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守銭奴魔女ですが、あまあま旦那様にほだされそうです  作者: 江本マシメサ
第一章 沼池の魔女は、森の奥地までやってきた美貌の男に辟易する
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魔女は美貌の男としぶしぶ契約を結ぶ

 アロイスと静かに朝食を食べる。

 窓からは、太陽の光がこれでもかと差し込んでいた。昨日の暴風雪が、嘘のようだった。


「それにしても、今日は天気がいいですね。清々しい朝です」

「そうね」


 太陽光を背後から浴びるアロイスは、とてつもなく美しい。まるで、後光が差した大天使のようだった。


「宗教画か!」

「はい?」

「なんでもないわ」


 宗教画に描かれていそうな美貌の男と共に、朝食を食べる。


「ディアさん、傷薬、ありがとうございました。おかげさまで、完治しました」

「そう、よかったわね」


 アロイスの美貌は財産である。傷つけることは、あってはならないのだ。


「このようにすばらしい薬をいただけるのであれば、皆、あなたを深く信頼し、森に通い詰めていたのでしょうね」

「どうだか」


 村人とユースディアの関係は、双方に利益を生じるから続いていた。それだけである。


「情なんて、なかったわよ」

「しかし、噂では、どうしても金の工面ができないときは、野菜と交換で薬をもらった、などという話も聞きましたが」

「そ、その時は、野菜がほしかったのよ! どうせ、お金をもらっても、野菜を買うだけだし、お金をもらったのも同然だったわ」


 なんでもアロイスは、村で工事をしている作業者からユースディアについていろいろ話を聞いていたらしい。

 作業者は森に棲む魔女を恐れていたようだが、村人から「あそこの魔女さんは親切な人だよ。まったく怖くない」などという説明を受けていたようだ。

 ユースディアは明後日の方向を見る。

 これまで村人に対し、沼池の魔女は世にも残酷で恐ろしい存在、という印象を与えているつもりだった。

 それが失敗していたという事実を、今この瞬間に知ってしまう。

 半ば放心状態のまま、朝食を食べ終えた。

 昨日の晩と同じく、アロイスはユースディアに感謝の言葉と金を忘れなかった。

 そして、別れの時間がやってくる。

 今後、二度とこのレベルの美貌の男には出会えないだろう。ユースディアはこれで最後だと思い、遠慮なく見つめる。


「――を、考えて、いただけたでしょうか?」


 顔に見とれるあまり、話をまったく聞いていなかった。なんだって? と耳に手を当てて聞き返す。


「私との結婚を、考えていただけたかなと、思いまして」

「あー。なんか、言っていたわね」


 まさか本気だと思わなかったので、聞き流していたのだ。


「ここで長い時間を過ごさせていただきまして、改めてディアさんを妻に迎えたいと思いました」


 アロイスの瞳は、光り輝いていた。自棄っぱちになって、ユースディアを妻に迎えようとしているようには見えない。


「あなた、公爵様でしょう? 魔女を一族に加えたら、大変な騒ぎになるわよ」

「そんなことありません。我が家は魔法使いの家系です。魔法に心得がある者は、歓迎されるかと」

「それが、闇魔法使いでも?」

「闇魔法の、何が問題なのでしょうか?」

「いや、いろいろあるでしょうよ」


 闇魔法の始祖の汚名は、歴史を研究する者の努力によって払拭された。けれど、闇魔法を悪用していた者の悪評は、いまだ根強く残っている。

 闇魔法の評判は、現代においても悪いままというのが現状だった。


「光でも、闇でも、魔法は魔法です。属性など、特に気にしておりません」


 キッパリと、アロイスは断言した。

 彼の言葉は、何度も何度も、ユースディアの心にある澱を洗い流してくれる。

 美しい、湖のような心を持っているのだろう。

 しかしながら、ユースディア自身は泥の池でしか生きられない魚のようなものだ。美しい湖の中では、呼吸すらままならないだろう。まさしく、生きる世界が違うというやつだ。


「ディアさん。あなたは、私みたいな者とは、結婚できないのでしょうか?」

「なんでそうなるのよ」


 逆だ。アロイスが、ユースディアみたいな女とは結婚できない男なのだろう。どこまで心が澄み切っているのか。ユースディアは頭を抱え込んでしまう。


「そもそも、どうして今まで独身だったの?」

「兄が死ぬまでは、結婚を考えておりませんでした」

「どうして?」

「これでも王太子付きの騎士でありますので、近づく者は私を利用しようと目論む者ばかりでした。結婚も、おのずと政治色が濃くなってしまう」


 公平な立場である王太子付きであり続けるには、派閥に所属する者の娘を娶るわけにはいかなかったという。


「兄が生きているころは、家族もその姿勢に賛成しておりました。しかし、爵位を継いだあとはそうとはいかず……」


 日々、結婚しろと責められる毎日を送っていたらしい。けれど、王太子付きの騎士である以上、結婚相手は慎重に選ぶ必要があった。


「そんな中で、私の呪いが発覚したのですから、母は寝込んでしまって……」

「それはお気の毒に」

「ディアさんを連れ帰ったら、元気になるかもしれません」

「いや、とどめを刺す可能性が大なんだけれど……」

「そんなことないですよ。母は、もう誰でもいいから、結婚してくれと言うくらいでしたが」

「いや、誰でもいいっていうのに、魔女は含まれていないと思うけれど……」


 じっと、アロイスを見る。実に曇りのない純粋な笑みを浮かべつつ、ユースディアを見つめていた。冗談を言っているようには見えない。本気で、結婚を申し込んでいるのだ。

 昨日の夕方から今日の朝までアロイスと過ごして思ったのは、彼は実に紳士で好青年であるということ。穏やかな性格で、ユースディアを女だからと見下さない。闇魔法を使う魔女であるにもかかわらず、尊敬していると言った。

 結婚しても、妻としての役割は果たさなくていい。公爵家は、兄の子どもが継ぐ予定らしい。

 半年後、彼が呪いで亡くなったら、ユースディアが遊んでくらせるほどの財産をくれるという。

 奇跡のような条件である。

 ただ、ここまで聞いても、ユースディアはいまだ警戒の念を緩めなかった。


「しかし、条件がよすぎて、本当に怪しいわね」

「では、血の契約をしましょう」


 アロイスはナイフを取り出し、迷うことなく手のひらを切りつけた。

 赤い切り傷が走り、血が珠のようにぽつぽつと浮かんでくる。


「私は、あなたを、絶対に裏切りません」


 誓いを口にしたあと、ユースディアがアロイスの血を舐めたら、契約は完了される。

 傷は思っていた以上に深かったようだ。滲んだ血が、涙を流すようにツーと流れていく。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 ユースディアは未だ、結婚を迷っていた。

 これまで暮らした住み処を、森を、あっさり捨てられるわけがないのだ。ここでもう、金稼ぎができなくなったとしても。

 雪降る晩に捨てられ、かじかむ手にはーはーと息を吹きかけるしかない記憶が残るユースディアにとって、ここは楽園といってもよかった。

 一歩下がり、アロイスを見る。

 吸い込まれそうなくらい強い目を、ユースディアに向けていた。


「ありとあらゆるものから、あなたを守ります。だから――私と、結婚してください」


 血が、手から滴り落ちそうになっていた。

 ユースディアは駆けよって、アロイス手の平に唇を寄せ、血をペロリと舐める。その瞬間、パチンと、音が鳴る。

 アロイスの手のひらに、魔法陣が刻まれた。


「これで、契約は完了ですね」


 アロイスはこれまで見せた中で、一番美しい微笑みを浮かべている。

 ユースディアは契約主となったのに、なぜか底なし沼に沈められたような気になってしまった。


 ――道を、誤ってしまったか?


 天国にいる先代へ問いかけたが、当然ながら答えは聞こえてこなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] > これまで村人に対し、沼池の魔女は世にも残酷で恐ろしい存在、という印象を与えているつもりだった。 > それが失敗していたという事実を、今この瞬間に知ってしまう。 つまり、村人たちからは「…
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