くアレックスを迎え入れていた。
「どうしたんだい、アリー?こんな時間に家に来るなんて、珍しい事もあるものだね」
穏やかな笑顔を浮かべるランドルフに対して、アレックスは厄介事を持ち込んだ事に少々の申し訳なさを感じながら用件を口にした。
「学園で問題がありまして、父様にご判断を仰ぐ必要が出てきました」
アレックスの言葉に、ランドルフは疑問を顔に浮かべる。
「問題って、それ程の事なのかい?」
「はい、兄様。実は、今日の放課後に学園で……」
アレックスはランドルフに決闘騒ぎについて話して聞かせる。
話を聞いたランドルフの顔は、険しい表情になっていた。
「カルディアの王子ともあろう者が、軽々しく決闘だなんて……。これはどちらが勝っても問題なんじゃないのか?」
「えぇ、私もそう思います。ですから、父様にご報告しておかなければと」
ランドルフは、アレックスに頷いて見せる。
「そうだね。正しい判断だと思うよ。すぐにでも父様にご報告しよう。アリーもついておいで」
そう言うと、ランドルフはアレックスを連れて屋敷の一角にある部屋へ移動した。
その部屋は、屋敷に数ある部屋の中でも比較的小さな部屋だった。
部屋には飾り気がなく、中央に三面の大きな黒い板が据えられた机が設置されていた。
この大きな鏡台の様な机が長距離魔導通信機だ。
ランドルフは長距離魔導通信機の前に置かれた椅子に腰掛けると、そのスイッチを入れる。
アレックスは、ランドルフの後に立って様子を見守る。
ランドルフが長距離魔導通信機を操作すると、黒い板――通信用モニターが明滅して一人の人物の姿が浮かび上がる。
その姿は、スプリングフィールド選公爵家に仕える執事だった。
執事は画面の向こうからこちらを確認すると一礼してきた。
「これは坊ちゃま方、このようなお時間にいかがなさいましたでしょうか」
執事の問い掛けに、ランドルフは早速用件を切り出した。
「緊急の要件だ。大至急、父様にご報告をしたいことがある」
「畏まりました。直ぐに旦那様にお伝えいたしますので、少々お待ちください」
執事は、一礼するとその場を離れる。
誰もいなくなった画面の向こうを眺めながら、ランドルフはアレックスに声を掛けてくる。
「さて、アリー。悪いけど、父様がやってきたら、先程僕にした話を、もう一度父様にしてくれるかな」
「はい、分かりました」
しばらくそのまま待っていると、画面の向こうから微かに音がしてフレデリックが姿を現した。
フレデリックは椅子に座ると怪訝な表情を浮かべて問い掛けてくる。
「ランディからの緊急の用件だと聞いたが、アレックスまで一緒とはな。一体何があった?こうしてわざわざ通信してよこすという事は、あまり良い知らせと言うわけではないのだろうな」
フレデリックの言葉に、ランドルフは静かに頷く。
「父様、仰るように良く無い知らせです。詳しくは、アリーの口から。では、アリー、頼むよ」
ランドルフに言われて、アレックスは一つ頷くと要件を話し始めた。
「実は父様、今日の放課後の事なのですが……」
アレックスの話を聞いたフレデリックは、最初は驚いたように目を見開き、話が終わる頃にはその顔は困惑に彩られていた。
話を聞き終えたフレデリックは、フゥと溜息を零すと眉間の皺を揉み解す様に顔に手を当てた。
「話は分かった。しかし、カルディアの王子は……。それで、王子の実力は実際の所どうなのだ?」
アレックスは胸の徽章に手を当てながら、王子と出会った時の事を思い出していた。
「カルディアの王子の武術の成績は第七組でした。お付きの者は第五組です」
それを聞いて、フレデリックは呆れたような溜息を、ランドルフは驚いたような声を上げる。
「アリー、本当なのかい?話にならないな。武術第一組ですらないなんて……」
アレックスはランドルフに頷いて見せる。
それを見たフレデリックは、やれやれと首を振って答えを出す。
「アレックス、武術第一組ともあろう者が、はるか格下相手にわざとでも負ける事など許されるものではない。ましてや、お前はスプリングフィールド選公爵家の名誉を背負う立場だ」
そう言って、フレデリックはアレックスを真直ぐに見つめる。
「勝て」
フレデリックは、一言断言する。
「分かりました。しかし、カルディアとの関係は良いのですか?」
アレックスの懸念を、しかしフレデリックは一笑に付していた。
「構わん。外交のあれこれは、こちらでどうとでもする。王家とも話はするが、反対はしまい。心配は無用だ。後の事は大人に任せて、お前はただ勝てばよい」
今晩はゆっくり休めと言うと、フレデリックは通信を終えた。
通信を終えたフレデリックは、疲れた様に溜息を吐く。
その時、眼前の長距離魔導通信機からジリリリリッと音が鳴った。
フレデリックが長距離魔導通信機を操作すると眼前のモニターに光が灯り、一人の壮年男性が姿を現した。
その人物は、王城で仕える文官である。
文官から話を聞き、フレデリックはしばし長距離魔導通信機の前で時を過ごした。
やがて画面が切り替わり、その向こう側には大テーブルが据え置かれていくつかの席と他に三つのモニターが並んでいるのが見えた。
そこは、王城に幾つかある会議室の一つだった。
しばらくしてモニターに人影が映ると、時を同じくして慌しく人々が席に着くのが見えた。
末席には王立アウレアウロラ学園のケレス学園長の姿も見える。
そして、上座の席の脇に先程の文官が現れてロザリアーネ女王陛下の入室を告げる。
フレデリックは立ち上がると、モニター越しにロザリアーネ女王陛下へ敬礼をする。
ロザリアーネ女王陛下の着席を待つ間、フレデリックは今晩は長い夜になりそうだと覚悟を決めるのだった。




