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守銭奴魔女ですが、あまあま旦那様にほだされそうです  作者: 江本マシメサ
第二章 沼池の魔女は、美貌の男と結婚する
6/25

魔女は王女から夫宛ての恋文を受け取る

 その後、アロイスは王太子に顔を見せてくると言って出かけた。数日休んでいたために、帰還の報告をするらしい。

 残ったユースディアには、数名の侍女が付けられた。皆、感情を表に出さず、淡々と働いてくれる。

 ロマンス小説に、使用人は家具のようでなければならないと書かれてあった。読んだときはいったいなんのことかわからないと、首を傾げていた。

 今ならわかる。何をしても、どうふるまっても、何か物申すことはなく、非難の視線を向けることもなく、すべき作業を黙々と進めてくれる存在は家に置かれた家具のようだった。

 数名の侍女に囲まれているのに、居心地の悪さをいっさい感じないのは、彼女らが職業人プロフェッショナルだからなのだろう。

 まさしく、使用人は主人のために存在する者達なのだ。

 その後、夕食は部屋に運ばれ、ぜいが尽くされた料理をおいしくいただく。

 風呂は続き部屋となっている場所にあったので、誰に会うこともなく優雅に浸かれた。

 夜は――用意してもらった金を使い、せっせと内職を行う。

 森から王都にくるまで三日間、アロイスには三回の呪いの発作が起こった。

 夕方、朝、夜と、時間はまばらである。そのたびに、ユースディアはアロイスの金を使って呪いを一時的に封じた。

 明日からは、離ればなれとなる。勤務中に呪いが発動したときの対策を、今から行うのだ。

 呪いがかかってからというもの、アロイスは王太子の護衛部隊から外れているらしい。でないと、呪いが発動したさい、王太子を守れなくなる。

 現在は、補佐官として政務の手伝いをしているようだ。

 呪いに襲われたさいは、一時間ほどの小休憩を取っているという。その時間が、一日の中で何よりも無駄だとぼやいていた。

 そんなアロイスのために、ユースディアはある物を用意する。

 まず、取り出したのは数枚の羊皮紙。そこに、とねりこの樹液から作った魔法のインクを使い、魔法陣を描いていく。

 完成した魔法陣を、窓から差し込む月光に当てる。ユースディアは呪文を呟いた。

 魔法陣が光り輝く。その中心に、アロイスからもらった紙幣を貼り付けた。魔法陣の光は、だんだんと消えていく。

 完成したものは、すぐにくるくる巻いてリボンで留めた。

 これは巻物――スクロールと呼ばれる、誰にでも魔法が展開できるようになる代物だ。紐を解き、羊皮紙を破いた瞬間に、魔法が展開される仕組みである。

 今回作成したのは、アロイスの呪いを一時的に封じるものだ。これさえあれば、ユースディアがいなくとも、呪いの苦しみから解放される。

 アロイスとの結婚の対価のひとつとして、スクロールをあげることを心に決めていたのだ。

 頼まれたわけではないが、この贅沢な暮らしを罪悪感なく楽しみたいユースディアが、自主的にしているものであったのだ。


『ご主人、アロイス様が、帰ってきたみたいだ』

「ちょうどよかったわ」


 完成したスクロールは全部で七個。一週間分である。これさえあれば、だらだら過ごしても許されるだろう。

 スクロールを銀盆に載せて、アロイスの私室へ持って行く。が、途中で迷ってしまった。

 なんせ、扉はどこも同じようなもので、廊下も果てしなく長い。記憶しているほうがおかしいのだろう。

 外れの部屋から出ようとしたら、廊下から話し声が聞こえた。


「旦那様、今一度、結婚を考え直したほうがよいかと」

「どうして、そう思うんだ?」

「あの女――いえ、奥様は、大金を用意するよう、命じたのです」


 大金は、ユースディアが使うために用意させたのではない。スクロールを作るために、必要だったのだ。

 ユースディア自身が発動するならば、一回につき一ヶ月の食費代程度でよかった。だが、スクロールを作るためには、その十倍の紙幣が必要になる。そのため、大金を要求しなければならなくなったのだ。

 あらかじめ、説明しておくべきだったのか。

 否、魔法に詳しくない者には、理解できないだろう。言うだけ無駄だ。 

 別に、公爵家の者達に、よき妻であると思われたいわけではない。もともとユースディアは、闇魔法を揮う沼池の魔女である。

 金が大好きで、ごうつくばり。そのイメージで、間違いない。

 けれど、今回はどうしてか、心がツキンと痛んでしまった。


「このままでは、歴史ある公爵家の財産が、搾取されてしまいます。どうか、再度、人生の伴侶について考え直していただけたらなと」


 アロイスはなんという言葉を返すのか。気になって、扉に耳を近づける。


「ディアが望む金ごときで、公爵家が搾取されると?」

「い、いえ、そのようなことは、決して――」

「ディアが望むような金額など、可愛らしいもの」


 ユースディアが金を望んだら、いくらでも用意するよう、アロイスは家令に命じる。


「あと、今度、余計な報告をしてきたならば、首を切り落とす」


 アロイスの宣言を聞いた瞬間、関係ないユースディアまで背筋がゾッとしてしまう。

 首を切るというのは、解雇するという意味だろう。しかし、本当に首を斬り落とすような迫力を感じてしまった。

 しばらく呆然としていたら、ムクムクに『ご主人、大丈夫ですかね?』と声をかけられた。


『そのスクロール、アロイス様に持って行くんですよね?』

「え、ええ。そうね」


 持って行きたくない気持ちで満たされていたが、このまま持っていてもどうしようもない。

 なぜだろうか。庇われたユースディアが、アロイスを恐ろしく思うなんて。

 社交界の氷砂糖の名に相応しく、ユースディア以外の者には冷たい態度を取っているようだ。

 盛大なため息をついたあと、しぶしぶとアロイスの部屋の扉を叩いた。すると、「どうぞ」と声が聞こえる。扉は私室の中にいた従僕の手によって開かれた。


「ディア、いかがなさいましたか?」

「これを」


 スクロールが載った銀盆を手渡す。呪いを一時的に封じるスクロールであると、説明した。


「リボンを取って、羊皮紙を破ると魔法が発動されるの。これで、私がいなくても、楽になれるはずよ」

「ディア……ありがとうございます」 


 アロイスはキラキラとした瞳を向けつつ、感謝の気持ちを述べる。


「実は先ほど、宮廷魔法師に呪いについての報告をしてきたのですが――」


 呪いを解くのと同じくらい、呪いの発作を封じるのは困難であると。

 ユースディアが展開させたものと同じ魔法は、現代の魔法使いには再現が難しいと言われてしまったらしい。


「この三日間、私は奇跡のような魔法のおかげで、発作の苦しみから解放されました。どんなに、ありがたかったか」

「呪いを解いたわけではないから、別に、そこまで感謝しなくても」

「謙遜なさらないでください。本当に、素晴らしい魔法です」


 ちなみに、宮廷魔法師には、ユースディアの闇魔法について話さなかったらしい。


「どうして報告しなかったのよ」

「宮廷魔法師達は、好奇心旺盛な生き物ですからね。ディアが闇魔法使いだと知ったら、根掘り葉掘り話を聞きたがるはず。私自身、呪われたあと、彼らから実験動物のような扱いを受けたものですから」

「そうだったのね」


 アロイスは自身の唇に人差し指を当てつつ、「これはふたりだけの秘密です」と言った。

 ユースディアはどうしてか、その仕草と秘密という言葉に、どぎまぎしてしまう。


「それはそうと、このスクロール、作るのは大変だったのでは?」

「作るのはそこまで大変じゃないわ。ただ――」


 金がかかる。というのは呑み込んだ。先ほどの、アロイスの「首を斬り落とす」という言葉を思い出したら、言葉がでなくなったのだ。

 紅茶を飲んで落ち着こうとしたら、アロイスの発言を聞いて咽せてしまった。


「スクロールって、製作費が、とっても高いんですよね?」


 ゲホゲホと、咳き込んでしまう。


「ディア、大丈夫ですか?」

「え、ええ……。平気」


 一時期、アロイスはスクロールの蒐集に嵌まっていたらしい。


「スクロールの作成をするときの材料として、紙幣が最適だと聞いたことがあるんです」


 秘密は、紙幣の印刷に使うインクにあった。

 そのインクは、紙幣を印刷するときだけに使われるものである。国が独占的に製作し、門外不出としているのだ。


「魔力を多く含んでいて、スクロールに使う魔法陣や羊皮紙ともっとも相性がいい素材であると」

「まあ、そうね」


 普段、魔法を使うときにも、魔力代わりとなる。夜にしか魔法が使えない闇魔法使いは、紙幣を多く胸に忍ばせ、昼間に魔法を発動するさいに利用していた。 


「家令に用意させた紙幣も、すべてスクロール作りに使ったんですよね?」

「まあ、そうだけれど」

「だと思っていました」


 アロイスが深々と頭を下げる。それには、謝罪の意味が込められていた。


「な、なんで頭を下げるのよ」

「お気を悪くするかもしれませんが――その、紙幣を用意した家令が、ディアのことを、金遣いが荒いのではと報告してきたのです。私が直接用意し、手渡していたら、あなたがこんな風に言われることはなかったのに」

「いや、それは、はっきりスクロール用の紙幣だと言わなかった私が悪いだけで――」

「いいえ、悪いのは、私です。まさか、長年信頼していた家令が、あのような発言をするとは思わず……」


 突然現れた、身元のわからない女性は不審としか思わないだろう。おまけに金を要求してきたものだから、警戒する家令の態度はごくごく自然なものだ。


「まあ、とにかく。私が何か言われても、別に庇ったり、反論したりしなくていいから」

「どうしてですか?」

「あなたまで、おかしくなったのだと思われるでしょう?」

「ディア、残念ながら、すでに手遅れな状態だと」

「どういうことよ」

「余命半年の呪いを受け、毎日死んだほうがましだと思うレベルの呪いの発作に襲われている状態のなか、常に正気を保つというのはとても難しいです」

「もう、おかしくなっているから、放っておけってこと?」

「はい」


 アロイスは笑顔で頷いた。

 たしかに、ユースディアを妻にと望む時点で、だいぶおかしいと疑うべきだったのだ。


「余命半年だから、自棄っぱちになっているわけね」

「いいえ。余命半年だからこそ、捨て鉢にならずに、自分が好きなように生きようと思ったのですよ」


 アロイスの瞳は、希望で輝いているように見えた。自我はしっかりあり、呪いに絶望しているようには思えない。

 よくわからなかったものの、これ以上アロイスと関わる気はなかった。ユースディアは立ち上がり、部屋に戻るという旨を伝えた。


「旅疲れをしているでしょうから、ゆっくり休まれてください」

「ええ。しばらくは、好きにさせてもらうわ」


 スクロールは渡した七日間は、極力誰とも会わずに好き勝手過ごそうと決意したのだった。

 だが、人生上手いように運ばない。

 翌日、王女の護衛騎士から、面会を申し込まれてしまったのだった。


 ユースディアは苛立ちを胸に、アロイスから贈られた華やかなドレスをまとって来客のもとへ向かっている。

 面会は断りたかったが、もうすでに客間で待っていると言われてしまった。

 ロマンス小説では、面会を行うさいは先触れを送って相手のスケジュールに空きがあるかどうか尋ねていた。それをしないということは、わかりやすく喧嘩を売っているのだろう。

 今日は一日中寝台でだらだら過ごし、気が向いたら公爵家が所蔵する魔法書を読む予定だった。

 完璧な計画が崩れ、苛立ちがジワジワ腹の底から湧き出てくる。

 客間で待っていた騎士は、いかにも貴族然とした、三十代後半くらいに見える精悍な男であった。

 ユースディアに値踏みするような視線を投げつけてくる。

 先に声をかけるのは、身分が上の者である。ロマンス小説で習った。

 騎士が言葉を発する上に被せるようにして、ユースディアは話しかけた。


「あなた、突然やってきて、なんの用なの?」


 いかにも迷惑ですという感情を、言葉の節々に混ぜ込んで伝えた。


「王女様が、こちらを公爵に渡してほしいと、命じてきたのだ」


 侍女が受け取った手紙を、銀盆に載せて運んでくる。それは、甘い匂いの香水がふりかけられた、アロイス宛の恋文であるように見えた。


「どうしてこれを私に?」

「妻である公爵夫人に渡すのが、もっとも早いだろうからと」


 このまま目の前で手紙を握りつぶそうと思ったものの、ユースディアの一挙一動がアロイスの評判に繋がってしまう。ここは奥歯を噛みしめ、我慢しなければならない。


「わかったわ。渡しておきましょう」


 目的を果たした騎士は、首を傾げながら立ち上がる。聞かずとも「どうして公爵はこんな女と結婚したのか?」などと思っているに違いない。

 あまりにも失礼である。ユースディアは魔法使い視点で、名前を尋ねた。


「あなた、名前はなんとおっしゃるの?」

「オスカー・フォン・フェルマー」

「そう」


 すぐに、ユースディアは本当の名前か確認する。


「オスカー・フォン・フェルマーね」


 名前を口にすると、彼の魔力が活性化された。偽名ではなく、本物だったようだ。

 本名を知ったので、この先ユースディアは彼の魔力を自在に操れる。魔力と名の繋がりは強い。だから絶対に、魔法使い相手に明かしてはいけないのだ。

 相手にばかり名乗らせるわけにはいかない。ユースディアは笑顔で自らの愛称のみを口にした。


「私は、ディアよ。覚えなくても結構だから」


 再び、オスカーは首を傾げる。そのまままともに挨拶せず、部屋から出て行った。


「バカな男」


 率直な感想を言ったあと、残りの紅茶を飲み干す。

 王女は毎日恋文を送ったと言っていた。つまり、毎日オスカーと顔を合わせなければならないのか。

 勘弁してくれと、盛大なため息をつくユースディアであった。

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