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#4

お久しぶりです。浅野東西線です。

ここから本格的に話が展開してきます。

それではどうぞ。


あれからまた月日が経ち、勝は高校生になった。そして今は、専門学校の受験に合格し、あとは卒業するだけだった。

本当は大学に入りたかったが、第一志望も滑り止めも落ちてしまい、専門学校に入らざるを得なくなった。

それから卒業考査を受け、勝はなんとか合格し、あとは卒業式に参加するだけだった。

卒業式の前の日の午後、クラスではホームルームの前のざわざわとした空気が漂っていた。談笑する周りのクラスメイトたちの雰囲気が勝は好きではなかった。

ホームルームが終わり、生徒たちが帰っていく。また明日、とか、卒業するの寂しいね、とか言う生徒たちの会話を、勝は一切聞かないようにしながら、家に帰る途中、久しぶりにマナにラインを送った。

『俺、明日は卒業式なんだ』

そう送ると、いつもならすぐに既読がついて返信が返ってくるが、今日はなかなか来なかった。既読すらつかない。

少し不審に思った勝は、マナのいる病院へ向かった。窓口に行き、面会をしたいという旨を伝えると、窓口の人は少し黙ったあと、こう言った。

「残念ですが、大沢真奈さんはお亡くなりに……」

 信じられなかった。

窓口の人によると、勝と会っていないうちに病状が悪化して、つい先週、亡くなったのだという。

病院から帰る途中、勝はどうしようもない悲しみに駆られた。

嘘だ。

嘘だ嘘だ嘘だ。 

そんなの嘘に決まっている。

マナは確かに重い病気で、いつ治るかは言ってなかった。でも、死ぬなんてことは一言も言ってなかった。いつかまた会えると思っていた。

でも、もう会えない。

マナは、この世界からいなくなった。

いなくなった。

消えた。

でも、受け入れられない。

そんなの絶対に嘘に決まっている!

気がつけば勝は、道端の公園のベンチにうずくまり、大きな声とともに目から熱いものを溢れさせていた。 




数週間後、勝は一人暮らしを始めた。

合格した専門学校に通うために実家を離れ、東京にほど近い六畳ほどの狭いアパートに引っ越した。学費など必要なお金は勝の親が出すことになっている。

アパートの周りは住宅街で、窓を開けても隣の家の壁が見えるだけで、景色は見えない。陽当りは洗濯物を干すのには十分だが、やはり景色は悪く、心が晴れない。これでも車通りの多い道沿いや、繁華街に近いところよりはマシだと、勝は思った。

勝の気分は、新品のノートのようだった。

ボロボロの古いノートを捨てるようにかつて嫌だったことを忘れ、新しいまっさらなノートを開き、そこに何を書き込むか想像をふくらませるように、勝の心は入れ替わっていた。当然マナのことはもうほとんど頭に入っていない。昔の未練をダラダラと引きずるより、新しい記憶を築き上げたほうがいいに決まっている。勝の心情はまさに、心機一転という言葉が当てはまるほど、輝いていた。

そんな矢先のことだった。

玄関の方からチャイムが鳴り、勝はそこに向かう。父さんか母さんだろうと玄関を出てみると、そこには、見知らぬ女の子が立っていた。

その女の子は、どこの学校かわからないセーラー服を着ていて、見た目は十四歳ぐらいのように見える。顔は「妖精」と書かれた白いコピー用紙のようなものが前髪の部分に貼り付けられていて、見えない。勝は恐る恐るセーラー服の女の子に尋ねる。

「ど、どちら様…ですか?」

「わたしは妖精さん。あなたを幸せにするためにやってきました」

勝は勢いよく玄関のドアを閉めた。

確かに、ネットや人の噂では都会は怖いと聞いていた。しかしここまで恐ろしいものだとは思ってもいなかった。新生活初日にいきなり妖精を名乗り、しかも十四歳くらいの変な格好の女の子が自分の部屋に尋ねて来て、幸せにしに来たなどと言うなんて、あまりにも怖い。これはアレだ、宗教だ。新手の宗教だ。こんなあからさまな宗教が存在していたとは。勝は戦慄していた。

「ちょっと!なんで入れてくれないの!?」

女の子が強くノックしながらドア越しに大声で言う。

「宗教はお断りです」

「違うもん!宗教じゃないもん!」

「じゃあなんなんですか?」

「妖精さん!あなたを幸せにしに来たの!」

「宗教じゃないですか!」

「だから宗教じゃないってば!」

数分ほど言い合いが続いた。女の子が少し疲れた声で言う。

「お願いだから信じてよぉ……なんべん言ったら気が済むの?」

「普通信じませんよ、そんな事」

「はぁ…いいの?」

「何がですか」

「これじゃああなた、幸せにならないよ?ならなくていいの?」

「別に結構です」

今の勝は、その『妖精さん』を追い出すのに必死で、幸せなどどうでもいいと思っていた。

「ほんとに?」

「本当です」

「あっそ。いいんだ。こんなかわいい女の子と同居できるチャンスなのに」

同居するだなんて言ってなかっただろと、勝はその『妖精さん』に心の中でツッコミを入れた。

「いいならいいで結構です。あなたがわたしを部屋に入れるまでここにずっと居座るから」

「はいはいわかりました」

流石にそれは困る、と思い勝は玄関のドアを渋々と開け、『妖精さん』を部屋に入れた。

部屋に入るなり、『妖精さん』は部屋の中を歩き回った。

「なーんだ、すっからかんじゃん。少しは何かあると思ったのに」

「余計なお世話です」

「てか会ったときから思ったんだけど、その敬語やめてくれない?堅苦しいのは嫌なの」

「はいはい」

「敬語使わないでって言ったでしょ?あと、はいは一回」

面倒くさい女だ、と勝は思った。部屋に入れていきなりこの態度だ。図々しい。こんな奴早く追い出して、自由になりたい。勝の今の心情は、心機一転という言葉からかけ離れていた。

「俺を幸せにしに来たんじゃなかったの?」「

それはわかってる。だからここにしばらく居させて」

「どのくらい?」

「うーん、1年くらい?」

長い。そんなにいたら幸せになるどころか、頭が狂ってしまう。

「ま、ここに居なくてもいいけど、それだとあなたは幸せになれないよ」

やはり面倒くさい。でも、追い出したらもっと面倒くさくなりそうだ。勝はしばらく考えた結果、こう答えた。

「わかったよ。居させるよ。でも変なことはするなよ」

「それでよし」と、『妖精さん』は返した。

こうして、勝はこの得体の知れない『妖精さん』という少女との同居生活を始めた。


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