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VSスライム(1)

 風の音がする。

 澄み切った風の音。電車の音とか、隣の部屋のいびきとか、そういったノイズは何も聞こえない。

 ただ、風の音だけがするのだ。


 何もかも澄み切った感覚がある。体中の力が抜けている。


 痛みも、苦しみも、何もかもがどこかに消え去ったようだ。



 ────。



 水滴が地面に落ちる音がした。その音がいくらかエコーを含んでいることから、なんとなく、ここがどこかの閉じた空間であるとわかった。しかしそれ以上はわからない。目を開かないとわからない。


 自分は一体誰なんだっけ──最後の記憶は──。確か、アキと出会って、風呂に入って。それでどうしたんだっけな。


「──トラックっっ!」


 激痛の記憶とともに、そのまま俺は飛び起きた。

 そうだ、あのとき俺はトラックに轢かれた。そして飛ばされて、多分死んだ、はずだ。


「けど、特に痛いところはないな」


 体は正常だ。肩を回しても関節を曲げても大丈夫。人生の中でもベストコンディションだ、といえるくらい万全の状態である。

 頭はすっきりして、いろいろな物事を考えられる。今ここはどこだ? 今は何時? あれからどのくらい時間がたった? ……しかしそれらの問いにはすぐに答えられなかった。


 とりあえず順番に解決していこう。まず周囲を見渡してみる。

 俺は石畳の部屋にいる。四方の壁のうち一つは、高い場所に窓があり、そこから風がふいてきている。底と反対側には木製の扉が一枚。他には何もない。もちろん、アキもどこにもいない。

 次は時間だ。ちらりと左腕を確認したが、時計がない。どこかに落としたか? わからない。トラックとあんな強い衝撃でぶつかったんだ。ベルトごと壊れてどこかに飛んで行ってもおかしくない。


「結局、なにもわからないな」


 俺はゆっくり立ち上がった。窓は俺の身長より高い場所にあり、外の様子を見ることはできない。


「じゃあ、あとはあの扉か」


 恐る恐る扉を開く。

 扉の先は、階段が上へと続いていた。石造りの階段を松明が明るく照らす。


「なんなんだここは……」



 まったく覚えのない光景だ。病室というわけでもない。本当に、一体ここはどこなんだ?

 疑問が尽きないが、考えていても仕方がないので俺は階段を登りだした。


 十数段登ると階段は終わり、再び扉が現れた。今度は金属製の扉だ。



「鍵は……かかってないな」



 ゆっくり音を立てながら扉を開ける。扉の向こうから光が漏れてくる。



「これは……家か?」



 どうやらここは民家らしい。食器棚に四人掛けテーブル、藁布団が見える。暖炉には明かりがともっていないが、窓から外の光が漏れており部屋中を明るくしている。



「とりあえず外に出よう」



 扉をいくつか開けていくが、なかなか外には出られない。納戸やトイレがいくつもあり、一体誰が住んでいるんだろう? と不思議になる。

 松明が家中に灯っているから、誰かが使っているのは確かだろう。しかし、どの部屋も蜘蛛の巣が張っていたり散らかり放題で埃が積もっていて、人が住んでいるようには思えない。



「へくしっ」



 埃っぽくてむずむずする。

 窓から外に出ればいいのかもしれないが、窓は俺の身長よりはるかに高いところにあり外をうかがうことはできない。

 


「ん?」



 何かに気付いて俺は立ち止まった。

 俺のいる少し手前の床が、湿っている。松明の反射具合から見るに、まだずいぶん新しい。モップか何かで拭いた後だろうか。いや、それにしては拭きが甘すぎる。自分の歩いた道だけ拭いた、そんな印象をうける。

 けどこれは誰かが通った証拠だ。この跡を辿っていけばうまく出られるかもしれない。


 これを辿っていけばなんとかなりそうだ。


***


「……あれはなんだ?」



 跡をたどって少しすると、道の真ん中を何かがふさいでいるのが見えた。それは俺が辿っていた拭き跡と幅が一致しており、おそらくあれが通路を掃除していたということなんだろう。



「新種の掃除ロボットか? それにしては大きい気がするけど」


 まあひとまず助かった。

 ここまで一人で心細かったから、別の動くものを見るだけでも安心しする。あれが出口まで行く保障はないが、しばらくはついて行っていいだろう。

 しかし、何か違和感がある。その掃除ロボットらしきものは、俺の身長よりもちょっと大きいくらいのサイズだ。形は普通イメージするロボットとは違って、なめらかで、形が一定を保っていない。移動にともなって体全体が縮小と膨張を小さく繰り返しており、まるで生きているみたいである。色は緑と紫が混ざったような色で、なんとも毒々しい。外見はドロドロしているが、なぜか形は保たれている。



「まるでスライムの化け物だな」



 スライムの化け物。なんとなくそう呟いた。俺がそういうのと同じくらい、その変な物体は移動するのをやめた。俺もとりあえず立ち止まり、相手の出方を見る。なんでこいつは急に止まったんだ。

俺のこれに反応したのか? まさかこいつ、本当に……。


 ぎょろり。

 俺が困惑しているとき、突然、何か殺気のようなものを感じた。体中に寒気が立つ。これは一体どこからだ。周囲を見回すと、目が合った。俺の目の前にある変な物体。そこから一つ、大きな目玉がこちらを見ていた。



「ば、ばけもの!」



 俺はとっさに逃げ出した。

 俺の靴音と、ブチブチ粘着が取れる音が通路に反響する。おそらく俺の動きに反応して追いかけてきたんだろう。そいつは吸盤のように床や壁に張り付き、キャタピラのごとく移動しているのだろう。



「はあ、はあ……俺は体育2の男だぞ……運動は、だめだ」



 突然走り出したので、ものの数十メートル走っただけで息が切れだした。しかしスピードを落とすと視界の横に例の化け物の粘着部分が見えたりするので、緩めることができない。



「あ、あれは、曲がり角だ──」



 前方少し先に曲がり角が見えた。今はかなり速いスピードだ。通路を突然曲がれば後ろのあいつは避けきれず壁にぶつかるかも。



「いっけぇぇ!」



 ぎりぎりまで壁に引き付けてからほぼ直角に曲がった。背後からねちょっという音が聞こえる。そこから数歩走ってから後ろを振り返ると、そのスライム野郎は壁に完全に張り付いて動かなくなっていた。



「やったか……?」

 


 しかしそれも希望的観測だった。

 ぷち、ぷち、と壁から接着がはがれる音が聞こえた。目はまだしっかりとこちらを見ている。



「これじゃあだめか……」



 どうすればいいんだ。スライム、スライム……。某国民的RPGに出てくるようなかわいらしいスライムなんかじゃない。これはファンタジーの本家本元に出てくるような、危険なスライムに酷似している。アメーバのような不定形の形をしており、粘性の皮膚で獲物を捕らえ、そのまま内部に引きずり込んで消化する。そんな化け物だろう。


 スライムに「疲れる」なんて概念があるのか? 俺の体力はそう長くはもたない。逃げる選択肢はやめた方がいいのかもしれない。では、それ以外の選択肢があるのか? いや、あるにはある。しかしそれは逃げるよりも馬鹿げた選択だ。こんな、スポーツ経験もなく、学校では喧嘩という名の一方的な暴力を振るわれるだけだった俺に、そんな選択なんて──。



「──戦うしか、ないのか?」

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