#5
勝が通い始める専門学校は情報系の専門学校で、昔から勝はパソコンなどが好きだったため、そこを目指した。そして、今日はその入学式だ。
入学式は九時頃から勝のアパートから少し離れたところにあるホテルの会議室を貸し切って行われる。かなり豪華だ。
勝は、朝の五時頃に目を覚ました。開始時間が九時頃ならもう少し寝ていてもいいはずだが、勝の場合はそうでは無かった。
「ほら!起きて!何時だと思ってるの!?」
ほら来た。全く、この『妖精さん』は早起きだ。もしかしたら、名前の通り妖精だから寝ることは必要なく、ずっと起きているのかも知れない。勝はそうぼんやりと考えながら、ベッドから身体を起こした。
「はいはい…」
「はいは一回!」
「…わかった」
「朝ごはんは自分で用意してね」
してくれないのかよ、と勝はいつも思う。こんな早く起こしてくるなら作って欲しい。勝はキッチンに向かい、いつも通りパンを焼いて食べた。
「今日は何するの?」
『妖精さん』が言う。
勝は家ではずっと『妖精さん』の世話を焼いていた。『妖精さん』が暇だと言うとゲームをしたり、遊びに行きたいと言うと、公園などどこかに連れて行ったりする。その場合、周りの目は『妖精さん』を気にすることはない。というか、見えていないのだろう。
「今日は学校の入学式があるんだ。留守番してて」
「なにそれ、面白そうじゃん。ついて行きたい」
出た。言うと思った。
いくら『妖精さん』が周りの人に見えていないとしても、相手をするのは大変だ。特に、見えていないからこそ周りに「あの人一人でなに喋っているのか」と疑われるのが嫌だ。だからなるべく人目のつかない公園などで遊んでいた。
「ダメ」
「なんでよ?」
「これは俺の大事な予定だから、あんまりついてきて欲しくないんだよ」
「だからなんでよ、私のことは周りには見えてないじゃん」
「見えてないから困るんだよ。一人で何喋ってるんだって思われたら嫌だし」
「はいはい、そうですかー。じゃあついていかない」
ちょっと口調がムカつくが、勝はホッとした。
少しテレビを見て時間を潰したあと、勝は行く支度をし、自分の部屋を出た。
「いってらっしゃい。まあ、行かないことにするわ」
「来てほしくないんだけど。いってきます」
勝はいよいよ会場のホテルに着いた。
中に入ると、キラキラと輝くシャンデリア、赤いカーペット、白く美しい壁や置物など全てが輝いて見えた。ここは自分とは真逆の雰囲気だと勝は思った。
勝は受付に顔を出し、やはり仲良くもなれそうにない新入生を横目に、会場へと入っていった。
やがて式が始まり、校長の話だとか長いいろいろな人の話を聞きながら、勝は会場の隅へと目をやると、思わずぎょっとした。
『妖精さん』がいる。
なぜ?もしかしたら、部屋の鍵を勝手に開けて外に出たのか、それとも妖精だから魔法か超能力といった何かで無理やり出たのか、勝の考えは止まらなかった。
「ただいま」
式も終わり、勝が家に帰ると、『妖精さん』は部屋でゲームをしていた。
「…来たでしょ?」
勝は『妖精さん』に訊いた。
「うん。暇だから」
「来ちゃダメって言ったでしょ?」
「暇ですることがなかったの。仕方ないでしょ」
「じゃあ最初からそのゲームしとけばよかったじゃん」
「うるさい」
本当にだらしないし、言うことは聞かない。面倒くさいなぁと、勝は心の底からそう思った。
「てか本当に俺を幸せにする気あるの?」
「いらないなら出ていってもいいけど?でもそれじゃ困るでしょ」
「……」
図星だ。
確かに、この『妖精さん』は面倒くさい。でも、やはり『妖精さん』がいないと寂しい。この部屋からもし『妖精さん』が突然消えたら、勝は自分の心から何かが抜けて寂しくなってしまう。1年間過ごさせてもらう、という約束だが、1年がたったあとのことが不安で仕方ない。勝はこの『妖精さん』がいる生活に慣れてしまっている。
「…はい」
「敬語は使わないって約束でしょ」
「わかった」
「まあ、それなら私ももう少し居させてもらうから。よろしくね」
「うん」
やはり『妖精さん』がいると安心する。
しかし、この妖精さんはなぜ、どうやってここに来たのか。そもそも一体誰なのか、など様々な疑問が勝の頭の中を過る。しかし、今は妖精さんが居てくれるだけで嬉しいと、勝は思った。