聖女の夢
連載始めました。
お楽しみいただけたら幸いです!
「すごくお似合いですよ、聖女様」
卒業式の翌日。
私はドレスの試着をしに仕立て屋さんを訪れていた。
聖女の即位式で着るドレスだ。
店員さんが鏡を見せてくれる。
そこに映った、純白のドレスを身につけた私はまるで別人みたいだった。
ごくごく平凡な庶民の私のような人間でも、着飾ればそれなりに見えるものだと驚く。
「綺麗だよ、アリシア」
「セウェルス殿下……ありがとうございます」
聞こえた声に私は振り返る。
そこにはこの国の第一王子、セウェルス・エルテシアが立っていた。
眉目秀麗、とはこういう人のことを言うのだろう。
『素敵な王子様』を絵に描いたような完璧な人。
そして……。
「いずれ結婚する相手の晴れ舞台の衣装を見にくるのは当然だろう?」
そう、信じられないことに、彼は私の婚約者なのだ。
まだ正式な発表はされていない。
しかし、この国では王位を継ぐ第一王子と聖女が結婚することは伝統とされている。
だから周りの誰もが、私たちがいずれ結婚するものと思っている。
そして私たち自身も……。
「もっと近くで見せてくれ」
「あ……」
セウェルスの整いすぎた顔が近づき、インディゴライトのような青色の瞳が間近に迫る。
私の心臓はどきんと跳ねる。
セウェルスとは王立魔法学園の高等部での三年間、同じクラスで過ごしたというのに、いまだに緊張してしまう。
「少し地味すぎるんじゃないか? 髪飾りはどうなっている?」
「はっ、殿下! こちらに……」
幸いセウェルスはすぐに私から距離を置いて、店員さんと会話を始めた。
ああ、助かった……。
私はべつの店員さんに手伝ってもらって、元の制服姿に戻る。
卒業したのでもう制服を着る理由はないのだけど、ほかに外出用の服を持っていないのだ。
孤児だった私は、学園に通うほかの生徒と違ってお金がなかった。
学業の合間にあちこちで働いて貯めたお金は、全部このドレス代に使った。
もちろん、そのつもりで貯めていたのだ。
幼いころ絵本で読んだ憧れの聖女様。
精霊の魔法でみんなを幸せにする聖女様は、真っ白なドレスを着ていた。
私もあんな聖女様になりたい。
そしてみんなを幸せにしたい。
それが私の夢。
だからその第一歩の即位式は、憧れのあのドレスを着たかった。
聖女に選ばれるのは大変だった。
エルテシア王国では十年に一度聖女を選出する。
その方法は、王立魔法学園の生徒の中でもっとも優秀だった者を選ぶ、という形だ。
ただ、これはほとんど名目上のもので、実際には、そのときの貴族同士の力関係や王宮の派閥なんかが絡み合って、どこかの良家の令嬢が選ばれるというのが実態。
成績は学園側でどうとでも調整できるというわけだ。
そんな状況で、庶民の私が聖女になる方法はただ一つ。
ちょっとした調整ではどうにもならないくらい、圧倒的な優秀さを見せつけ、トップに立つことだった。
幸い、孤児院にいた、私より少し歳上の子が教えてくれた。
国立図書館に行けば市民でも魔法の研究書や、さまざまな本を読むことができる。
魔法学園で習うレベルの魔法なら、それでトップに立つことが可能だ、と。
その子は本当に魔法の才能が高かったみたいで、すぐに宮廷魔導師団にスカウトされて孤児院からはいなくなってしまったけど。
私はその子の言葉を信じて、勉強した。
そもそも難しい言葉がほとんどわからないので、まずは語学からだった。
そのほかにも、貴族の子女なら当たり前に知っているようなことも、1から学ばなければならなかった。
国の奨学金制度でなんとか魔法学園に入学できた後も、ひたすら勉強を続けた。
ほかの生徒みたいに、午後のお茶会に参加したりとか、街にお出かけしたりとか、そんな楽しみなんてなにもなくて。
……まあ、それはお金がなかったからでもあるんだけど。
そして私は最優秀生徒に選ばれた。
それも、二位と圧倒的に差をつけて。
学園と宮廷と教会の重役からなる聖女庁は、私を次期聖女として認定した。
「アリシア、すまない。私は宮廷に戻らなければいけないんだ。送ってあげたいのだけど……」
着替えを終えた私に、セウェルスが言ってくる。
私は慌てて首を横に振った。
「だ、大丈夫です! 一人で戻れますからっ」
忙しい王子殿下にわざわざ送ってもらうだなんて申し訳なさすぎる。
「本当にすまない。即位式を楽しみにしているよ」
セウェルスはこっちが蕩けてしまいそうな笑みを浮かべると、店を出ていった。
外に停まっていた馬車が彼を乗せて走り去っていくのを私は見送る。
あっという間に一週間が経って、即位式の日がやってきた。
私は教会の控室で、白いドレスを着てセウェルスを待っていた。
ここから私は彼に付き添われて聖堂へ行き、即位式を行う。
即位式は精霊召喚の儀式も兼ねており、代々聖女に宿ってきた精霊たちが私に宿ることで、私は正式に聖女となる。
聖なる精霊が宿ることで、聖女は人々を癒やす聖魔法を使えるようになるのだ。
……やっと、幼いころからの夢が叶う。
「失礼するよ」
「学園長?」
私がこれまでの道のりを思い返していると、控室に王立魔法学園の学園長が入ってきた。
お祝いに来てくれた……のかと思ったが、学園長はなぜか険しい表情をしていた。
これから即位式という、晴れやかな日にはずいぶんと不釣り合いだ。
どことなく不穏なものを感じた私に、学園長は思いも寄らない一言を告げた。
「アリシア、君の聖女認定が取り消された」
「…………え?」
次は今日の午前中に更新予定です。
返信でうっかりネタバレをしてしまうことがあるので、
感想欄はエピソード完結後に公開予定です。
ご了承くださいm(_ _)m
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