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箱入り息子はサイコパス  作者: 広川ナオ
第1章 箱入り息子とFラン女子高生
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02 エロ本とヌード

 軒先では山姥(やまんば)のような形相を見せていた女性(外見からしておそらく高校生)だったが、ひとたび我が家の玄関に足を踏み入れると、


「うわあ、ひろーい! 外から見てもでっかいなーって思ってたけど、中は本当にお屋敷みたい!」


 まるで別人格が現れたかのように、家中を見渡しながらキャッキャと声を弾ませた。


 彼女が驚くのも無理はない。居住者である僕自身も、この家のスケールには舌を巻いている。なんたって巨大企業グループの総帥を務める父の知り合いの建築家が手掛けたデザイナーズハウスで、杉並に戸建ての8LDK+別棟という豪邸ぶりだ。本来ならば高校生が一人暮らしをするような住居ではない。

 もっとも、僕が以前暮らしていた家——というより施設は、これよりもっと大きかったが。


 遊園地を訪れた子どもみたいにはしゃぐ彼女に来客用のスリッパを渡し、自室のある2階へと案内する。


「はあー……アンタの家、どんだけ金持ちなのよ……」


 螺旋状の階段を上っていた時に後ろから聞こえてきた感嘆を無視し、2階に上がったところで彼女に告げた。


「ここから先が僕の自室になります」

「はあ? ここから先って……アンタの部屋、いくつあるのよ! 」

「3つです。寝室と書斎、それとフリールームがあります」

「そんなに!? マジヤバすぎたげんぱく!」

「……で、どちらから回りましょうか?」

「笑ってよ! もう、それなら……まずは寝室ね!」


 彼女の希望どおり、まずは廊下の奥側にある寝室の扉を開けてみせた。六畳間の中にあるのはベッドと衣服を収納したクローゼットだけだ。


「よーし、じゃあさっそく——」


 そう言って彼女はベッドの手前で身を屈めた。なにやらスマホの灯りを頼りに、ベッドの下の細い隙間を探っているらしい。


「あっれー? 無いなあ」


 無いなあって……何を不思議がっているのか知らないが、そんな収納スペースでもない隙間に何があるというのやら。


「おかしい……絶対にあると思ったのに……」


 彼女は釈然としない様子でベッドから離れ、反対側の壁にあるクローゼットを開く。しかしこちらは僕の色映えのない衣服が並んでいるのを一瞬確認しただけですぐに引き戸を閉じた。


 次に彼女が所望したのは書斎だった。

 書斎とは言ったが、僕はまだ学生の身分なので主に勉強部屋として扱っている。部屋の奥に大きめのサイズの勉強机があり、両脇の壁には書店で見かけるような書物のぎっしり詰まった棚が並んでいる。学生が学ぶべき科目の教本はもちろん、大学レベルの経済、法律、心理などの専門書から実践的なビジネス書まで幅広く取り揃えてある。僕は一日2冊から、多い日では5冊以上の本を読んでいるので、気がついたらこのような小さな図書館のような空間が完成していたのだ。


 最初彼女はまるで金塊でも見つけたみたいに甚だしく面食らっていたが、5分という制限時間を思い出したのか、すぐに棚の下のほうにまとめて収納してあった辞書のカバーをひとつひとつ取り出し、背表紙を確認し出した。


「そんな! ここにも無いの!?」


 彼女の口振りから察するに、どうも彼女は先ほどから何か特定のものを探し出そうとしているみたいだ。一体それが何なのか知らないが、なぜベッドの下や辞書のカバーのような偏屈な場所を執拗に探ろうとしているのか。人に見られたくないようなものなら、普通はもっとセキュリティの硬いところに隠すだろう。金庫とか、隠し戸とか。


「残り30秒です」


 催促してやると、彼女は書斎を諦め、最後のフリールームに望みを託した。


 しかし廊下の一番手前側の扉を開けた彼女は、フリールームという名の空箱を見てがっくりと肩を落とした。

 この部屋にあるのは隅っこの壁に寄せられたデスクとチェア、そしてその上に据え置かれたデスクトップ型のPCだけ。その他家具やインテリアの類は一切ない。


 彼女は一縷の望みに賭けるようにパスコンのマウスをクリックしてスリープ状態を解除するが、モニターには真っ黒なロック画面だけが表示され、そこでタイムオーバーとなった。


「なによあんたの部屋! なーんにも無さすぎでしょ! エロ本どころかゲームもマンガも見当たらないってどうなの!?」

「そんなことないでしょう。書斎にはたくさん本がありますし、パソコンだって使えます。有意義な時間を過ごすのに必要なものは概ね揃っていると思いますよ」


 僕はもっともなことを言ったつもりだったが、彼女の目が点になっているのを見て、どうやら彼女の考える〝有意義〟は僕とは違うのだなと思い直す。まあそんなことはどうでもよいか。


「とにかく、気が済んだのであれば早急にお引き取りを。僕も早く部屋着に着替えたいので」


 魂が抜けたような彼女を玄関までエスコートするべく、先に部屋を出る。しかし直後、ドアを開けた僕の肩を、背後から彼女ががっしりと掴んできた。


「こうなったら最後の手段よ……」


 なぜだか声がわなわなと震えている。僕の肩を掴む手もぷるぷると震えている。


「なんですか? トイレでしたら階段の隣に——」

「アホ、違うわ! 着替えよ、着替え! アンタの着替えてるところを撮らせなさい!」


 やれやれ、何を言い出すかと思えば……


 僕は肩に乗っかる手を払い、彼女のほうを向いて一つ溜め息をついて言った。


「そんなことでいいんですか?」

「うるさい! 元はといえばアンタが……って、えええええっ!?」


 直後、彼女は自ら盛大にのけぞった。


「いいの!? 着替えを撮るんだよ!?」


 自分から申し出たことだと言うのに、なにをそんなに驚いているのだろう。


 着替えを撮らせるくらい、別にどうってことはない。

 着替え中にただカメラを向けられるというだけならば、金銭的にも時間的にも、こちらが実害を被ることはないのだから。 


「構いませんよ。邪魔をしないのであれば」


 僕としても恨みを買ったまま彼女に帰られるのは本意ではない。できれば互いに遺恨を残すことなく別れ、今後一切関わらないでもらうほうが合理的解決であるのは明らかだ。


「いいのね!? 本当に撮るけどいいのね!?」


 尚もしつこく確認を取ってくる彼女に「どうぞご自由に」とだけ言って、僕は最初に回った寝室へと戻った。


 彼女は自分のスマホを両手で固く握りながら、開けっ放しのドアの前で背中を丸めて身構えるように立っている。そんな彼女を尻目に、僕は上半身のセーター、ワイシャツ、インナーを脱ぎ、そして下半身のスラックス、さらにはボクサーパンツを下ろした。その瞬間、


「ちょっと! なんで全部脱ぐのよ!」


 パンツを脱いだ辺りで、唐突に彼女が大声を上げた。撮らせろと言っておきながら、なぜかこちらにスマホを向けずに顔を背けている彼女の疑問に、僕は裸のまま答えた。


「もちろん、着替えるからですよ」

「それは分かるけど、どうしてパンツまで脱ぐのよ!」

「僕は外出着と普段着は下着からきっちりと分ける主義なんですよ」

「えっ、なにっ、お坊っちゃまってそういうものなの……って、そういうことじゃなくて! 女子の前で脱ぐなんて普通に考えておかしいでしょ!」


 そう言って彼女は一瞬だけちらりとこちらを見るが、僕がまだ下着を穿いてないのを見てまたすぐに顔を背けた。どうもこのままだと会話がしづらそうなので、僕は早めに着替えを済ませることにした。撮影がどうのこうのという話はもう良いのだろう。


「普通と言いますが、そういう決まりでもあるのですか?」


 ひとまず僕が下の着替えを済ませたのを確認してか、彼女はようやくこちらをおどおどと見た。


「き、決まり……?」

「ええ、例えば法律とか」

「あ、あるじゃない法律! ほら、わいせつぶつ……ナントカ罪!」

「あなたがもし刑法第一七五条における『わいせつ物頒布の罪』のことを言っているのであれば、この件は該当しませんよ。僕はただ自宅というプライベート空間で、着替えという目的をもって衣服を脱いだに過ぎませんから」


 彼女は何か言いたげに口をパクパクさせていたが、結局何も言葉が出て来なかった。


 そうしているうちにこちらの着替えが完了したので、


「それで、まだ何か撮影したいものはありますか?」


 尋ねてやると、彼女は何か思案するように手に持っていたスマホを呆然を見つめたが、やがて参りましたとばかりにその手を床に落とした。


「ううん、もういい……もう何撮ってもアンタの弱みにならなそうだし……」


 ここへきて初めて彼女がしおらしくなった。なんだ、静かになってみればなかなか品性を感じさせる女性ではないか。まあ彼女もここらの高級住宅地に一軒家を持つくらいの良家の娘なのだから、本来もっと良い育ちをしていて然るべきだとも思うが。


 ともあれ彼女の用件も無事に済んだようだし、これで大人しく帰ってくれることだろう。


 だが最後に、僕からも彼女にひとつ尋ねておきたいことがあった。


「ところでずっと気になっていたのですが、あなたの正体とは何のことですか?」

「…………は?」


 直後、呆然と顔を上げる女子高生の手から、スマホがするりと抜け落ちた。

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