表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
守銭奴魔女ですが、あまあま旦那様にほだされそうです  作者: 江本マシメサ
第一章 沼池の魔女は、森の奥地までやってきた美貌の男に辟易する
3/25

魔女は美貌の男と朝を迎える

 倒木のせいで、台所も酷い状態である。しかし、食品は地面を掘り込んで作った保存庫に隙間なく詰めていた。どれも、無事である。

 棚に並べていた素焼きの食器は、床に落ちて割れている。

 今日は特別に、棚の奥にしまっていた銀器で、アロイスをもてなすことにした。

 はてさて、何を作ろうか。ユースディアは腰に手をあて、考える。

 二度も助けてもらった以上、予定していた雑草のフルコースを出すわけにはいかない。

 ユースディアは、ここぞというときに食べようと思っていた食材に手を付ける。

 干し肉を水に浸してやわらかくしたものを使ったスープに、魚の塩漬けグラタン。それから、久しぶりにパンを焼いた。

 成人男性がどれだけ食べるかわからないので、いつもよりたくさんパンを焼いておく。

 料理を持って居間に戻ると、棚が倒れて散乱状態となった部屋は、きれいになっていた。アロイスが片付けたのだろう。


「あ、すみません。勝手に掃除をしてしまって」

「全部、あなたが?」

「ええ」


 何もできないお坊ちゃんかと思っていたが、意外とあれやこれやと働いてくれる。

 なんでも、見習い騎士時代に、一通りの雑用はこなすらしい。先輩騎士に仕え、世話をするうちにいろいろ生きる術を習得するようだ。


「掃除や洗濯はもちろんのこと。野営時の炊事や、簡易的な厠を掘ることもします」

「騎士って、意外と大変なのね」


 アロイスはそれ以上答えずに、にっこりと微笑む。そして、ユースディアが持っていたパンのかごを受け取り、テーブルに置いてくれた。


「おいしそうなパンですね」

「都会のパンみたいに、ふわふわではないけれど」

「とんでもない。ごちそうですよ」


 ユースディアは実に十年ぶりに、誰かと共に食卓を囲む。

 魔石灯の灯りが、アロイスを照らす。部屋が明るくなるよう改良を重ねた光が、アロイスの美貌をこれでもかと際立たせていた。

 暗い魔石灯を使えばよかったと、ユースディアは後悔する。さすがの彼女も、光り輝く美貌を前に食事が進むほど、図太いわけではなかった。

 贅沢な食事を毎日食べているアロイスにとって、ユースディアの手料理なんて粗食だろう。それなのに、文句のひとつも言わずにきれいに食べてくれた。


「心のこもった料理を、ありがとうございました」

「ごめんなさいね、こんな物しか用意できなくて」


 これまでは月に一度、村の御用聞きが食材を用意してくれた。しかし、今はもう、姿を現すことはない。それゆえに、ユースディアの食生活は貧相になる一方だったのだ。

 今晩の食事も、普段雑草を食べているユースディアからしたらかなりのごちそうである。


「どうか、謙遜なさらないでください。どの料理にも、私をもてなす温かい気持ちが、溶け込んでいました。そのすべてが、ごちそうです」


 きっと、ユースディアが雑草をただ煮込んだだけのスープでも、同様の言葉を口にするのだろう。この辺は育ちというよりも、アロイス自身の人間力の違いなのか。

 アロイスの光り輝く微笑みを前に、ユースディアは「うわ、眩しっ」と目を細めるばかりであった。

 森は暗闇に包まれたが、そんな状況でも、アロイスは出て行こうとした。

 ユースディアは信じられない気持ちで、彼を引き留める。


「だから、この時間に外に出たら、魔物に殺されるって言っているでしょうが!」


 腕を引いて止めようとしたが、びくともしない。細身の優男にしか見えないが、意外と筋肉質なのだろうか。とにかく、力任せに引き留めるのは無理だった。


「ディアさん」

「な、何よ」

「あなたは、他の男性にも、このように親切にするのでしょうか?」

「するわけないでしょう? あなたみたいな究極のお人好しが、吹雪の森で迷った挙げ句、魔物に食い殺されたりしたら、寝覚めが悪くなるだけよ」


 もしも訪問したのが中年男性でも、アロイスと同じく究極のお人好しであれば、一晩泊めていただろう。顔がいいとか、育ちがよく金を持っているからとか、他意はまったくない。


「お人好しなのは、ディアさんのほうですよ」

「私はお人好しなんかじゃないわ。誰もが恐れる、沼池の魔女よ」


 胸を張って答えたが、アロイスはポカンとした表情でユースディアを見るばかりであった。


「っていうか、あなた、私のことを誰から聞いたのよ」

「乳母からです。困ったときは、辺境の森に棲む、沼池の魔女を頼ればいいと。代々、善き魔女がいて、力を貸してくれるはずだ、というお話を幼い頃に聞いたことがありまして」


 その話を頼りに、アロイスはこの地を訪れたようだ。


「ひとつ修正するけれど、沼池の魔女は、善き魔女ではないわ」


 そんな噂話が伝わっていたとは、心外である。


「しかし、村の工事をしていた者達の話では、沼池の魔女は配慮が行き届いた、善人であると」

「なんて噂話が流れているのよ……」


 思わず、頭を抱え込んでしまう。

 古くから、魔女は恐れられ、人から一歩引いた場所で世の中を静観している神秘的な存在だ。それなのに沼池の魔女のイメージは、近所に住む親切なおばさん魔女である。

 どうしてこうなったのか。天国にいる先代に問いかけても、答えてはくれない。

 かつて、凍え死ぬような北の大地で、ユースディアは親に捨てられた。

 幼いころよりガリガリで、体力がなく、農作業も一人前にできなかったからだ。

 食い扶持すら稼げない娘は家においてもらえず、あっさり捨てられた。

 そんなユースディアに、先代は手を差し伸べてくれたのだ。

 たしかに、先代はお人好しで、善き魔女だったのかもしれない。

 けれど、ユースディアは違う。

 金が大好きなごうつくばり者で、困っている村人にも、等しく金をせびっていた。

 人の善さだけは、先代から継承できなかったのだろう。

 そう思っていたが、アロイスは異なる見方をしていた。


「乳母が話していたとおり、ディアさんは優しくて、心が温かい、善き魔女でした」

「は!?」


 今日一日で、さんざん金をむしり取られた自覚はないのか。信じがたい気持ちになる。

 振り絞って出た言葉は、「あなた、疲れているのよ」だった。


「いろいろ言っていないで、もう休みなさい。布団は、先代が使っていた古いものしかないけれど」


 ユースディアの申し出に、アロイスは深々と頭を下げる。


「お言葉に甘えて、一晩、ここに泊まらせていただきます。見張りに、巨大トカゲを置いていてもいいので」

「……」


 巨大トカゲなんて、恐ろしくて使役できるわけないだろう。見張りには、ムクムクを置いておく。

 ひとまず、アロイスと別れ、二階へ駆け上がる。

 風呂に入り、心を落ち着かせることにした。


 二階にある風呂は、沼池の魔女の自慢であった。

 なめらかな磁器の浴槽に、火と水の魔石を使って湯を沸かす。春に作った花の入浴剤を入れて、足先からゆっくりと湯に浸かった。


「あ~~~~……」


 温かい湯が、疲れた体に沁み渡る。風呂は、ユースディアにとって唯一の楽しみであった。

 ただ、このように湯に浸かるのは、週に一度あればいいほうである。魔石は無限にあるわけではない。そのため、普段は桶に湯を張って、ちびちびと体を洗う程度なのだ。

 今日はアロイスがやってきたので、とびきり疲れていた。このまま寝台へ潜り込んだら、泥のように眠れるだろう。

 ふと、寝室の状態を思い出す。布団には割れたガラスや木の枝がこれでもかと刺さっていた。すぐに布団へ飛び込んで、眠れるような状態ではない。


「最悪」


 風呂上がりに、もうひと仕事しなければいけないようだ。


 ◇◇◇


 翌朝――ユースディアは外から聞こえる小鳥のさえずりで目を覚ます。


『ここの枯れ魔女、昨日、男を連れ込んだらしいわ』

『やっと女に目覚めたのかしら。潤っているといいわねえ』

『それはどうかしら? 金にがめつい枯れ魔女だから、価値のない体に金銭を要求したりして』

『やだー!』


 窓を開いて「誰が枯れ魔女じゃい!!」と怒りたかった。だが、あいにく窓には板が当てられて、釘が打ち込まれていた。

 ひとまず、お喋りな小鳥は板をどんどん叩いて追い払う。

 昨晩はぐっすり眠ったので、目覚めはまあまあいい。しかし、一階にアロイスがいるのを思い出して、途端に憂鬱になった。


「はあ」


 ため息をひとつ零し、何もかも現実だと受け止め、身支度を始める。

 風呂場に設置した洗面所で、自らの顔を覗き込む。

 目の下に、くっきりあるくまは、どれだけ肌の手入れをしても消えやしない。毎日夜更かししているので、一生このままなのだろう。闇魔法使いらしい特徴である。

 くまの上にある瞳は、湿った場所に生える苔のような緑色をしていた。これも、相変わらず。子どものときは新緑のようにきれいだ、なんて言われていた。家族に捨てられた瞬間に、新緑色の瞳も濁ってしまったのかもしれない。

 首筋にかかる程度に切りそろえられた黒い髪だけは、ツヤツヤである。

 魔法使いは長い髪を自慢とする。というのも、髪は魔力の通り道なのだ。大地と髪が近づくことにより、多くの魔力を自身に引き入れることを可能とする。

 闇魔法使いは、それを必要としない。魔力は、夜になれば豊富にあり、それを取り込めるから。

 長い髪は手入れが大変なので、いつもこの長さに揃えている。

 顔を洗い、歯を磨いて、自慢の黒髪には丁寧に櫛を入れた。寝間着代わりの古いローブを脱ぎ捨て、冬用のローブを着込む。

 深々と頭巾を被ったら、身支度は調った。

 本日二度目のため息を零してから、一階へと降りる。


「おはようございます」


 アロイスは、日の出よりも明るい笑顔で挨拶してきた。


「朝から目が潰れる」


 ユースディアの発言に、小首を傾げていた。それすら、様になるのだから、神はこの見目麗しい青年に、二物も三物も祝福を与えたのだなとしみじみ思ってしまった。


「あの、身支度を行うために、台所の水を少々いただいてしまいました。代金はお支払いします」


 差し出された銀貨を、ユースディアは受け取った。別に、少しであれば無償で使ってよかったのだが、くれる金はありがたくいただく。

 青年の美貌は、風呂に入らずとも輝いていた。が、よくよく見たら、アロイスの顎に切り傷が入っていた。


「顎、どうしたの?」

「ナイフで髭を剃っていたら、うっかり切ってしまいまして」


 見目のいい男は髭なんて生えないだろうと思ったが、何も生えていなければナイフなんて当てないだろう。不思議な生き物の生態だと考えながら、昨日割れた瓶の山から、軟膏を拾い上げる。

 瓶にヒビが入っているだけで、中身は無事だ。


「これ、傷薬よ。使ったら?」

「おいくらなのでしょうか?」

「いいわよ、そんなの。床に落としてしまったから、どうせ売り物にはならないわ」


 アロイスの手に傷薬を押しつけ、ユースディアは台所を目指す。

 ムクムクが木の実を囓っていたので、昨晩の様子を聞き出した。


「あの人、どうだった?」

『めちゃくちゃ礼儀正しかったですよお。リス相手に、頭を下げておやすみなさいとか言ってましたもん』

「そう」


 小動物の前では侮って、態度を変える者もいる。しかしアロイスは、ムクムクにも敬意を示すような態度だったらしい。


『ご主人、結婚話を、受けたらどうですか?』

「は!? なんで私が、あの男と結婚しなければならないのよ」

『だって、もうここに村人はやってこないですし、家は今にも崩壊しそうですし』


 ムクムクの言葉はド正論である。しかし、長年ひとりでやってきたという、ユースディアの矜持が結婚を許さなかったのだ。


『このまま、ひとりで朽ちていくのですかあ?』

「ええ。そうなるのが、沼池の魔女に相応しいでしょう?」

『かわいそう! ご主人、かわいそうですう!』

「うるさいわね、毛むくじゃら! それ以上無駄口を叩いたら、リス団子にして、おいしい鍋にするわよ!」

『ひえええええ!』


 ユースディアのドスの利いた脅しに、ムクムクがガクブル震えながら物陰に隠れていた。

 木の実を忘れていると差し出しても、『太らせて、食べる気なんですかあ!?』という悲壮感漂う声が返ってくる。


「あなた雑食だから、すこぶるまずそうだわ。リス団子にする価値すらないわよ」

『それはそれで、酷いですう~~!』


 よくわからない、ムクムクの心情であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] あら面白いー [一言] 一話読ませて頂きました。 わくわく 読破させていただきますね!
[一言] ムクムクおちゃめで、かわいいです♥️
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ