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守銭奴魔女ですが、あまあま旦那様にほだされそうです  作者: 江本マシメサ
第四章 沼池の魔女は、呪いについて本腰入れて調査する
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魔女は生還する

 ごうごうと、燃える。見渡す限りの炎に呑み込まれ、ユースディアはもがき、苦しんでいた。

 これが、闇魔法を使った対価だ。

 地面から燃える手が、ユースディアのほうへと差し伸べられる。

 こっちへこい、こっちへこいと誘っているようだ。

 炎を避けつつ逃げていたら、転倒してしまう。燃える手が、ユースディアの足を掴んでいたのだ。

 悲鳴をあげ、掴まれていないほうの足で手を蹴る。すると折れたが、手は足から離れない。

 炎が足に燃え移る。

 全身、炎に呑み込まれそうになった瞬間、ひんやりと冷たい手が、ユースディアの炎を払っていった。


「――ディア、――スディア」

「うっ……」


 誰かが、ユースディアを呼んでいる。それは、誰なのか。応えても、いいものか。


「ユースディア!!」


 彼女の名を知る者は、世界でひとりしかいない。

 ユースディアの夫、アロイス。


「助けて――アロイス!!」


 アロイスの名を叫んだ瞬間、炎は消えた。そして、ユースディアの意識は覚醒する。

 目を覚ますと、アロイスがユースディアの手の甲に口づけしていた。


「何、してんのよ」


 目覚めの一言は、自分でも信じられないくらい辛辣であった。


「ディア!! ああ、よかった」


 アロイスは素早く額に口づけを落とし、「少し待っていてください」と言って出て行った。すぐに、医者を伴って戻ってくる。看護師もいて、あっという間に大勢の人達に囲まれてしまった。

 視界の端に、テレージアを発見する。瞳を潤ませ、ユースディアのほうを見つめていた。


「問題ないでしょう。あとは、薬を飲んで、数日安静にしていれば問題ありません」

「先生、ありがとうございます」


 アロイスは医者に深々と頭を下げる。テレージアも、過剰なまでに感謝の気持ちを伝えていた。

 医者と看護師がいなくなると、テレージアが膝をついてユースディアの手を握る。


「よかったわ……本当に。あなた、出血が酷くて、危ない状況だったのよ」

「ええ」


 国一番の回復魔法を使える医者を呼び、治療させたという。


「魔法は信じてなかったけれど、あなたを助けてくれたわ」

「アロイスが呪われているということも、信じてくれる?」


 テレージアは唇を噛みしめ、目を伏せる。そして、ゆっくりと頷いた。

 アロイスが事件について話すのと同時に、闇魔法にまつわる呪いについて説明したようだ。そこでやっと、信じる気になったらしい。


「ディアさん。あなたが、闇魔法使いであることも聞いたわ。ずっと、アロイスを助けるために、スクロールを作っていたことも」


 テレージアは涙を流しながら、「ありがとう」と感謝の気持ちを伝える。


「ディアさん。元気になったら、ゆっくり話しましょう」

「そうね。お義母様の、ロマンス小説のコレクションも、見せていただくわ」

「ええ。オススメの本を、教えるから」


 テレージアは部屋から去って行く。残ったアロイスは、今にも泣きそうな顔でユースディアを見つめていた。


「フェルマー卿の傷口には、闇魔法の魔法陣が刻まれていました。専門家に確認したところ、受けた傷をそのまま返す“反転魔法”だろうと」

「間違いないわ」

「あの男は、ディアに、酷い怪我を負わせていたのですね」

「ええ。でも、闇魔法を使って返してやったから」


 大丈夫だと言っているのに、アロイスは辛そうなまま。早く元気になって、背中でもバン! と叩かないといつもの彼にはならないのだろう。

 説明せずとも、アロイス側は事情を把握しているようだった。

 かつて、闇魔法使いの使う反転魔法はもっとも恐れられていたという。そのため、闇魔法使いを攻撃するときは、手足を縛って行わなければならなかったらしい。

 闇魔法について知っているようには思えないオスカーは、アロイスを呪った張本人ではなかった。


「フェルマー卿はどうなったの?」

「容態は安定しています」


 オスカーはユースディアと同じように出血したが、ユースディアのように危険な状態にもならず、快方に向かっているらしい。ユースディアよりも体が大きいので、出血していても危機的状況には陥らなかったようだ。

 今は起き上がり、食事ももりもり食べているという。傷口もほぼ塞がっていると。


「ちょっと待って。傷口が塞がっているって、国王陛下の生誕祭から、何日経っているの?」

「三日です」

「三日!?」


 感覚的には、数時間昏睡状態だったのだろうと思っていた。思っていた以上に、意識を失っていたのだ。


「っていうか、あなた、国王陛下の生誕祭をすっぽかして、私を助けにきて大丈夫だったの?」

「ディア以上に、大事なものはありません」

「忠誠心ゼロの騎士なんて、誰も信用しないわよ。クビになったらどうするの!?」

「私達のことを誰もしらない土地に行って、一緒に暮らします? 野菜を作ったり、森に木の実を採りに行ったり、湖で魚を釣ったり。楽しそうだと思いません」

「それは――楽しそうだけれど!」

「でしょう?」


 現実逃避をしている場合ではなかった。


「あなた、どうしてあのタイミングで私を助けにきたの?」

「家令が、王宮までディアの手紙を届けてくれたのですよ」

「私、あなたが帰宅したら、手渡すようにと伝えていたのだけれど」

「ディアの侍女が、ディアの様子がおかしかったので私に伝えるよう、家令に訴えたようです」

「そう、だったのね」


 家令自身も、ユースディアの言動が引っかかっていたため、動いたのだという。


「王太子殿下は、私の呪いについてよくご存じだったので、許可してくださいました。それだけでなく、一小隊を率いるようにと、おっしゃってくださったのです」


 アロイスは迅速に行動し、ユースディアが手紙に書いていた場所へ駆けつけることができたのだという。


「無事とは言えなかったのですが、助けることができて、本当によかったなと」


 ここで初めて、アロイスは目を細める。微笑みというよりは、安堵したといった感じの表情であった。

 ユースディアはある疑問を、口にする。


「怒らないの?」

「なぜ?」

「だって私、あなたに相談せずに、明らかに怪しい呼びかけに応じたでしょう?」

「フェルマー卿に対して怒ってはいますが、ディアには怒っていません。こうして目覚めてくれたので、今は感謝の気持ちしかないですよ」


 ただ、今回みたいな行動を繰り返すようであれば、怒るかもしれないと付け加えた。

 ユースディアは感謝の気持ちを、ポツリと伝えた。


「助けに来てくれて、ありがとう……」

「ありがとうと、言わなければならないのは、私のほうですよ」

「でも、あなたが来てくれなかったら、死んでいたかもしれないわ」


 黒衣の者達は、オスカーが雇った傭兵だったらしい。もしも、アロイスが駆けつけなかったら、ユースディアは危険な状況に陥っていただろう。

 今回、ユースディアは無事だった。それを喜ぼうと、アロイスは言う。

 怒りをぶつける相手は、オスカーだけでいいと。


「フェルマー卿は現在、意識が明瞭なため取り調べを行っています」


 しかし、何も喋らないという。もしかしたら魔法で封じられているのかもしれない。そう思ったが、オスカーは魔法にかかっていなかった。


「数日続けて無言を貫くようであれば、私も取り調べに参加しようと思います。経験がないので上手くできるか、わかりませんが」


 謙遜の言葉を口にしていたものの、瞳は怒りでメラメラ燃えているように見えた。


「まあ、ほどほどに」


 最後に、アロイスより衝撃的な情報がもたらされた。


「事件が起きた日、義姉にも話を聞こうと離れにいったところ、もぬけの空でした」

「な、なんですって!?」


 リリィより、以前オスカーとフリーダが行動を共にしていたという話を聞いていた。その情報を頼りに、何か関与しているのではと思い、向かっていた最中での発覚だったようだ。


「もしかして、ヨハンも一緒にいなくなったの?」

「いえ、ヨハンは離れにいたので、保護しています。ディアのことを心配していたので、元気になったら会ってやってください」

「そう。よかったわ」


 逃走に、子どもが邪魔になると思ったのだろう。現在、騎士隊が調査しているという。


「三日間、騎士隊の調査をかいくぐって、どこに行ったのかしら」

「おそらく、どこかに彼女を匿っている者がいるのでしょう」


 姿を現すのも時間の問題だと、アロイスは予想していた。


「どうして、そう思うの?」  

「ヨハンを、取り返しにくるはずです」


 それは、愛情からの行動ではない。ヨハンがいないと、目的を達成できないからだ。


「フリーダの目的って、アロイス、あなたでしょう?」

「いいえ、私ではありません。公爵家の、財産です」


 アロイスに言い寄っていた理由を考え――その可能性にゾッとしてしまった。


「私は、義姉が闇魔法使いであったのではと、推測しています」


 離れを探ったが、それらしき証拠はいっさい見つからなかった。これまでも尻尾を掴ませなかった闇魔法使いである。証拠隠滅も完璧だったのだろう。


「もしかして、あなたのことが好きだと言っていたのは、呪ったのがフリーダとばれないための工作、だったの?」

「その可能性が高いです。始めは、闇魔法なんか使わずに私に言い寄っていたのでしょう」


 けれど、鋼の理性を持つアロイスは、フリーダになびかなかった。手に入れられない男なんて、必要ない。そう切って捨てたのだろうか。

 フリーダはアロイスを呪い、ヨハンを利用して公爵家の財産を手に入れようとしている。

 ゾッとするような計画だ。


「兄の死も、少々不可解な点があったのですが、もしかしたら――」


 兄レオンの死も、フリーダが闇魔法で命を葬ったのだろうか。だとしたら、あまりにも恐ろしい、計画的で悪辣あくらつな犯行だ。


「フリーダ……絶対に許さないわ」


 震えるほどの怒りを覚えるユースディアを、アロイスが優しく抱きしめた。


「起きたばかりなのに、いろいろと話してしまってすみませんでした」

「いいわ。気になっていたことだったから」

「今日は、ゆっくり休んでください」


 ユースディアはコクリと頷く。アロイスはゆっくりと、ユースディアを寝かせてくれた。


「おやすみなさい、ディア」

「おやすみ、アロイス」


 事件は解決していない。フリーダを、捜さなければ。

 決意を胸に、ユースディアは瞼を閉じた。

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