一目惚れ
2115年7月12日11時54分
一家に一台、人型ロボットが当たり前の時代。
近代化が進む街、建設現場でのロボット達の声や騒音が響く中、その店は静かに涼しくもう何十年も変わらずそこにあった。
リサイクルショップ源ちゃん、小奇麗な建物が並ぶ中、薄汚れた看板に手書きで書かれた文字。
店先には何かの部品やスクラップがそのまま放置されている。
夢見崎 椿は店の前で大きく深呼吸した。
古い油と錆びた鉄の匂いが鼻先をくすぐる、と同時に心臓の音が少し早くなった。
椿は逸る気持ちを少し落ち着かせて、自動ドアが開きっぱなしの店に入っていく。
ガラクタや壊れたロボットが並ぶ中、店の奥のカウンターに置いてある椅子に座って、新聞を読んでいる男がいる。
「部品によって値段が違うから、欲しいのがありゃ、ここまで持ってきな。値段は要相談」
男は電子ホログラム新聞を読んだままで、入ってきた椿に一切の関心を向けようとしない。
椿は少し呆れながらも、その男に歩み寄って声をかける。
「爺ちゃん、俺!来たよ!今日も暑いね」
その声を聞き、男は新聞の上から眼だけを覗かせた。
口元が久しぶりに会えた喜びで緩みそうになるが、幸い新聞で隠れている。
一見頑固親父に見える白髪混じりのこの男が椿の祖父、源次郎である。
「おう、来たか。お疲れさん」
高揚感を隠し、素っ気ない返事で源次郎は返した。
「ようやく大学が夏休みに入ったからさ、引き取りに来た」
「あぁ、もうそんな時期か、有意義に過ごせよ。しかしお前が来るなら、少しくらい綺麗にしときゃ良かったかなぁ」
源次郎が頭をボリボリと掻きながら立ち上がるも、椿の興味は既にカウンターの横に座り込むように置いてあるロボットに向いていた。
人間でいうところの性別は身体的特徴からしても恐らく女だろう。長く整った髪で肌は白く滑らか、首の後ろにある製造番号とバーコードが無ければ、女の子が居眠りしているようにしか見えない。
「これが電話で言ってた壊れて引き取った人型の作業ロボット?」
ロボットだと分かっていても、椿は思わず人間かどうか確かめずにはいられなかった。
そっと頬に触れてみる。汗ばむ暑さの中でひんやりと指先が冷えていく。人間であれば死んでいるだろう。
「そうだ、なかなか人型で手放すってのは珍しくてな。人形と一緒で人型だとどうしても愛着が湧いて捨てられないもんなんだが・・・・・・」
「へぇー、そうなんだ。人型ロボットなんてうちには一台も無かったから、その愛着が湧くってのがいまいち分かんないけど」
源次郎の顔が少し強張る。
「親父が駄目だって言ってたんだろう」
そう言うと、源次郎は居心地が悪そうに人型ロボットから目を背けた。
「どうして分かったの?」
「まぁ・・・色々と事情があるのさ。さぁ、そんな事より!持っていくんだろ?」
「うん、決めたよ。このくらいなら修理出来そうだし、俺たちの実験にも使えそう!」
姿こそ大学生だが、目を輝かせている椿の眼はまだ十代にも満たない子供と同じ眼だ。
「そうか・・・親父の血をしっかり引いてるんだな・・・」
掠れそうな声で、どこか寂しげに、源次郎は言った。
「あ、ごめん。なんか言った?」
「いや。さぁ早いとこ持ってけ、大学の研究室まで運ぶんだろ?日が暮れちまうぞ」
「分かってるよ!」
早速、この座り込んでいる冷たい女の子を運ぶ準備をしなければいけない訳だが、ロボットだと分かっていても、椿は胸の高鳴りが収まらない。
女の子に触れるどころか、肌と肌の接触は椿にとって慣れない事なのだ。
椿が心を落ち着かせているのも知らず、源次郎は店の奥の工房へ戻っていく。
「修理したら一度くらい連れてこいよ」
「了解。じゃあまたね!仕事頑張って!」
源次郎は振り向かず、そのまま手を振りながら奥の工房へと姿を消した。
さて、どうしたものか。
ここから大学の研究実までは徒歩20分といったところだ。
と、椿は一瞬だけ思案を巡らせたが、運ぶ方法は決まっていた。
おんぶである。
つい10年前までは人型ロボットは軽量化が甘く、とても人が持ち運べるものでは無かったのだが、今現在は生きている人間の重さと何ら変わりない。
椿はしゃがみ込み、眠っている女の子を起こさないように優しく自分の肩に腕を固定した。
背中全体がひんやりとする。
そのまま立ち上がろうとするが少しロボットのお尻が浮くだけであった。
「お、重いーー!!」
一つだけこのロボットについて確かなことが分かった。10年以上前に製造されたものだと言う事だ。
椿の苦しむ声を聞きつけ源次郎が慌てて、奥の工房から顔を出す。
源次郎の目に、しゃがみ込んだ椿が顔を真っ赤にしながら力んでいる可笑しな姿が映った。
思わず笑いそうになったが堪えて声をかける。
「馬鹿!おんぶで運べるわけないだろ!なんせ軽量化もされてない、型落ちの作業ロボットだぞ!」
「ぐぬぅう!!そう言う事は早く言ってよ!」
2人の人間とロボット1台がいる店内に、椿の踏ん張った声が大きく響いた。