カザハン王国
シャルロッテ王女の居城に滞在して数日。
カザハン王国の国王から国内の魔物討伐を要請する親書が届いたので、私たちはさっそく出発することになった。
「じゃあ姉上、難民の受け入れは頼んだぜ」
「ええ。ジルちゃんも気をつけてね」
シャルロッテ王女には、私たちが魔物を倒してカザハンの国内が安定するまでの間、行き場のない遊牧の民の受け入れをお願いしてある。
竜人族の土地に流れ込んだダラスの仲間たちも、ドランやフロベール子爵が見つけて、近いうちに連れてきてくれるだろう。
ん?
シャルロッテ王女がジルの次に私のところに駆け寄ってきた。
どうしたんだろうと思ったら小声で囁いてくる。
「アリシアちゃんも頑張ってね」
「は、はい。なるべく急いで魔物を全滅させますのでっ!」
「ふふっ、そうじゃなくて。ジルちゃんとのこと、頑張って」
「っ!?」
私がなにも言葉を返せずに口をぱくぱくさせている間にシャルロッテ様はさっさと離れていってしまった。
うわー。
完全に誤解されてるなー。
ジルとそういう関係になるつもりは全然ないんですけど……。
馬車に乗り込む。
いつもどおり、ジルと向かい合わせで二人きり。
二人きり……。
「どうしたアリシア? 顔が赤いけど……姉上になにか変なこと言われたのか?」
「いいい、いや、なんでもない!」
私は慌てて顔をそらす。
なにこれ。
どうしよう。
ジルの顔をまともに見られない……。
馬車に揺られて数時間ほどでカザハン王国との国境にたどり着いた。
国王からの親書があるので関所は問題なく通り過ぎ、国内に入る。
ジルがカザハン王国の地図を広げながら言う。
「魔物が異常発生しているのは、王国西部の山地から草原にかけてらしい。俺たちはまずはこの街を目指そう」
とジルは、山地の入り口にある街を指し示す。
「ここはカザハン王国の兵士たちが駐屯して魔物の侵攻を阻んでいるそうだ。ここを最初の拠点にして、南下しつつ魔物を討伐していく」
ジルがいろいろ語るけど、なかなか頭に入ってこない。
ダメだ。
やっぱり顔をまともに見られない。
ジルは前と変わらないのに、目を向けようとするとシャルロッテ王女の言葉がよみがえってきて、顔を背けてしまう。
あーもう、なんなのこれ!
「……って感じだけど、いいかアリシア――アリシア?」
「う、うん!? えっと……ごめん、なんだっけ」
ジルは大きなため息をつく。
「大丈夫かアリシア? お前、シャルロッテ姉上の城を出てからずっと変だけど、どこか調子悪いんじゃないのか?」
「そんなことないよ! 気のせい気のせい! 任せといて! 魔物なんか私がバッタバッタとなぎ倒しちゃうからね!」
「…………」
あははははは! と笑ってみせる私をジルはどこか不審そうな顔で見てくるのだった。
「ルー、お願い!」
『オッケー。いくよアリシア』
私の呼びかけにルーが応じて、私の魔力を周囲に放出する。
聖の精霊である彼の力によって清浄の効果を得た魔力は、まばゆい光となって広がっていった。
「グオオオオ!」
「ギャアアア!」
私の周囲に群がっていた魔物たちはその光に触れると、黒いチリと化して一瞬にして消えていった。
「すごい……あんなに大量の魔物を一瞬で……」
「さすが聖女様だ……」
カザハン王国の兵士の皆さんが感嘆の声をあげる。
私はもうだいぶ慣れてきたので驚きはない。
「次に向かいましょう。案内してください」
「は、はいっ」
兵士の皆さんに先導されて私は山道を歩く。
――カザハン王国の魔物討伐を初めて二ヶ月くらい経った。
うまくいくだろうかと心配していた魔物を倒す魔法はあっけないくらい簡単に使うことができた。
使うと極端に疲労するなんてこともなくて、すでにほとんどの土地で魔物を排除することに成功していた。
作戦は順調だ。
問題があるとすれば……。
「アリシア、大丈夫か?」
「っ!」
部下の騎兵の皆さんと一緒に周囲を見回っていたジルが戻ってきた。
私は彼の問いにぎこちなく答える。
「だ、大丈夫。全部倒したよ。ジルはどうだった? 魔物はまだいそう?」
「いや、この辺りにはもういないみたいだな。次の拠点に向かって良さそうだ」
「そ、それはよかった」
「…………」
ジルが不満そうな表情で私を見てくる。
それも仕方ない。
なにしろ私はずっとこの調子で、ずっとぎこちない態度をとってしまっている。
ジルからすれば避けているように感じられるかもしれない。
幸いなのは作戦の間私とジルが基本的に別行動なことだ。
ジルは近くに魔物がいるかどうか探る魔法を使える。
そのためいつも私たちより少し先行して、あたりの様子を探りにいっているのだ。
「……なあ」
「な、なに!?」
ジルがジト目で私を睨んでくる。
「お前、本当に大丈夫か? なんか困ってることとか不満があったらちゃんと言ってくれよ」
「……っ」
……私はなにをやってるんだろう。
ジルは失礼な態度の私を責めることもなく心配してくれてるのに、それにずっと甘えたままで。
でも正直に言うわけにはいかないじゃない。
だってそれはつまり、私がジルのことをどう思っているかってことを――。
「殿下っ! アリシア様!」
鋭い声で我に返る。
見れば目の前に黒い巨大な影が迫っていた。
魔物!?
まだ残っていたの?
そんな気配どこにもなかったのに。
「アリシア!」
ジルが私を抱きしめるようにかばう。
しかし巨大な魔物は構わず突っ込んできて私たちを突き飛ばす。
私たちはそのまま――崖下へと転落していった。




