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バラエティ番組

作者: 嘉多野光

 昼過ぎに目を覚ました私は、起きたそばから気分が悪かった。昨夜から始まった頭痛が、寝てもまだ治っていなかったからだ。


 昨夜の頭痛の原因は、合コンなんかに出たからだ。

 三週間前、私は大学の友人たちと集まって久々に食事をしていた。その際、学生時代からずっと浮いた話のない私に呆れた友人が、私を合コンに誘ったのだ。暇だったし、小さい頃から恋愛に毛ほども興味がないとはいえ、アラサーになっても人脈そのものが少なさ過ぎると痛感していた私は、珍しくそういった類いのイベントに参加することにした。

 参加人数は、男女四人ずつの、よくある形式だった。最初は男女で席を分かれてスタートした。

 男性陣は、私から見て、左から、沢田、玉城、長田、浜崎と言った。沢田は、私の友人で今回の合コンの企画者である直美の、前職の後輩で、二十六歳。玉城は、沢田の大学の同期。ただし玉城は一浪して入学しているので、二十八歳。長田は、直美の現職の先輩で、二十九歳。浜崎は、直美の高校のクラスメイトで、二十七歳。私は、実は浜崎は直美の元彼でないかと睨んでいる。

 対する女性陣は、左から、直美、私、里穂さん、紗矢子さん。里穂さんは、直美のゼミの知り合いで、私も大学時代に何回か会話したことがある。紗矢子さんは、里穂さんの現職の同期とのことだった。

 なお、なぜ女性は下の名前で覚えているのかというと、男性がいきなり我々を下の名前で呼んできたからだ。それだけでもう私は虫唾が走った。やはり私みたいな喪女は、こういうウェイが集まる場所なんて来るべきではなかったのだ。

 一刻も早く帰りたいと思いながら、単調に飲み物とご飯を意に流し込む作業を繰り返していると、もともと酒があまり強くない私は本当に気持ちが悪くなってきて、まだコース終了時間が一時間ほど先なのにも拘わらず、早退してしまった。直美の顔に泥を塗ってしまったのには申し訳ないと思うが、私のような乗り気がしない者がいつまでも残っていたところで場が盛り下がって皆に迷惑だろうから、これでよかったのだ。あとはウェイ同士楽しくやってくれ。

 ガンガンと目の奥から来る頭痛に耐えながら、何とか家まで辿り着いた。その頃には頭痛による気持ち悪さがピークに達していて、着いて早々トイレに駆け込んで、一回吐いた。飲み代がパアになったなとは思ったが、これも勉強だと思うことにして、そのままメイクも落とさずにベッドに潜り込んだ。それが、昨日の土曜夜の話。

 で、朝、否、昼まで寝たのに、頭痛はまだ治っていなかった。


 とりあえず水を一杯飲んで、食欲はないが鎮痛薬を飲むために吸うタイプのゼリーを喉に流し込んだ。薬を飲むと、安心感からか少し頭痛が和らいだ気がした。

 何もする気は起きないが、テレビを付けた。昼過ぎのこの時間は、再放送か、ローカルのバラエティ番組をやっていることが多い。

 テレビを付けると、ひな壇が映った。どうやらバラエティ番組のようである。しかし、司会が出演者にどんどん話を回したり、VTRが流れたりする気配がない。BGMは一応流れているが、音量が小さいし、なんだかゆったりしている。半日も寝てさすがに眠くなかったはずなのに、TVショーらしくないこの番組のおかげで、また眠たくなってきた。このバラエティ番組は何なんだ、と思って番組表を見た。


 マイナスイオンバラエティ 人林浴。

 人はどれだけ人を癒やせるか、その究極に挑戦するバラエティ番組。癒やし系と呼ばれる人の中から、さらに大学教授による実験で、マイナスイオンを多く排出している人を厳選。マイナスイオン発生源であるゲストたちに、マイペースに話してもらい、視聴者の皆さんに癒しをお届けします。


 マイナスイオンなんて実は意味がないとも聞いたことがあるし、その大学教授とやらも何だか臭いなあと思いながら、再び番組に目線を戻した。無音の時間が過ぎているだけだと思っていたが、よくよく見ると、最近テレビでたまに見るようになった地方で活動する女性アイドルが、尺も気にしない様子で、実にゆっくりと話していた。何でも実家が農家で、みかんをはじめとした柑橘類を栽培しているのだという。

 ゆったりしてオチもないエピソードトークの後、スタジオにみかん、レモン、すだち、柚が運ばれてきた。みんなでいただきましょうと、司会をしているマイペースそうな新人アナウンサーが呼びかける。

 みかんは分かるが、レモンは酸っぱいし、すだちと柚に至ってはこうやってそのものを食すものなのか? と疑問に思っていたが、ゲストは特にツッコまずに食べ始めた。レモンを食べた芸人はさすがに大きなリアクションを取るのだろうと思ったが、酸っぱいのを頑張って絶えた後「さすが塩原さんのご両親が作ったレモンだから、ぬくもりを感じますねえ」と訳の分からないコメントを言っていた。生のレモンのどこにぬくもりなんか感じられるのか。

 見れば見るほど、意味が分からない番組だった。何なんだこの番組は……、と思いながら紅茶をすすったとき、自分の変化に気付いた。ついさっきまでガンガンと内側から響いていた頭痛が、きれいさっぱり治っていた。薬を飲んだのはたった数分前だから、さすがにまだ効き始めていないはずだ。睡眠効果が時間差で現れたのだろうか。

 すっかり元気を取り戻した私は、SNSを開いた。すると、驚くべきことに番組名「人林浴」がトレンド入りしていた。

 直近のコメントを見ると、私と同じように「ずっと頭痛くて薬も効かなくて困ってたのに、人林浴見てたら治った笑」という人のほか、「最近低気圧でしんどかったけど、人林浴見たら高気圧が来たかのように身体が軽いんだけど、どういうこと」、「生理二日目って普通ベッドから起き上がれないくらいしんどいのに、人林浴見てたら起きられた。奇跡」などと、多くの人が自身の快復を報告していた。

 大学教授の実験によるゲスト選抜と、そのゲストがもたらす効果は電波も超えて視聴者に伝わるのか。信じられないことだが、そのときにはすでに私もその効果を信じざるを得なくなっていた。


 日曜昼に放送される単発のローカルバラエティ番組は、その放送が反響を呼んだ場合には地上波のレギュラー番組に昇格することがある。人林浴も例外ではなかった。トレンド入りしたことから一気に知名度が広がり、ぜひ関東ローカルではなく地上波で広く放送して欲しいという要望が集まり、数ヶ月後には月曜深夜に本格的に放送が開始された。私も、録画しておいて体調が良くない日に見ることで、番組を大いに活用した。

 しかし、少し残念なことがあった。あのローカル放送で柑橘類を振る舞ったアイドル、塩原藍は、レギュラー陣には入らなかったのだ。ネットニュースによれば、番組・テレビ局側はぜひレギュラーになって欲しいと力強く打診し続けたのだが、別件で忙しいと断られてしまったのだそうだ。

 今のレギュラー陣でも十分癒やし効果はあるが、彼女が出演しないというのは少し残念だった。ネットにも、塩原藍出演希望のコメントが溢れた。だが、彼女は人林浴に出演しないどころか、そのうちテレビでぱったり見かけなくなってしまった。芸能界の移り変わりは早いなと寒々しく思ったものだった。


 番組が開始して半年以上経ったある日の日曜昼、私は中野駅にいた。駅から少し歩いた住宅街にあるリラクゼーションサロンでマッサージを受けるためだった。

 北口を出ると、どこかの宗教が盛大に勧誘をしていた。中野駅ではよくこういった光景を見かける。

 今日もその団体をスルーして北に向かおうと思ったときだった。

 団体の中心、段に登って選挙選候補者のように悠々と手を振っている若い女性がいた。私はその女性をどこかで見たことがある気がした。実際、宗教の勧誘には興味なさそうな輩が、その女性には何とか近付こうと群がっていた。

 商店街に行くフリをしながら、もう少し近くで見たいとその団体に近付いていくと、言葉を失った。女性は塩原藍だった。

 塩原藍が何を言っているのか興味があったが、スピーカーを通しているにも拘わらず、相変わらず自分のペースで話していることもあって、何と言っているのかよく聞き取れなかった。壇上に近付こうとしたら、後ろから宗教団体の勧誘スタッフが近付いてくる気配がしたので、私は諦めてサロンへ向かった。


 翌週、昼休みにご飯を済ませた後、コンビニに出向いた私は、雑誌コーナーに置かれた週刊誌の「塩原藍 宗教団体に利用され芸能界追放か」という見出しに目を奪われた。

 立ち読みした内容は、ざっと以下のような内容だった。


 話題のバラエティ番組「人林浴」に出演し注目を集めていた、地方密着アイドル塩原藍(二二)。番組は初回の関東ローカル放送の時点ですでにトレンド入りし、その中でも塩原の独特のキャラを賞賛する者が続出した。

 しかし、番組と自分への評価を一緒くたにしてしまった塩原は、自分には病気を治す力があるのではないかと勘違いした。その勘違いに新興宗教団体Mが目を付け、塩原に接近。実は、Mにはあの若手男性俳優R.Kも加入していると聞いた塩原は、自分の力を世に知らしめるため、そしてR.Kに近付きたいために、事務所からの反対を押し切り、その宗教団体Mのイメージキャラクターに就任。無論、塩原は事務所からは契約を切られ、事実上の芸能界追放となった。


 芸能界やテレビ、宗教など、何もかも信じられなくなった私は、その翌日から人林浴の録画予約を抹消した。

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