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箱入り息子はサイコパス  作者: 広川ナオ
第1章 箱入り息子とFラン女子高生
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03 自爆少女

 あなたの正体とは何のことですか——


 突如として僕の家まで押しかけ、訳の分からない難癖(なんくせ)をつけてきた見ず知らずの女性に、僕は今更なことを問いかけた。

 すると彼女はしばらくその場に立ち尽くしてから、おもむろに素っ頓狂な声を出した。 


「え……ちょっと待って。あんた、まさかあたしのこと知らないの?」

「あなたの言葉を借りれば、ちゃんと知っていますよ。

 顔と……あとは自宅でコスプレする趣味があるということも」


 ついでに言うなら、感情的で短絡的な性格であることも今しがた知った。


 しかし、それが何か彼女の〝正体〟と関係があるのだろうか。単にコスプレ趣味がバレて恥ずかしかったとか、そういう話でもなさそうだ。

 

 あの奇妙な猫耳マスクが一体この女性の何を表しているのか、僕には皆目検討がつかなかった。


 もっとも、その答えはこの後すぐに彼女の口から余すことなく語られるのだが。


「ええっ、ウソでしょ!? あんた【リカリカ】知らないの!? チャンネル登録者数もうすぐ1万人、いま話題沸騰中の大人気女子高生アイドルウィーチューバーだよ!?」


 彼女は身をずいと乗り出しながら、この僕でもあわや理解が追いつかなくなるほどの凄まじい勢いで(まく)し立ててきた。


 というより、それは実際に僕の知らない言葉だらけだった。


 唯一ピンときたのが『ウィーチューバー』という単語だ。その言葉自体は初耳だったが、『ウィーチューブ』という世界規模の動画共有サービスが存在することは知っている。であれば『ウィーチューバー』とはそこで動画を配信している者を示す造語であることは容易に推測できる。


 とはいえ僕はウィーチューブなるサービスを利用した経験が一度もないので、チャンネル登録者数()()()()()()()という数字が凄いのか凄くないのかよく分からない。彼女の口振りだとまるで知らないほうがどうかしていると言わんばかりだが、実際に1万人といえば全人口の0・01%以下でしかないのだから、それだけ考えると大して知名度は高くないように思える。もっとも仮に人類の99%が彼女のことを認知にしていたとしても、僕は残りの1%に属する自信があるが。


 彼女の必死の言葉に、僕は堂々と正直に「知りませんでした」と答えた。


「がーん……あたしのこと知らないなんて……」


 彼女は信じられないという顔をしながら両手両膝を床についた。自分のことが知られてないくらいでそれほどショックを受けるとは、一体自分をどれほどの大人物だと思っているのか。


「傷心のところ悪いですけど、先ほど自ら正体を晒してしまった失態についてはいかがお考えですか?」

「えっ……あっ……」


 どうやら今さら己の自爆行為に気付いたらしい。


「そうじゃん! なんで言っちゃったんだろ! あたしのバカバカバカバカ!」


 彼女はその場で自分の頭をポカポカと拳で叩き始めた。そうやって物理的に神経細胞に刺激を与えれば賢くなるとでも思っているのだろうか。


 まあこれで話の大筋は理解できたし、彼女に長居されるのも困るので、迅速にこちらから話をまとめてやることにする。


「つまりあなたはウィーチューバーとして活動していて、配信の時は素顔を隠すために先ほどの変装グッズを着けていたと」

「変装グッズとか言うな」

「しかしその変……メイク姿を僕に見られてしまい、正体がバレたと思った。それで秘密を守らせるために、あなたも僕の弱みを握ろうとしたわけですね」

「そうよ! なんか文句ある!?」


 先ほどまで落ち込んでいたはずの彼女が、今度は怒り出した。人間は自分の思いどおりにいかない状況に直面した時、不快感を表す。まったく分かりやすいな、この人は。


「そういうことでしたらご心配には及びません。僕は誰にも喋ったりしませんから」

「えっ、本当に!?」


 追い込まれていた表情が一転、期待に満ちたものに変わる。


「ええ、周囲でウィーチューバーについて語れる友人もいないですし、そもそも僕自身、あなたには毛ほどの興味も抱いてないので」

「おい、そこは言わなくいいやつな」

「まあ、そういうわけですから、どうぞご安心ください」


 誓約書も何もないただの口約束なのに、直後、彼女は「そっかー、よかったあ!」と心の底から安心しきったような声を出した。こんな口約束をここまで本気で信頼するとは、いくら何でもちょろ過ぎるのではないだろうか。もちろん僕はつまらない嘘などつかないが、そのうち世間の悪い大人に騙されて痛い目を見ることになりそうだ。


 ともあれ、これでようやく彼女の僕への要求は満たされたようだ。


「用向きが済んだのであれば、どうぞお引き取りを」


 先に寝室を出ようとする僕を、彼女が今度は部屋着の裾を引っ張るという形で止めてきた。


「ねえ、最後に君の名前だけ教えてよ」

「名前、ですか?」

「そうよ、ご近所さんなんだから、名前くらい知っておいたほうがいいでしょ?」


 ……やはり名乗らなければいけないのか。できれば名乗りたくないし、もっと言うなら二度と関わりたくない。


 しかし彼女の言うとおり、近隣に住んでいるのであれば今後とも嫌でも顔を合わせる機会があるのだろう。ならば名前くらいは互いに認知しておかなければ不都合というものか。まったく近所付き合いというのは面倒なものだ。付き合う相手を選べないのだから。


  僕は「ちょっと待ってください」と言って向かいの書斎から財布を持ってきて、中に入っていた名刺を一枚彼女に差し出した。


「僕はこういうものです」

「名刺!? 本格的だなあ……」


 彼女は不慣れな手つきで名刺を受け取り、ふむふむと声を出しながら紙面に目を凝らした。近眼なのだろうか。


「えーっと……ナニコレ? 天王(てんおう)皇帝(こうてい)って書いてあるんだけど。君、どこかの国の皇帝さま?」

「違います、それが僕の名前です。天王と書いて〝あもう〟、皇帝と書いて〝こうだい〟と読みます」

「へー、変わった読み方……っていうか上から下まで偉そうな名前だな!」

「別に僕が名付けたわけではないですからね」

「わかってるわよ、それくらい」


 唇を尖らせながら名刺をジャージのポケットに入れる彼女に、今度は僕が尋ねる。


「そういうあなたのお名前は?」


 別に彼女の名前には消し屑ほどの興味もなかったが、こちらだけ一方的に名乗るのは理不尽なので一応尋ねておいた。


「えっ、ああ、そうね。あたしは緑川(みどりかわ)エリカっていうの。よろしくね」


 みど()()わえ()()——なるほど、それで『リカリカ』か。


 互いの自己紹介が済んだところで、ようやく彼女——緑川さんは階段を降りて玄関へと移動してくれた。


「あたしの秘密、ゼッタイ誰にも言わないでよ?」

「分かってますよ」


 これにて心配事がすっかりなくなった彼女は「よし!」と快活な声を出して玄関の扉を開けた。


「それじゃあまたね、コーダイ」


 初対面の僕を馴れ馴れしく下の名前で呼びながら手を振る緑川さんを、僕は無言の会釈で見送った。またの機会はぜひ訪れないでほしいものだ。


 彼女が小走りで出て行った後に扉が閉まると、まるで嵐がさった後のような静けさが空間を満たす。心なしか家の中が広くなったように感じる。


 ふと廊下に掛けられた時計に目をやると、時刻はいま15時半を回ったところ。緑川さんが我が家に上がり込んでからはすでに30分近くも経過していた。なんたることだ、彼女に割く時間は5分だけと決めていたはずなのに。僕としたことが不覚をとった。


 まあ最終的には厄介事もうまく片付いてくれたようなので、今日はそれでよしということにするか。


 そのように自分を納得させ、それから僕はこの世で気が安らぐ空間、自分の書斎へと引き篭もった。


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