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守銭奴魔女ですが、あまあま旦那様にほだされそうです  作者: 江本マシメサ
第四章 沼池の魔女は、呪いについて本腰入れて調査する

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魔女はちびっこ達と出かける

 王女からの贈り物は、頻度は減ったものの週に三度は届く。

 オスカーはふてぶてしい態度で、贈り物の箱を差し出した。


「王女様ったら、国王陛下の生誕祭があるというのに、暇なのかしら?」

「つべこべ言わずに、受け取れ」

「はいはい」


 オスカーは、王女の騎士とは思えないほど短気である。

 彼について、ムクムクに調べさせた。

 オスカー・フォン・フェルマー。

 新興貴族であるフェルマー男爵家の四男で、王女の親衛隊の中でも下っ端中の下っ端だという。家柄を考えたら、親衛隊に入れただけでも奇跡だろう。いったいどういった縁故があるのか。探ったが、見つけられなかったという。 

 本日はユースディアのほうから、王女について探ってみる。


「そういえば、王女殿下はどんな御方なの?」

「どうしたんだ、突然」

「こんな素晴らしい贈り物を用意してくださるかたが、どんな御方なのか気になるのよ」


 めんどくさいという言葉が、顔に書いているような表情を浮かべる。


「ケチな男ね。少しくらい、教えてくれてもいいでしょう?」

「誰がケチな男だ!」


 オスカーは渋々といった感じで、王女について話し始める。


「王女殿下は、恋に生きる御方だ」

「恋――その相手は、私の旦那様?」

「まあ、そうだな」


 恋に溺れる少女が、夢かなわずに失望し、闇魔法に傾倒する。なんら、おかしな話ではない。

 死と血肉、それから月光を象徴とする闇魔法は、傷心した心に優しく寄り添ってくれる。過去、恋に生きた多くの者達が、闇魔法に傾倒していたという昔話を、先代から聞いた記憶が残っていた。


「普段は、どんなことをされているの?」

「王家にある地下の書庫で、本を読みあさっていることが多いらしい」

「どんな本を、読んでいらっしゃるの?」

「さあ、それは知らん。近しい者にも、何を読んでいるかまでは教えないらしい。ひとり部屋に籠もって、一日中読んでいるのだとか」


 やはり、アロイスを呪ったのは王女だったのか。

 恋が成就しないからと言って、好きな相手を呪ってしまう心情は、ユースディアに理解できない。


「なんでそんな話を気にするんだ」

「それは――王女殿下へのお返しが、ネタ切れだからよ。本が好きだったら、何か一冊、贈ろうかしら?」

「もっといいもんを贈れよ。ただでさえ、王家は本をたくさん持っているんだから。今更本なんかもらっても、王女殿下は嬉しかねえだろうが」

「あら、あなたは、本の素晴らしさを知らないのね」

「本なんぞ、読むだけ時間の無駄だろう」


 本を読むことによって、人生は豊かになる。無駄だと言うオスカーは、本の素晴らしさに気づいていないのだろう。

 ユースディアはロマンス小説のおかげで、この貴族社会を乗り切っている。物語に出てくる礼儀作法やしきたりはかなり詳細で、何度もユースディアを助けてくれた。


「まあ、いいわ。とにかく、今日中に手紙とお返しを送るから」


 オスカーは用事が済んだとばかりに、部屋から出て行く。

 扉が閉められたあと、ユースディアはふうとため息を吐いた。

 オスカーと面会するのは正直疲れる。けれど、今日は収穫があった。

 部屋に戻り、王女へ返す贈り物について考えなければならない。そんなことを考えつつ、オスカーから受け取った木箱を手に掴んで立ち上がる。


「――あら?」


 オスカーが座っていたところに、忘れ物があった。家紋入りの手袋である。ポケットに入れていた物を、落としてしまったのだろう。

 今からならば、間に合うのか。侍女に託したら、裏口のほうへと走って行った。

 少々引っかかったので、ユースディアは侍女に質問する。


「ねえ、フェルマー卿って、裏口から出入りしているの?」

「来るときは正面玄関からなのですが、お帰りになるときは裏口を使われるそうです」

「変な人」


 オスカーが変なのは今に始まったことではない。気にしたら負けだと思うようにした。


 部屋に戻ると、リリィとヨハンがムクムクを囲み、遊んでいる様子が目に飛び込む。

 すっかりおなじみの光景となった。


「あなた達は、朝も早くから、飽きないわね」


 いつ、ここは託児所になったのか。双方の親に問い詰めたい。

 ヨハンがここに来ているということは、フリーダは恋人を連れ込んでいるか、遊びに出かけているかのどちらかなのだという。

 以前、フリーダと夕食を共にしたときに、ユースディアはヨハンの話題を口にした。その日以降、こうしてヨハンを託すようになったのだ。

 たまに、ヨハンを預けて旅行にまで出かけるので、呆れたものである。

 酷い母親だが、ヨハンがひとりで離れにいるよりは安心できるだろう。いくら乳母や侍女が面倒を見てくれるといっても、寂しさまでは満たしてくれないだろうから。


「今日は、街に出て買い物でもしましょうか」

「どこにいくのですか?」

「おもちゃ屋さんに、行きましょう」

「やったー!」


 喜ぶヨハンを見ていると、胸がぎゅっと締めつけられる。どうして、このように可愛い子どもを放置することができるのだろうか。フリーダの気持ちは、一生理解できそうにない。


「リリィも行くでしょう?」

「もちろんですわ」

「だったら、あなたにも、可愛いぬいぐるみを買ってあげるわ」


 そう言うと、リリィは一瞬嬉しそうな顔をした。しかし、すぐに顔を引き締める。


「わ、わたくしは淑女ですから、もう、ぬいぐるみなんて、必要ありませんの」

「でも、ぬいぐるみのほうが、リリィを必要とするかもしれないわ」

「そういうときは、まあ、仕方がないですわ。受け入れる他、ありません」


 リリィの素直じゃない反応に、ユースディアは笑ってしまう。


「何か、おかしくって?」

「なんでもないわ。支度をしましょう」


 外は雪が積もっている。寒いので毛皮の外套を着込み、馬車で街まで出かけた。

 まずは、ヨハンのおもちゃを買いに向かう。先日、ヨハンは家庭教師が行った試験で百点満点を取ったのだ。その、ご褒美である。


「ヨハンは、どんなおもちゃがほしいの?」

「今、ものすごく、迷っています」


 普段は家に商人を呼び、少ない種類の中からおもちゃを選んでいるという。今日は、店舗で多くのおもちゃの中から好きな物を選べるのだ。ヨハンは嬉しくて堪らない、といった様子である。

 公爵家の屋敷から馬車で十分。貴族御用達の店が並ぶ通りに、おもちゃを専門的に扱う店はあった。

 王室御用達である上に、王都の少年少女に人気が高い店でもある。あらかじめ貸し切りの予約をしていたので、今日はゆっくり選べるのだ。これらは、アロイスがすべて手配してくれた。ヨハンを、実の母親以上に気に懸け、可愛がっている。兄の忘れ形見だから、というのもあるのだろう。

 ウサギを模った看板が、屋根に吊り下げられてゆらゆら揺れている。ヨハンはそれに気づき、嬉しそうに報告していた。

 店内は木の温もりを感じるような、優しい空間であった。

 棚にはさまざまなおもちゃが並べられている。店主は六十代くらいの老齢の男性で、品のいい燕尾服に身を包んだ姿で迎えてくれた。


「いらっしゃいませ」


 深々と頭を下げる店主に、ヨハンも同じように挨拶を返す。


「お坊ちゃんは、どんな品物をお探しですか?」

「えーっと、えーっと……!」


 キョロキョロと見回す度に、ヨハンの瞳はキラキラ輝く。彼だけではなく、同行したリリィも心ときめかせているようだった。


「あの、どんなおもちゃが、人気なのですか?」

「最近人気なのは、こちらですね」


 店主が指し示したのは、王族親衛隊の馬車の模型である。


「王太子殿下の馬車を模したもので、こちらの別売りの騎士も、多くの注文をいただいております」


 白い板金鎧の騎士は、白馬に跨がっていた。


「もしかして、こちらの騎士は、アロイス叔父さまの姿を、作った品でしょうか?」

「職人は明言しておりませんが、おそらく、そうだろうという話です」

「わー!!」


 アロイスの愛馬は、全身真っ白の美しい馬らしい。白馬の王子様なのかよと、内心こっそり思うユースディアであった。


「馬車は本日入荷したばかりでして、おそらく、三日と経たずに売り切れてしまうでしょう」

「そんなに人気なのね」

「はい」


 ヨハンにはもう、馬車と騎士の模型しか見えていないようだ。聞かずとも、心が決まっているのは見て取れる。


「リリィは、どうする? 目で訴えてくるぬいぐるみはあった?」


 そう言いながら振り返ると、リリィは黒ウサギのぬいぐるみを胸に抱いていた。


「この子、ムクムクのお友達にいたしますわ!」

「そう」


 代金の請求は公爵家に届くようになっている。支払いをするのは、アロイスだ。

 もちろん、事前に許可を取っている。リリィの分まで、許可してくれたのだ。相変わらず、金払いのいい男であった。

 馬車の模型は家まで届けてくれるという。騎士と馬の模型は、ヨハンが手で持ち帰るようだ。


「ありがとうございました」


 店主から見送られ、店を出る。

 その後、喫茶店で人気のパンケーキを食べることとなった。人気店で行列に並ぶ必要があるのだが、ここもアロイスが個室を予約していた。

 馬車から降りた瞬間、リリィが「あ!」と声を上げる。


「どうしたの?」

「あれ――」


 リリィが指差した先には、フリーダがいた。背の高い男を連れている。

 恋人同士のように寄り添う姿は、一瞬にして人込みの中へと呑み込まれていった。

 いったい誰といたのか。見逃してしまった。


「ねえ、リリィ。一緒にいた男の顔を見た?」

「ええ。でも、一瞬だったから、よくわからなかったわ。どこかで見たことがある顔に思えたけれど、思い出せません」

「そう」


 ヨハンが、侍女の手を借りて降りてくる。


「おふたりとも、どうかしたのですか?」

「いいえ、なんでもないわ」

「ささ、ヨハン。パンケーキを食べに行きましょう」

「はい!」


 街で噂となっているパンケーキは、信じられないほどフワフワで、夢のようなおいしさだった。

 ヨハンとリリィは、満面の笑みでパンケーキを頬張っている。見ているユースディアまで、幸せな気分になるほどだ。


「ディアさまにも、差し上げます」


 ヨハンは大事なパンケーキを、一口ユースディアにくれるという。お言葉に甘えて、頬張った。


「あら、本当においしい!」


 リリィも、自分だけ食べるのは悪いと思ったのか、ユースディアにパンケーキを一口差し出した。


「一口で充分よ」

「いいから、お食べなさいな」


 ヨハンのはイチゴのパンケーキ。リリィのはチョコレートナッツのパンケーキである。

 パンケーキから滴るチョコレートソースを手で受け止めつつ、ユースディアはパクリと食べた。


「こっちもおいしいわ!」

「でしょう?」


 楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。

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