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守銭奴魔女ですが、あまあま旦那様にほだされそうです  作者: 江本マシメサ
第四章 沼池の魔女は、呪いについて本腰入れて調査する
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魔女は闇魔法を使う

 国王の生誕祭は、大いに盛り上がっているようだ。道行く人達は、露天で売っている食べ物をおいしそうに頬張っていた。

 夜の花火が楽しみだとか、パレードが素敵だったとか、さまざまな会話がユースディアの耳に届く。

 皆が安全に国王の生誕祭を楽しめるよう、アロイスは奔走していたのだ。話を聞いていると、誇らしい気持ちになる。

 一度足を止めて、王城を振り返った。

 天を衝くようにそびえ立つ城――そこに、アロイスがいる。

 ふいに、胸が、ぎゅっと締めつけられた。

 ユースディアは、アロイスの財産目的で結婚した。けれど、一緒に過ごすうちに、アロイス自体も欲しくなったのだ。

 沼池の魔女はごうつくばりで、欲張りなのだ。

 歴代、そういう性質の者が技術を引き継いでいるので、仕方がない話である。

 もしも、夜宴にアロイスを呪った者がいるならば、捕まえて殴り飛ばしてやる。ユースディアはそう、心に決めていた。

 時間が経つにつれて、通りに人が増えていく。誰も、黒衣のユースディアなんて気にしない。各々、祭りを楽しんでいるようだった。

 今宵は満月。地上に魔力が満ちるとき。

 一歩、一歩と進むうちに、緊張感が高まっていく。

 足早に進んでいたのに、途中で声をかけられてしまった。


「お姉さん、国王陛下の生誕祭を記念した、夜明灯やめいとうはいかがかな?」


 露天の店主が掲げたのは、紙で作られた王家の紋章入りのランタンであった。

 中には粗悪品の魔石が入っており、周囲をほんのりと照らしている。おそらく、一晩保つか保たないかくらいの品質だろう。

 この先、暗くなるかもしれない。ユースディアは店主にコインを渡し、夜明灯を受け取った。

 それから、人と人の間を縫うようにして、下町のほうへと進んでいく。


 月明かりが、思いのほか路地を明るく照らしていた。

 体が、いつもより軽い。長年馴染んでいる自身の中に刻まれている闇魔法の呪文が、活性化されているからだろう。普段から感じる倦怠感が嘘のようだった。

 闇魔法使いの夜宴とは、いったい何が行われているのだろうか。怪しさだけは満点である。

 一時間後――ようやくたどり着いた。


「ここね」


 独り言を呟きつつ、窓から中の様子を覗き込む。何やらぼんやりと灯りが見えるものの、周囲の状況はいまいちわからない。人の気配もないように思える。

 国王の生誕祭に乗じたいたずらだったのか。そんなことを考えていると、扉がギイ……と不気味な音を立てて開いた。


「――ッ!!」


 思いがけない物を見て、悲鳴を上げそうになった。

 扉の内側には血で描いた魔法陣が描かれていて、中心にナイフに刺さったヘビがぶらさがっていたのだ。まだ生きているようで、尾がゆらゆらと動いている。

 これは、扉を自動で開け閉めする趣味の悪い闇魔法であった。ユースディアはナイフを取り出して、ヘビを断つ。すぐに息絶え、動かなくなった。


「最悪」


 ここで、本物の闇魔法使いが関わっているものだとわかってしまった。 

 いったい、誰が仕掛けたものなのか。腹立たしく思いつつ、建物の中へと足を踏み入れた。

 夜明灯で室内を照らしつつ、先へと進む。ただの民家のようだが、埃っぽくて生活感はまるでない。足下には火が灯った蝋燭が置かれた髑髏されこうべが、不気味な様子で並んでいた。

 髑髏のある方向へ進むよう、促しているのだろう。

 会場となった家には地下部屋があった。髑髏は、階段にもポツポツと置かれてあった。

 ユースディアは警戒しつつ進んでいく。

 階段を下りた先でやっと、人の気配を感じる。通路を進んだ先に、おそらく十名以上の人々がいるだろう。

 胸はバクバク。やたら喉が渇いていた。

 ここから先に進んだら、きっとあとには戻れないのだろう。

 息を大きく吸い込んで――吐く。大丈夫、大丈夫と言い聞かせても、落ち着かない。それどころか、不安な気持ちはふくらんでいくばかりだ。

 それでも、行くしかない。アロイスの呪いを解くヒントがあるかもしれないからだ。

 コツン、コツンと、靴の踵の音が鳴り響く。

 扉の前までやってきたユースディアは、思いっきり蹴り開けた。

 古くなっている扉だったのだろう。蝶番ちょうつがいは外れ、あっさり倒れる。

 扉の向こう側には、鳥に似た仮面を被った黒衣の闇魔法使いがいた。ユースディアが扉を蹴って開けるとは想像もしていなかったからか、うろたえているように見えた。

 ざまあみろと、内心思う。

 部屋は、四方を囲むように髑髏の蝋燭が並べられただけの、薄暗い空間であった。中心には祭壇が置かれ、背の高い男が血で赤く染めた髑髏を手に持った状態でユースディアを見つめていた。


「あなた達ね、国王陛下の生誕祭に、何をしているのよ」


 ユースディアの問いかけに、答える者はいない。

 祭壇に接近すると、周囲にいた闇魔法使いはユースディアに道を譲る。そのまま部屋の外へ出て行った。

 部屋には、ユースディアと男がふたりきりになる。


「ねえ、呪いをかけたのは、あなたなの?」


 証拠はないのに、責めるようにユースディアは問いかけた。仮面を付けているので、相手がどのような表情をしているかはわからない。けれど、何か憎しみのような感情が、ユースディアに向けられているような気がしてならないのだ。


「それとも、誰かに依頼されたのかしら? 早く、言ったほうがいいわよ。私を敵に回したら、大変なことになるんだから」


 思っていた以上に、口が堅い。

 いったい何の目的で、ユースディアを呼び出したのか。


「ねえ――」


 そう声をかけた瞬間、急に男が動く。祭壇にかけてあった布をユースディアに投げつけ、体当たりしてきた。


「ぐっ!?」


 想定以上の衝撃に、奥歯を噛みしめる。ユースディアの体は宙を舞い、床に叩きつけられたあともぐるぐると転がって壁にぶつかる。

 視界の端で、髑髏と蝋燭がバラバラに飛び交っていた。黒衣に火が移らなくてよかったと安堵したのもほんの数秒のこと。

 みぞおちが、信じられないくらい熱いのに気づいた。何かの魔法か。そう思って触れたら、ぬるりとした液体状のものに触れた。


「――え?」


 それが何か、理解するのに数秒かかった。熱の正体に気づいた瞬間、鋭い痛みに襲われる。

 よく熟れた桃から、汁が滴り落ちるようだとユースディアは他人ごとのように思う。

 血がこれ以上滴らないよう、拳を握って押さえた。

 ぶつかっただけだと思っていたが、どうやら鋭利な何かで刺されていたようだ。

 頭上より、「ハア、ハア」という荒い息づかいが聞こえた。顔を上げると、手には真っ赤に染まったナイフを握った男がいた。

 仮面の奥にある瞳と、視線が交わる。どこかで見た記憶のある目だった。


「俺の周囲を、こそこそ嗅ぎ回りやがって!!」


 どこかで聞いた声である。そう思ったのと同時に、男は手にしていた血まみれのナイフを再び振り上げた。

 出血のせいか、上手く体が動かない。ユースディアは歯を食いしばり、衝撃に備えた。


「ぎゃあっ!!」


 悲鳴はユースディアのものではなく、男のものだった。

 ナイフを握る手に、ムクムクが噛みついていた。

 臆病なムクムクが、勇気を振り絞ってユースディアを助けてくれたのだ。胸がジンと震えるのと同時に、ユースディアは反撃を試みる。


「まったく、ふざけたことをしてくれたわね」


 傷口から手を離す。血が、ドクドクと傷口から湧き出てきた。ユースディアは指先で血を掬い取り、魔法陣を描いた。


「これが、正真正銘の、“闇魔法”よ!!」


 血で真っ赤になった手のひらを、魔法陣の上に叩きつけた。


「クソ、クソ! この、リスめ!!」

『ううううううう!!』


 男が手を大きく振りかぶった瞬間、ムクムクの体は宙を舞った。石の床の上に叩きつけられ、動かなくなる。


「ふん! 人間様を噛みつくから、そうなるんだ。因果応報だっ――!」


 男は立ち止まり、口の端からツーと血を滴らせる。


「は?」


 腹部を押さえ、糸が切れた操り人形のように膝を突いた。


「な、な、なんだ、こ、これは!?」


 男は、腹部から手を離す。すると、手のひらが真っ赤に染まっていた。


「なっ、う、うわあああああああ!!!!」


 血が、噴水のように噴き出てきた。男は床の上に転がり、ジタバタと暴れる。


「クソ、魔女!! 俺に、何をしたんだ!?」

「反転魔法、よ」


 ユースディアはのっそりと立ち上がり、男の問いかけに答える。

 視界が、ぐらりと揺れた。怪我は塞がったが、失った血は取り戻せない。すこぶる気分は悪かったが、男に悟られないよう毅然とした態度でいるよう努めた。


「反転、魔法、だと? な、なんだ、それは!?」

「受けた傷を、相手にそのまま返す闇魔法よ。あなたの言葉を借りるならば、因果応報、ね」

「ば、化け物!!」

「何が化け物よ。人のことをナイフで突き刺しておいて。あなたのほうが、よほど化け物のように思えるわ」

「う、うるさい!!」


 ユースディアはため息を吐きつつ、床に転がっているムクムクを抱き上げた。

 気まずそうな表情なムクムクと、目が合う。


『ご主人、その、大丈夫ですか?』

「おかげさまでね」

『よ、よかったですう』


 ユースディアは安堵の息を吐くムクムクをポケットに入れ、床の上でのたうち回る男の仮面を引き剥いだ。


「や、止めろ!」

「何が止めろ、よ」


 男の顔を見て、ユースディアは「やっぱり」と呆れたように呟く。


「フェルマー卿、あなた、自分が何をしたのか、わかっているの?」

「う、うるさい」

「あなたは――闇魔法の使い手ではないわね」


 もしも闇魔法に精通していたら、ユースディアを刺すなどという愚かな行為は働かなかっただろう。

 闇魔法は血肉を使って行う魔法がある。その中でも、受けたダメージを相手に返す反転の呪術は、闇魔法を代表するようなものだ。


「誰かに頼まれたの?」

「……」

「早く答えないと、出血多量で死んでしまうわよ」

「……さい」

「ん?」

「うるさい!!」


 オスカーが叫んだのと同時に、先ほど部屋から出て行った黒衣の者達が戻ってきた。


「お、おい、お前ら、この、この女を、殺せ!!」


 金で雇った者なのか。ユースディアはチッと舌打ちする。

 反転の魔法は多勢に対して発動するのは不可能に近い。黒衣の者達は、十名以上いる。

 もう一つ、血を使った攻撃魔法があるが、先ほど刺されて血を失ったばかりである。これ以上血を失ったら、ユースディアも危機的な状況に追い込まれてしまう。

 だんだんと、視界が歪んできた。奥歯を食いしばった。


「フェルマー卿……。私を殺したら、夫が、黙って、いないわ」

「口が減らない女だな。おい、この女を殺した者には、追加で金貨十枚払うぞ!!」


 オスカーがそう叫んだ瞬間、ユースディアは腰ベルトのナイフを引き抜いた。

 血を、肉を、捧げよう。

 闇魔法の恐ろしさを、今こそ知らしめてやる。

 そんな気分で、ユースディアはオスカーと対峙していた。


「殺せ!!」

「誰が、誰を、殺す、と?」


 落ち着いているのに、どこか激しく燃えるような声が聞こえる。

 よくよく知っている声を耳にしたユースディアは、その場にぺたんと膝をつく。


「お、お前は――アロイス・フォン・アスカニア!?」


 オスカーの言葉に反応せず、アロイスはユースディアのもとへ駆け寄った。


「ディア!!」


 抱きしめようと触れた瞬間、血で濡れた部分に触れたのだろう。ギョッとしていた。


「ディア、怪我を!?」

「大丈夫。私は、平気。それよりも――」


 黒衣の者達を警戒したほうがいい。そう言おうとした瞬間、バタバタと大勢の者が押し寄せる足音が聞こえた。


「抵抗する気がない者は、壁際に立って両手を頭の後ろに回せ!!」


 騎士隊が、駆けつけたようだ。黒衣の者達は大人しく、壁際に寄っていた。


「ディア、もう、心配はいりません」

「ええ、そう――」


 言い切らないうちに、ユースディアの意識はぷつりと切れる。

 目の前が、真っ暗になった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ディアさん、反転魔法を使えて良かったよ~!
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