魔女は夫に王女からの贈り物について話す
ユースディアはアロイスと手を組み、呪いをかけた闇魔法使いの調査を始める。
秘密の話なので声をひそめて話すため、隣に座るように言われた。
いつもは向かい合って座るので、なんだか落ち着かない。
なるべくアロイスを視界に入れないようにしながら、ユースディアは話しかける。
「呪いがかかった日、何か特別なことはあった?」
「それは――」
ユースディアの質問に対し、アロイスは顔を伏せる。
「何かあったのね?」
「ええ」
「言いなさい」
目を背けるので、ユースディアはアロイスの顎を掴んで「言いなさい」と再度命じる。
アロイスは渋々と、呪われた日について話し始めた。
「実は、呪われた日、王女殿下が、その、私に愛を告げたのです」
「だったら、呪われたのは完全に、王女の腹いせじゃない!」
「それは――」
アロイスは唇を噛み、苦しげな表情となる。
呪いの一件を表沙汰とすれば、王家の醜聞になると思って今まで隠していたのだろう。
「王女殿下については、気になっていたの。私に大ネズミの死骸やミミズ、生きたヘビを送ってきたから。王都では、なかなか入手しにくい品々でしょう?」
「なっ!」
思いがけない王女からの“贈り物”に、アロイスは絶句する。
「王女殿下は、ディアに、そのような贈り物を、毎日のようにフェルマー卿に持たせていたと?」
「ええ」
「なぜ、黙っていたのですか?」
「大ネズミの死骸やミミズ、ヘビは闇魔法の素材になるの。普通に嬉しかったから、別にあなたに言うことではないと思っていたのよ」
アロイスは額に手を当てて、深いため息を吐く。
というのもアロイスは毎日、感謝の気持ちを伝えるため、わざわざ王女の離宮に足を運んでいたようだ。
「私は、妻が嫌がらせを受けているとは知らずに、王女殿下に毎日礼を言いに行っていたと」
「あ――ごめんなさい。あなたがお礼を言いに行っていたなんて、知らなかったのよ」
「ええ。話していませんでしたから。ディア、あなたを責めているわけではありません」
アロイスは自身を責めているのだろう。
「これからは、なんでもあなたに相談するようにするわ」
「そうしていただけると、助かります」
アロイスと話をしてみたら、あっさり怪しい人物が浮上した。
王女エリーゼ・アリス・フォン・ブロンガルト――十七歳の、美しい姫君である。
いくつか婚姻話が浮上していたが、すべて断っていたらしい。彼女は、熱狂的なアロイスのファンだったのだ。
当然、公爵家にも王女との結婚話の打診が届く。けれど、アロイスは王太子付き騎士の身分であることを理由に、断ったのだ。
それでも、王女は諦めなかったという。情熱的な恋文を送り、夜会があればダンスのパートナーに指名。包み隠さず、愛をアロイスへ伝えてきた。
そんな王女が、直接アロイスへ愛を告げたのは兄レオンが亡くなってから一週間も経たないころ。
アロイスが爵位を継ぎ、とうとう花嫁を迎えるだろうという噂話が社交界に広がっていたようだ。
王女はアロイスを他の女に取られると思ったのだろう。黒衣をまとい、喪に服しているアロイスに告白したのだ。
アロイスは言葉を選んで、王女の愛を拒絶した。それが、よくなかったのか。
王女が臣下の分際でと怒った結果、アロイスを呪った。
以上は、ユースディアの勝手な推理である。
「王族は闇魔法の書物を大量に所持しているというし、王女が精通していてもまったく違和感はないわね」
「ええ」
一度、探りを入れたほうがいいだろう。王女でなくても、王女の周囲に侍る者による犯行かもしれない。
「あなたに振られた王女を見て憎しみが募り――みたいな可能性もあるでしょう?」
「ええ、そちらの方向性も、大いにありますね」
ひとまず、一回王女に会ったほうがいいだろう。
「王女殿下への面会って、できるの?」
「会っていただけるかわからないのですが、一応、頼んでみます」
「お願いね」
王女の他に疑わしいのは、フリーダである。しかし彼女は、アロイスに執着しているようだった。
「あの人、なんなの?」
「さあ? 私にも、よくわかりません」
「以前から、あんな感じだったの?」
「まあ、そうですね」
兄レオンと結婚していた時代も、フリーダはアロイスと接触しようとしていたようだ。
「舞台や、競馬の観戦に誘われたり、休日に家にやってきてダンスの練習に付き合ってくれと言ってきたり」
その当時は、テレージアに見つからないよう、こっそりとアプローチしていたようだ。
レオンが亡くなってから、堂々と言い寄るようになったと。
「とんでもない女ね。彼女と出会ったのは、結婚してからだったの?」
「ええ」
フリーダの実家は、歴史ある伯爵家。だが、当主である父親の汚職が発覚し、没落するのではと囁かれていた。
そんな状況の中、レオンはフリーダに一目惚れしたらしい。
「両親は共に反対していました。しかし、父が持病の悪化で亡くなってからは、母は酷く落ち込んでしまって――」
レオンとフリーダの結婚に対して、強く反対できなかったようだ。
「フリーダが望んで結婚したと思っていたけれど、違ったのね」
「はい。兄は、義姉を深く愛しているようでした。それはそれは、盲目的なまでに」
「盲目的、ねえ」
レオンは生真面目を擬人化させたような人物で、色恋沙汰とは無縁の堅物男だったらしい。
そんなレオンが、フリーダのような奔放なタイプの女性に惚れ込んだというので、頭でも打ったのかと騒動になったようだ。
「かつての兄は、結婚相手には品行方正な女性を強く望んでいたのです。それなのに、義姉のような女性と結婚したものですから、何か薬でも盛られたのではないかと、疑っていました。しかし、それは間違いでしたね。恋は突然訪れ、自分の確固たる考えすら覆すような強力な感情ですから。私も、ディアとの出会いで、身をもって感じました」
アロイスは生涯、結婚しないと宣言していた。爵位を継いでからも、呪いがあるため結婚は欠片も考えていなかったようだ。
しかしその覚悟も、ユースディアとの出会いによって消えてなくなる。
すぐさま、結婚したいと強く思うようになったようだ。
「私なんかと結婚して、後悔しているんじゃない?」
「それがまったく」
アロイスはレオンとフリーダの結婚が大反対された様子を見ていた。そのため、道中で急ぐように結婚したのだろう。
「ディア、あなたは、どうなのですか?」
「どう、とは?」
「私との、結婚生活についてです」
契約によって成立したものであったが、思いの他楽しんでいた。アロイスに対する想いも、言葉を交わし、共に過ごす中で変わってくる。
呪いによる彼の死について、いつしか不愉快に思うようになったのだ。
半年間我慢すれば財産が手に入るという気持ちから、財産とアロイス、両方欲しいと望むようになった。
「あなたとの結婚生活は、悪くないわ」
「悪くない?」
満足いく答えではなかったようだ。
「だって、仕方ないじゃない。短期間で、充実を感じるのは難しいわ。これから、何年とかけて、満足いくような暮らしをもたらしてもらわないと」
「そう、ですね」
可能な限り、長生きしてほしい。ユースディアはアロイスに対し、強く望んでいる。
誰かの悪意が、自由に生きる人々の命を奪うことなど、あってはならない。
アロイスを呪った犯人は、絶対に炙り出してみせる。そのためには、慎重に調査していかなければならないだろう。
「王女とは、いつ面会できそう?」
「近日中というのは、少々難しいかもしれません」
一週間後、国王の生誕祭がある。そのさいに、大規模な叙勲があるということで、騎士隊関係者は警備面でバタバタしているようだ。
「早くても、半月後くらいでしょうか?」
「その間に、私も調査しておくから」
「無理のない程度に、お願いします」
「わかっているわ」
ユースディアが下手に動けば、アロイスに迷惑がかかる。もう、ユースディアの一挙一動は、自分だけのものではないのだ。




