#2
どうも、浅野東西線です。
今回からヒロインが登場します。
まあ、あらすじで大体ネタバレしてますよね。すみません。
それでは、どうぞ。
朝になり、目覚まし時計の音で勝は起きた。
窓の外では小鳥がさえずっている。清々しい初夏の風が、窓から勝の部屋に入り込んでくる。眩しい朝日が、勝を照らす。
勝は、自分の部屋を出て、ダイニングの椅子に座る。両親はもっと朝早くに起きて、勝より早い時間に家を出る。
勝は戸棚から食パンを出し、それをトースターで焼いて、バターを塗って食べる。代わり映えのない朝食。これを食べても、元気が出る気がしないと、勝は思っている。
朝食を食べ終わり、歯を磨き、学校の準備をして、外に出る。勝と同じ小学校の生徒たちが、きゃっきゃと話し声をあげながら学校へ向かっていく。勝はいつも通り、スタスタと歩いて学校へ向かう。
勝にとって通学路は、見飽きたもののオンパレードのようだった。質屋の広告が貼られた電柱、通学路を示す標識、ブロック塀の上をノシノシと歩く野良猫、そして同じ方向へ向かう楽しそうな周りの声。勝は行きも帰りもこの道を歩くのが憂鬱で仕方なかった。
勝の通う小学校は比較的車の多い道沿いにあり、学校の近くに歩道橋が整備されている。そこに近づくと生徒がどっと集まってくる。「おはよう」と声を掛け合いながら、みんなで校門をめざす。勝は相変わらずスタスタと歩く。その時だった。
「おはよう」
一瞬、自分ではなく周りの誰かに声をかけたのかと勝は思った。でもそれは、勝自身に向けられた挨拶だった。
勝が振り返ると、そこには女の子が立っていた。あまりかわいいとも不細工とも言い難い、普通の顔をした女の子。名札には『おおさわ まな』と書かれていた。
「…おはよう」
勝は静かな声で返した。
「君、なんて名前?」
名札に書いてあるのになんで聞くんだろうと思いながら、勝は答えた。
「…勝」
「そっか、いい名前だね」
初めて自分の名前を褒められて、勝は少し嬉しかった。
「わたしはマナ。よろしくね」「…よろしく」
グラウンドを歩いて、昇降口をめざす。
勝が言う。
「…ねえ」
「なあに?」
「なんでついてくるの?」
「お友達になりたいから」
「…」
正直、勝は嬉しかった。
自分のことを褒めてくれて、友達になってほしいなんて言われたのは勝にとって初めてで、できることなら飛び上がりたいほどだった。でも、恥ずかしくてできなかった。第一、誰かに見られていたらどうしよう。
「嫌?」
「…ううん」
「そっか」
そんな会話をしていたら、昇降口の下駄箱に着いた。靴を履き替え、次は教室をめざす。
マナが言った。
「またね」
マナはどうやら勝とは別のクラスらしい。
「あ、うん」
勝はそう返して、自分の教室に入った。
昼休みになり、勝はまた外を眺め、ぼんやりとしていた。昼休みは退屈だ。周りの奴らは楽しそうだけど、ぼくは全然楽しくない。むしろ不愉快だ。そう思いながら窓の外を見ていたときだった。「マサくん」「え…」
教室の入口に、マナが立っていた。しかも勝のことを『マサくん』呼ばわりしている。
「こっち来て」
マナに呼ばれ、勝は席を離れ、教室を出た。
「ついてきて」
マナに案内され、着いたのはグラウンドの隅っこのあまり人目につかないところだった。
「ここでお話しよ」
マナが木でできた椅子のようなものに腰を据える。続けて、勝がその隣の椅子のようなものに座る。
わけが分からなかった。話がしたいなら普通に教室に入ってきて普通に話をすればいいのに。
勝がそう思っている間に、マナは続けた。
「マサくんは好きなものある?」
「え?」
「マサくんの好きなもの。なんでもいいよ」
「…ゲーム」
「へぇ~!ゲーム好きなんだ!わたしも好きだよ」
「…そうなんだ」
「どんなのやるの?」
「…ドラゴンディフェンダー」
それは勝が初めてやったゲームだった。
とても人気のRPGで、勝が小学校に上がったころ、親にゲーム機を買ってもらったときに一緒に買ってもらったゲームだ。だが、今はクリアしてほとんど遊んでいない。「へぇ~!いいね!」
自分の趣味を肯定されるのも、初めてだった。
「…マナは何かやるの?」
「う~ん、ハッピーフェアリアかな」
それは勝も知っている女児向けのゲームで、それなりに人気のゲームだった。ある日、主人公の前に妖精が現れ、不幸になった世界に幸せを届けるという、ちょっとRPGみたいなシミュレーションゲームだ。
「そっか」
「うん!出てくる妖精さんがね、とってもかわいいの!」
マナはしばらくハッピーフェアリアについて語った。勝は聞いててちょっとしんどかった。
「ふう、話してたらちょっと疲れちゃった」
勝はマナの顔色が少し悪いことに気づき、声をかけた。
「大丈夫?」
「うん…ちょっとしんどいけど、大丈夫」
どう見ても大丈夫じゃなかった。昼休みが終わる五分前のチャイムが鳴った。
「あ、そろそろ昼休み終わるね」
「…教室行けるの?」
「大丈夫、大丈夫、これくらい…」
マナは立ち上がり、ヨロヨロと自分の教室へ歩いていった。次の瞬間、グラウンドの途中で倒れた。
「マナ!?」
勝は思わず声をあげた。
「マナ!?大丈夫!?」
しかしマナは返事をしない。おそらく、できないほど苦しいのだろう。
しばらくして、マナのクラスの担任の先生が来て、マナを保健室までおんぶして運んでいった。
その後、勝は走って教室に戻り、午後の授業を受けた。
帰り際、勝はマナのことが心配になって、普段は行かない保健室へ行った。保健室に入ると養護教諭の先生が声をかけた。
「あら?高橋くん、どうしたの?」
不思議そうな顔をした養護教諭の先生に、勝は言う。
「オオサワマナさんはいますか?」
「ああ、大沢さんね。五時間目の途中でお母さんに迎えに来てもらって、帰っていったわ。あの子、昔から体が弱くてすぐ倒れちゃうみたいなの」
勝はマナが倒れた理由が、すぐにわかった。また、あまり目立たないところにぼくを連れて行ったのも、マナは人の多いところにいると、疲れるのかもしれないからだと思った。
「大沢さんがどうしたの?」
「今朝、オオサワさんに友達になろう、って声をかけられて、それから昼休みに一緒にグラウンドの隅っこで話をしたんです」
「まあ、それはいいことね。あの子はお父さんの都合でこの学校に転校してきたんだけど、なかなか友達ができなかったみたいだから」
マナも学校で一人だったのか、勝はそう思った。
「あの子もずっと友達が欲しかったのかしらね。だとしたらすごくいいことよね。高橋くんも大沢さんにとって一緒にいられて嬉しいと思える友達になってほしいわ」
その後、勝は「失礼しました」と養護教諭の先生に挨拶し、保健室の外に出た。
帰り道、勝はぼんやりと考えた。もしかしたら、マナがぼくの前に現れて、友達になって、って言ったのは、ぼくが昨日ベッドの中で『友達をください』ってお願いしたからかもしれない。確かにそれは嬉しいけど、マナは体が弱く、すぐに倒れてしまう。それは果たして友達と言えるのか。あれこれ考えていたら、勝は自分の家の前に着いた。
(まあ、いいか)
そう考えて、勝は家に入った。