先端人工知能研究会
2115年7月12日13時11分
椿は源次郎から台車を借りて、ようやく大学の研究室まで運び込んだ。膝を折り畳んで体育座りの様に座っている女の子を台車で運んでいる様は、さぞ珍妙だったに違いない。前時代的な運び方に、剥き出しで梱包されていないロボット、警察に見られたら即職務質問、一歩間違えば犯罪者だ。
例えばロボットに関する法改正は度々行われているが、故意に首の後ろの製造番号やバーコードを消したり隠すのは違法だ。車のナンバープレートを隠すのと同じである。つまり、この法律の一番言いたいことは人間と区別がつかないような紛らわしい事はするなということだ。
よって今現在の椿の行動は職務質問間違いなしのグレー行為なのである。
運んでいる最中、椿からは様々な汗が流れ落ちていた。
大学内はAIにより、人間にとって健康で快適に過ごせる温度に設定されている。が、今は少し不健康になるくらい研究室の温度を下げてもらいたいと椿は思った。
「運ぶだけでもこれだもんな。さて・・・・・・」
一呼吸置くと同時に言葉が零れ落ちた。
研究室内は備品のパソコンが何台も乱雑に置かれており、ありとあらゆる種類のコード、コードの先にはお掃除ロボットからペット型ロボット、用途が不明なものまで様々だ。
潔癖症が見たら、整理整頓したくなること間違いなしだ。
別に見られても構わないが、何となく辺りを見回してから、椿は改めてロボットの女の子に触れてみた。やはり触っただけでは人間と区別がつかない。
肌が人工肉体で覆われており、人間の筋肉と脂肪の感触、そのバランスまでもが繊細に再現されている。
指で押した時の肌の張りや反発は、10代から20代くらいを想起させる。
人型ロボットの感触を確かめている椿の背後から一人の男がこっそりと近づく。
「で、先に一人で楽しんでたわけだ」
「違うんです!すみませんでした!許してください!」
後ろめたさがあったばっかりに、幼馴染の声すら忘れて反射的に謝罪する。
これではまるで未成年淫行を犯した犯罪者である。
椿の全力の謝罪に腹を抱えて笑っているこの男が城所 真守。椿の幼馴染の一人だ。
背丈は椿よりも少し高く、スラっとしており、どちらかというと理系とは縁遠い体育会系の見た目である。人工知能の研究をしてますと言うより、何かしらプロのスポーツ選手を目指してますという方が、よほど説得力がある。
「本当に何かやってたろ」
「謝ったのは生体反射的な何かだよ」
「何かってなんだよ」
真守は良いおもちゃを見つけたと言わんばかりの嬉々とした表情のまま、ロボットの方へ視線を向けた。
「で、これがそのお相手ってわけね。俺には何の変哲もない作業ロボットにしか見えないけど」
「俺にとっては珍しいんだよ。うち人型ロボットには厳しかったからさ。プライベートな空間、ましてや自分たちのってなるとドキドキもするだろ」
恥ずかしげもなく口にした椿の言葉に真守が恥ずかしくなる。なるほど、これが共感性羞恥なのか。と真守は身をもって実感する。
「こりゃ重症だな」
真守が呆れたと同時に研究室のドアが開いた。
3人同時にぞろぞろと入り、各々のデスクへと向かう。
先端人工知能研究会のメンバーは5人、これで全員揃ったことになる。
「ごめんね。少し遅くなっちゃった」
申し訳なさそうに謝った、この女性が成木 柚子。椿の同期だ。
線の細い眼をしており眼鏡をかけている。長い髪は短く纏められており、年齢とはそぐわない落ち着きぶりである。眼鏡の下に隠れているが学内でも5本指には入る美貌である。
「僕の大事な実験材料を壊してないだろうな」
偉そうで生意気なこの男は、東堂 たけし。研究会唯一の一期下、椿の後輩だ。
背丈も低く、年齢も若く、幼い顔つきで、誰よりも偉ぶり自信にも満ち溢れている。研究会内だけには収まらず誰に対してもこの態度なのである。
「なに、いちゃいちゃしてんのよ」
椿と真守に対して、軽蔑の目を向けながらも少し羨ましそうにしているこの女性は神原 さつき。
椿と真守と幼馴染である。
男二人と幼馴染とだけあってか男勝りな性格で、バスケサークルと研究会を掛け持ちし、体は程よく引き締まっている。髪は肩までしかないが、これでも彼女の髪の長さの中では長い方だ。過去の話によると同性からラブレターめいたものを何度か受け取った事もある様だ。
メンバー5人の小規模な研究会だが集まったのは優秀な人材ばかり、少数精鋭といったところだ。
大手メーカー主催の新規人工知能プログラム開発、最優秀賞受賞のたけし。
人間心理と人工知能、先端科学との共存と繁栄についての論文で学内一の評価を受けた柚子。
ロボット工学、運動学、バランサー設計、学内3位の真守。
メンテナンス、修理、補助機能関連技能技士資格取得を最年少で取得した、さつき。
人工知能の基礎設計に関わりAI革命の先駆者と呼ばれた父を持つ椿。
これが先端人工知能研究会の全てである。