魔女はちびっこ達と出かける
王女からの贈り物は、頻度は減ったものの週に三度は届く。
オスカーはふてぶてしい態度で、贈り物の箱を差し出した。
「王女様ったら、国王陛下の生誕祭があるというのに、暇なのかしら?」
「つべこべ言わずに、受け取れ」
「はいはい」
オスカーは、王女の騎士とは思えないほど短気である。
彼について、ムクムクに調べさせた。
オスカー・フォン・フェルマー。
新興貴族であるフェルマー男爵家の四男で、王女の親衛隊の中でも下っ端中の下っ端だという。家柄を考えたら、親衛隊に入れただけでも奇跡だろう。いったいどういった縁故があるのか。探ったが、見つけられなかったという。
本日はユースディアのほうから、王女について探ってみる。
「そういえば、王女殿下はどんな御方なの?」
「どうしたんだ、突然」
「こんな素晴らしい贈り物を用意してくださるかたが、どんな御方なのか気になるのよ」
めんどくさいという言葉が、顔に書いているような表情を浮かべる。
「ケチな男ね。少しくらい、教えてくれてもいいでしょう?」
「誰がケチな男だ!」
オスカーは渋々といった感じで、王女について話し始める。
「王女殿下は、恋に生きる御方だ」
「恋――その相手は、私の旦那様?」
「まあ、そうだな」
恋に溺れる少女が、夢かなわずに失望し、闇魔法に傾倒する。なんら、おかしな話ではない。
死と血肉、それから月光を象徴とする闇魔法は、傷心した心に優しく寄り添ってくれる。過去、恋に生きた多くの者達が、闇魔法に傾倒していたという昔話を、先代から聞いた記憶が残っていた。
「普段は、どんなことをされているの?」
「王家にある地下の書庫で、本を読みあさっていることが多いらしい」
「どんな本を、読んでいらっしゃるの?」
「さあ、それは知らん。近しい者にも、何を読んでいるかまでは教えないらしい。ひとり部屋に籠もって、一日中読んでいるのだとか」
やはり、アロイスを呪ったのは王女だったのか。
恋が成就しないからと言って、好きな相手を呪ってしまう心情は、ユースディアに理解できない。
「なんでそんな話を気にするんだ」
「それは――王女殿下へのお返しが、ネタ切れだからよ。本が好きだったら、何か一冊、贈ろうかしら?」
「もっといいもんを贈れよ。ただでさえ、王家は本をたくさん持っているんだから。今更本なんかもらっても、王女殿下は嬉しかねえだろうが」
「あら、あなたは、本の素晴らしさを知らないのね」
「本なんぞ、読むだけ時間の無駄だろう」
本を読むことによって、人生は豊かになる。無駄だと言うオスカーは、本の素晴らしさに気づいていないのだろう。
ユースディアはロマンス小説のおかげで、この貴族社会を乗り切っている。物語に出てくる礼儀作法やしきたりはかなり詳細で、何度もユースディアを助けてくれた。
「まあ、いいわ。とにかく、今日中に手紙とお返しを送るから」
オスカーは用事が済んだとばかりに、部屋から出て行く。
扉が閉められたあと、ユースディアはふうとため息を吐いた。
オスカーと面会するのは正直疲れる。けれど、今日は収穫があった。
部屋に戻り、王女へ返す贈り物について考えなければならない。そんなことを考えつつ、オスカーから受け取った木箱を手に掴んで立ち上がる。
「――あら?」
オスカーが座っていたところに、忘れ物があった。家紋入りの手袋である。ポケットに入れていた物を、落としてしまったのだろう。
今からならば、間に合うのか。侍女に託したら、裏口のほうへと走って行った。
少々引っかかったので、ユースディアは侍女に質問する。
「ねえ、フェルマー卿って、裏口から出入りしているの?」
「来るときは正面玄関からなのですが、お帰りになるときは裏口を使われるそうです」
「変な人」
オスカーが変なのは今に始まったことではない。気にしたら負けだと思うようにした。
部屋に戻ると、リリィとヨハンがムクムクを囲み、遊んでいる様子が目に飛び込む。
すっかりおなじみの光景となった。
「あなた達は、朝も早くから、飽きないわね」
いつ、ここは託児所になったのか。双方の親に問い詰めたい。
ヨハンがここに来ているということは、フリーダは恋人を連れ込んでいるか、遊びに出かけているかのどちらかなのだという。
以前、フリーダと夕食を共にしたときに、ユースディアはヨハンの話題を口にした。その日以降、こうしてヨハンを託すようになったのだ。
たまに、ヨハンを預けて旅行にまで出かけるので、呆れたものである。
酷い母親だが、ヨハンがひとりで離れにいるよりは安心できるだろう。いくら乳母や侍女が面倒を見てくれるといっても、寂しさまでは満たしてくれないだろうから。
「今日は、街に出て買い物でもしましょうか」
「どこにいくのですか?」
「おもちゃ屋さんに、行きましょう」
「やったー!」
喜ぶヨハンを見ていると、胸がぎゅっと締めつけられる。どうして、このように可愛い子どもを放置することができるのだろうか。フリーダの気持ちは、一生理解できそうにない。
「リリィも行くでしょう?」
「もちろんですわ」
「だったら、あなたにも、可愛いぬいぐるみを買ってあげるわ」
そう言うと、リリィは一瞬嬉しそうな顔をした。しかし、すぐに顔を引き締める。
「わ、わたくしは淑女ですから、もう、ぬいぐるみなんて、必要ありませんの」
「でも、ぬいぐるみのほうが、リリィを必要とするかもしれないわ」
「そういうときは、まあ、仕方がないですわ。受け入れる他、ありません」
リリィの素直じゃない反応に、ユースディアは笑ってしまう。
「何か、おかしくって?」
「なんでもないわ。支度をしましょう」
外は雪が積もっている。寒いので毛皮の外套を着込み、馬車で街まで出かけた。
まずは、ヨハンのおもちゃを買いに向かう。先日、ヨハンは家庭教師が行った試験で百点満点を取ったのだ。その、ご褒美である。
「ヨハンは、どんなおもちゃがほしいの?」
「今、ものすごく、迷っています」
普段は家に商人を呼び、少ない種類の中からおもちゃを選んでいるという。今日は、店舗で多くのおもちゃの中から好きな物を選べるのだ。ヨハンは嬉しくて堪らない、といった様子である。
公爵家の屋敷から馬車で十分。貴族御用達の店が並ぶ通りに、おもちゃを専門的に扱う店はあった。
王室御用達である上に、王都の少年少女に人気が高い店でもある。あらかじめ貸し切りの予約をしていたので、今日はゆっくり選べるのだ。これらは、アロイスがすべて手配してくれた。ヨハンを、実の母親以上に気に懸け、可愛がっている。兄の忘れ形見だから、というのもあるのだろう。
ウサギを模った看板が、屋根に吊り下げられてゆらゆら揺れている。ヨハンはそれに気づき、嬉しそうに報告していた。
店内は木の温もりを感じるような、優しい空間であった。
棚にはさまざまなおもちゃが並べられている。店主は六十代くらいの老齢の男性で、品のいい燕尾服に身を包んだ姿で迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
深々と頭を下げる店主に、ヨハンも同じように挨拶を返す。
「お坊ちゃんは、どんな品物をお探しですか?」
「えーっと、えーっと……!」
キョロキョロと見回す度に、ヨハンの瞳はキラキラ輝く。彼だけではなく、同行したリリィも心ときめかせているようだった。
「あの、どんなおもちゃが、人気なのですか?」
「最近人気なのは、こちらですね」
店主が指し示したのは、王族親衛隊の馬車の模型である。
「王太子殿下の馬車を模したもので、こちらの別売りの騎士も、多くの注文をいただいております」
白い板金鎧の騎士は、白馬に跨がっていた。
「もしかして、こちらの騎士は、アロイス叔父さまの姿を、作った品でしょうか?」
「職人は明言しておりませんが、おそらく、そうだろうという話です」
「わー!!」
アロイスの愛馬は、全身真っ白の美しい馬らしい。白馬の王子様なのかよと、内心こっそり思うユースディアであった。
「馬車は本日入荷したばかりでして、おそらく、三日と経たずに売り切れてしまうでしょう」
「そんなに人気なのね」
「はい」
ヨハンにはもう、馬車と騎士の模型しか見えていないようだ。聞かずとも、心が決まっているのは見て取れる。
「リリィは、どうする? 目で訴えてくるぬいぐるみはあった?」
そう言いながら振り返ると、リリィは黒ウサギのぬいぐるみを胸に抱いていた。
「この子、ムクムクのお友達にいたしますわ!」
「そう」
代金の請求は公爵家に届くようになっている。支払いをするのは、アロイスだ。
もちろん、事前に許可を取っている。リリィの分まで、許可してくれたのだ。相変わらず、金払いのいい男であった。
馬車の模型は家まで届けてくれるという。騎士と馬の模型は、ヨハンが手で持ち帰るようだ。
「ありがとうございました」
店主から見送られ、店を出る。
その後、喫茶店で人気のパンケーキを食べることとなった。人気店で行列に並ぶ必要があるのだが、ここもアロイスが個室を予約していた。
馬車から降りた瞬間、リリィが「あ!」と声を上げる。
「どうしたの?」
「あれ――」
リリィが指差した先には、フリーダがいた。背の高い男を連れている。
恋人同士のように寄り添う姿は、一瞬にして人込みの中へと呑み込まれていった。
いったい誰といたのか。見逃してしまった。
「ねえ、リリィ。一緒にいた男の顔を見た?」
「ええ。でも、一瞬だったから、よくわからなかったわ。どこかで見たことがある顔に思えたけれど、思い出せません」
「そう」
ヨハンが、侍女の手を借りて降りてくる。
「おふたりとも、どうかしたのですか?」
「いいえ、なんでもないわ」
「ささ、ヨハン。パンケーキを食べに行きましょう」
「はい!」
街で噂となっているパンケーキは、信じられないほどフワフワで、夢のようなおいしさだった。
ヨハンとリリィは、満面の笑みでパンケーキを頬張っている。見ているユースディアまで、幸せな気分になるほどだ。
「ディアさまにも、差し上げます」
ヨハンは大事なパンケーキを、一口ユースディアにくれるという。お言葉に甘えて、頬張った。
「あら、本当においしい!」
リリィも、自分だけ食べるのは悪いと思ったのか、ユースディアにパンケーキを一口差し出した。
「一口で充分よ」
「いいから、お食べなさいな」
ヨハンのはイチゴのパンケーキ。リリィのはチョコレートナッツのパンケーキである。
パンケーキから滴るチョコレートソースを手で受け止めつつ、ユースディアはパクリと食べた。
「こっちもおいしいわ!」
「でしょう?」
楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。




