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守銭奴魔女ですが、あまあま旦那様にほだされそうです  作者: 江本マシメサ
第四章 沼池の魔女は、呪いについて本腰入れて調査する

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魔女は義母と分かち合う

 姫はぱちぱちと目を瞬かせ、スクロールを見下ろしている。


「あの、この国では、スクロールが普及していますの?」

「いえ、稀少な物です」

「ですよね」


 千年以上も前に作られたスクロールが、現代まで残っていて高値で取り引きされることもある。中には、屋敷が買えるほどの金額がついたスクロールもあった。それほど珍しく、稀少なのだ。


「先ほどのスクロールは、闇魔法のスクロールでしたね」

「ええ……。公爵家の秘宝を、いただいたので、その、護身用に、持ち歩いておりました」

「まあ、すてき!」

「しかし、よく、ごぞんじでしたね」

「我が国では、一般的な教養ですわ」

「そう、なのですね」


 国によって、魔法文化についての知識は異なる。隣国では多くの魔法使いがいて、魔法の学習にも力を入れているらしい。


「その闇魔法のスクロールは、大変貴重なお品では?」

「そう、ですね」


 たった数分の会話で、ユースディアは全身に汗を掻いてしまう。なんとか誤魔化せたようだが、闇魔法のスクロールを持っているというのは、明らかに怪しい。

 バレたのが、姫でホッとする。


「では、失礼を」


 ごきげんようと行って去ろうとしたのに、姫が「あ!」と声をあげる。


「どうかしましたか?」

「闇魔法といえば――先ほど、闇魔法について話しをする男女を、発見してしまったのです」

「なっ!?」


 まさか、姫の口から闇魔法について出てくるとは。


「王太子殿下とお別れしたあと、柱廊から庭に出て気分転換をしようとしていたら、東屋にいた男女が、ヒソヒソと話していました。姿はよく見えなかった上に、話の内容もよくわからなかったのですが」


 怪しいとしか思えない。いったい誰だったのか。気になるが、そこまでは確認できなかった。


「そのようなことがあったのですね。ご無事で、何よりです」

「ディア様、大丈夫ですよ。今宵は新月ですので、闇魔法は使えません」

「あ――そう、ですね。姫は、闇魔法について、本当によくご存じですね」

「はい。一般的には邪悪なイメージのある闇魔法ですが、怖いのは一部の悪い魔法使いで、闇魔法自体は恐ろしい話ではないのですよ」


 闇魔法についての誤解や偏見がないようで、ユースディアはホッと息をはく。

 ただ、闇魔法についてはあまり現代では話題に上がらない。なぜ、姫は正しく理解しているのか。ユースディアは質問してみた。


「闇魔法については、私の国では絵本があるんです。ほとんどの国民はそれを読んでいますので、闇魔法使いについて悪い印象は持っていないのですよ」


 その本がこの国で普及されていたら、どんなによかったのか。しみじみと思ってしまう。

 ここで、扉が叩かれる。アロイスが、ユースディアを迎えに来たようだ。


「アロイス様、ごめんなさい。長い時間、ディア様を占領してしまって」

「楽しい時間を過ごされたようで、何よりでございます」


 姫とは笑顔で別れた。

 アロイスとふたり、王宮の廊下を歩く。いまだ、胸が緊張でドキドキと高鳴っていた。

 そんな状態の中で、アロイスがさらに追い打ちをかけるようなことを言う。


「ディア、そういえば、王女殿下がいらっしゃっていたのですよ。私に会いにきたと言っていましたが、ディアのことも気にしている様子でした」

「へえ、そうだったの」

「はい。姫のところにいるとご説明したら、だったらいいとおっしゃり、帰っていかれました」

「ふたりの相性は、あまりよくないようね」

「性格は真逆ですからね。姫が光で、王女は――」

「闇?」


 そう口にしてから、ユースディアはハッとなる。


「どうかしましたか?」


 ここで話せるような内容ではない。アロイスの腕を掴んで別の休憩室へ引っ張っていった。

「ディア?」


 ユースディアは、姫から聞いた話を報告する。離宮の庭で、闇魔法について話している者がいたと。アロイスは事の重大さに気づき、サッと表情を陰らせた。


「姫が行き来できる辺りの庭は、一般には開放されていません」

「つまり、王族に近しい者が、闇魔法について話をしていたってこと?」

「そうとしか、考えられませんね」


 王女が離宮にきていた。もしかしたら、話していたのは、彼女だという可能性がある。


「もうひとり、協力者がいると」

「もしかしたら、その人物が、闇魔法使いの可能性があるわ」

「そう、ですね」


 せっかく姫と楽しい時間を過ごしてきたのに、最後の最後で引っかかるような話を耳にしてしまった。


「ディア、明日からの出仕は、中止したほうがいいのかもしれません」

「なんでよ」

「王女殿下が闇魔法の使い手ならば、ディアも危険な目に遭います」


 アロイスの言葉に、はーーと長いため息を返す。


「あなたね、私を、誰だと思っているの?」

「私の、愛しい妻です」

「違うわよ。森の奥地に住む、沼池の魔女よ! 他の闇魔法使いなんて、敵でもないんだから!」

「ディア……!」


 アロイスはユースディアをぎゅっと抱きしめる。


「私が呪われていなければ、ディアといつまでも幸せに暮らせるのに。この身が、憎いです」

「でも、あなたが呪われていなければ、私とは出会わなかったでしょう?」

「ええ」


 死にまつわる呪いが、ふたりの縁を結んだ。不思議なものである。


「ディアと出会わなかったら、私の人生は暗闇の中にいるままだったのかもしれません。それは、死んでいるもの同然ですね」


 呪われたからこそ、人生に光が差し込んだ。アロイスは、ユースディアの耳元でそっと囁く。


「どうか、無理はしないで。何かあったら、絶対に、私に助けを求めてください」


 ユースディアはアロイスを守り、アロイスはユースディアを守る。そういう対等な関係で在りたいという。


「わかったわ。無理は、しない」

「神に、誓いますか?」

「ええ、誓うわ」


 誓いの言葉は、唇に封じ込めなければならない。

 二人の影は、重なった。


 ◇◇◇


 とうとう、王女の侍女として出仕する日を迎えた。妙な緊張感がある。

 それは、アロイスを呪った魔法使いと対峙するからか。

 それとも、これまで因縁を付けられていた王女に会うからか。

 テレージアが王女の離宮まで同行してくれるという。心強い味方と共に、馬車に乗り込んだ。

 車内は、シーンと静まり返っている。緊張もあいまって、気まずさしかない。

 ユースディアはとっておきの話題を思い出し、テレージアに話しかけてみる。


「そういえば、お義母様。昨日、アロイスに聞いたのだけれど」

「何よ?」

「ロマンス小説が大好きなようで」


 質問した瞬間、テレージアは咽せ始める。激しく咳き込んだので、ユースディアは背中を撫でてあげた。


「あの子は、余計なことを……!」

「私も、好きなの」

「え?」

「私を育ててくれた人が、ロマンス小説が大好きで」

「あら、そう、なの?」

「ええ。“川から川へ流れぬ”とか、寝る時間も惜しむほど、夢中になって読んだわ」

「か、“川から川へ流れぬ”ですって!?」


 テレージアはクワッと、目を見開いて接近する。そして、早口で作品についてまくし立てた。

 川から川へ流れぬ――百年前に発売された伝説ともいえるロマンス小説で、初版の十万部は瞬く間に完売した。しかし、発売から一ヶ月後、発禁本として回収されたらしい。


「当時の王太子と侍女の恋を、赤裸々に書いた作品だったの。王家の名誉に関わるとかで、すべて回収されてしまった稀少な本なのよ」


 評判だけが年々語り継がれるような名作だったらしい。


「それを、私より若いあなたが、読んだことがあるですって!?」

「ええ、読んだわ」

「今、その本は!?」

「実家の地下に、あるわ」


 一応結界はかけてあるものの、妖精や精霊にいたずらされているかもしれない。保存状況は怪しいものである。


「ご家族に頼んで、送っていただけないの!?」

「あ、私、家族はいないの。亡くなってしまったわ」

「え?」

「育ててくれた人も、本当の家族ではないのよ。ずっと、森の奥にある家で、ひとりで暮らしていたわ」

「そう、だったのね」


 この辺の事情を、テレージアにまったく話していなかった。


「あなたは、貴族の娘では、なかったのね」

「そうよ。てっきり、気づいていたと思っていたわ」


 テレージアは首を横に振る。


「どこかの当主が、愛人にでも生ませた子だと考えていたのよ。あの子、アロイスがあなたについて、まったく話さないものだから」

「ごめんなさい。貴族の生まれでなくて、ガッカリしたでしょう?」

「いいえ、もう、今となっては関係ないと思っているわ。だって、フリーダなんか歴史ある伯爵家の娘だというのに、あんなに奔放で……!」


 フリーダについては、かなり怒っているようだ。


「やっと追い出したと思ったのに、今は堂々と離れに男を連れ込んでいるのよ! はしたない娘だわ!」

「でも、フリーダの本命は、アロイスなのでしょう?」

「いいえ、家に連れ込んでいる男が、本命に決まっているわ!」

「そう、なの。おかしいわね……」


 以前も、リリィが街でフリーダが男を連れている様子を発見した。いったい、誰を寵愛しているのか。


「フリーダがアロイスに言い寄っている目的は?」

「家を追い出されたくないのでしょう」


 逆に、迷惑行為を働くことで、追放されそうだが。その辺、フリーダが何を考えているかは謎である。何回か話したが、彼女の思っていることなど想像すらできない。

 それは、テレージアも同じようだ。フリーダには、相当手を焼いたという。


「大事なのは家柄だと言うけれど、フリーダとのことで疲れてしまったの。家族として暮らすならば、心を重要視したいわ」


 貴族失格かもしれないけれど、とテレージアは付け加える。


「あなたがやってきてから、アロイスは雰囲気がやわらかくなったわ。笑顔も、見せてくれるようになった。周囲がどれだけ頑張っても見られなかったものを、ディアさん、あなたは数日とたたずに引き出してくれたの。その点は、感謝するわ」

「まあ、それほどでも」


 褒められると、照れてしまう。そんなユースディアを見て、テレージアは初めて微笑んだ。


「ディアさん。今度、あなたが暮らしていた家に行くわ」

「いや、なんにもないところなんだけれど」

「以前アロイスが言っていたの。とても、美しい場所だったと。一回、見て見たいわ」

「でも、最大の目的は“川から川へ流れぬ”でしょう?」

「もちろんよ。他にも、貴重な本があるかもしれないわ」

「たくさんあるから、全部持って帰りましょうよ」

「楽しみにしているわ」


 ロマンス小説の効果か。それとも、身に関わることを話したからか。

 テレージアとの距離が、ぐっと縮まったような気がした。

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[一言] 語り合える趣味友は大事だよね
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