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守銭奴魔女ですが、あまあま旦那様にほだされそうです  作者: 江本マシメサ
第三章 沼池の魔女は、夫の女性問題にウンザリする
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魔女は手強い女と再戦する

 ユースディアの毎日は相変わらずであった。

 オスカーが持ってきた嫌がらせシリーズの贈り物を受け取り、時折テレージアにお小言をもらいつつ昼食を食べ、午後からは遊びにやってきたリリィやヨハンの相手をする。

 夜はほんのちょっと闇魔法の素材を作り、アロイスに会ってから眠るという感じだ。

 王都での暮らしなんてつまらないと思っていたのに、意外と楽しい。

 充実した日々を送っていた。

 そんな中で、久しぶりにアロイスが早く帰ってくるという。一緒に夕食を食べたいと書かれたカードが、昼間に届けられた。マメなものである。

 テレージアは会食に出かけるというので、夫婦水入らずになるというわけだ。

 侍女は真っ昼間から、夜に着るドレスや宝飾品を選んでいた。

 別に、着飾らなくてもいいのに。そう思ったが、口に出さずに好きなようにやらせておいた。


「奥様、こちらのパウダーブルーのドレスと、パールホワイトのドレス、どちらがよろしいでしょうか?」


 パウダーブルーのドレスは、袖がないタイプのドレスで、首元も詰まっており体のラインに沿う形であった。一見して大人っぽい意匠であったが、裏返すと背中がこれでもかと開いていた。意外な場所が、露出しているのである。

 パールホワイトのドレスは、レースやリボンが品よく飾られ、スカートはふんわりと広がっている。清楚な印象のドレスであるものの、胸元が大きく開いていた。胸が零れてしまうのでは? と思うほど、布地の範囲が狭い。

 背中か、胸か。ユースディアは眉間に皺を寄せて、熟考する。

 正直、露出は最小限に抑えたい。けれど、夜のドレスはどこか露出があるのだ。

 足首をさらけ出すのは恥ずかしい行為だという認識の中で、胸や背中は問題ないという常識にユースディアは首を傾げてしまった。

 どうせ、他のドレスを用意するように命じても、同じようにどこか露出しているのだろう。吟味するだけ、時間の無駄だ。

 幸い、ドレスの意匠は好ましい。あとは、背中か胸か、どちらを露出させるかである。


「迷うわね」


 以前、侍女から「背中がとてもおきれいです」と褒められたことがあった。磁器のようになめらかだとも。


「背中……背中がマシか」


 胸は、うっかり零れてしまいそうで恐ろしい。その点、背中は安心だ。背後を取られない限り、背中を見られることもない。

 ユースディアは腹を括る。


「パウダーブルーのドレスにするわ。宝飾品や髪飾りは任せるから」

「かしこまりました」


 侍女らは恭しく会釈し、下がっていく。

 ドレスを選んだだけだったのに、酷く疲れてしまった。


 夕方――約束の二時間前から身支度を開始する。

 風呂に入って体を磨かれ、濡れた髪には丁寧に精油が揉み込まれる。

 頭のてっぺんから足のつま先まで、くまなくきれいにしてもらった。

 化粧を施し、髪を結ってから、パウダーブルーのドレスが着せられた。

 背中がスースーしているが、気にしたら負けなのだろう。


「奥様、今日もおきれいです」

「そう。ありがとう」


 相変わらず、公爵家の侍女はすばらしい腕前である。長年引きこもっていたユースディアを、洗練された都会の女のように仕上げてくれるのだ。

 アロイスは、どう思うだろうか。少しだけ、ドキドキしてしまった。

 そんな彼は、約束していた時間にきっちり戻ってきた。

 いつもと違い、騎士隊の制服だったのでユースディアは目を見張る。


「すみません。いつもは着替えて帰ってくるのですが、少々仕事が立て込んでしまいまして」


 基本的に、アロイスは職場で騎士隊の制服に着替える。そのため、ユースディアは初めてアロイスの制服姿を見たのだ。

 金のモール縁取られた詰め襟の制服は、アロイスのために仕立てたのではと思うほどよく似合っている。美貌も、普段の五割増しくらいに感じてしまうほどだ。

 本人に似合う服装は大事なのだと、ユースディアはしみじみ思っていた。


「ディア、今宵は、すてきな装いですね」

「侍女が頑張ってくれたのよ」


 パウダーブルーのドレスは、ユースディアに驚くほどしっくり馴染んだ。

 肌の色や瞳の色を考慮して、侍女が厳選した一着なのだ。似合うのは当たり前なのである。


「では、食堂に行きましょうか」

「そうね」


 アロイスはエスコートするために、そっとユースディアの背中に触れる。それは、本日の装いで特別に露出している部分であった。

 ユースディアの胸が、ドクンと跳ねる。

 アロイスは手袋を嵌めている。直接手が触れたわけではないのに、酷く恥ずかしい気持ちになった。

 羞恥を押し隠し、なんでもないように歩くというのは、とても難しい。アロイスの話もまともに理解できぬまま、食堂へとたどり着く。

 扉の前にいた給仕係が、気まずげな表情でアロイスをジッと見た。


「どうしたのですか?」


 給仕係はアロイスに何かを耳打ちする。アロイスの瞳が、ハッと見開かれた。


「どうしたの?」


 ユースディアの質問に、ため息が返される。アロイスが答える前に、扉が開かれた。

 ひょっこりと顔を覗かせたのは、フリーダであった。


「ちょっ――!」

「義姉上……」


 アロイスは勘弁してくれと言わんばかりの声色だった。


「ふふ。アロイス、お帰りなさい。あたし、ずっとここで、あんたの帰りを、待っていたんだよ」


 フリーダはユースディアなどまったく眼中にないようで、潤んだ瞳をアロイスに向けていた。


「義姉上、なぜここに?」

「早く帰ってくるって聞いたから、一緒に食事でもしようかと思ったんだよ」


 どこからかアロイスが早く帰宅するという情報が漏れたのだろう。


「義姉上、今日は――」


 アロイスの言葉を最後まで聞かずに、フリーダはくるりと踵を返し席につく。そこは、ユースディアのために用意されていた席であった。


「いや、なんていうか、逆にすごいわ、あの人」

「……」


 アロイスはフリーダについての不平不満を口にしなかったものの、背中から燃えるような怒りをわき上がらせていた。


「ねえ、ここまで堂々とできるのは、逆に見事よ。そう思わない?」


 ユースディアの率直な感想に、アロイスはうんざりしつつ言葉を返す。


「このまま、一緒に食事をすればいいのですか?」

「そうね。それも、面白いかもしれないわ」

「本気ですか?」

「ええ」


 そんなわけで、フリーダと三人で食事を取ることにした。

 アロイスは用意されていた席に座らず、ユースディアのために新しく用意した席の隣に腰を下ろした。


「ねえ、フリーダ。ヨハンはどうしたのよ」


 ユースディアが質問を投げかけたところ、キョトンとした顔を返す。


「ヨハンよ、ヨハン!」

「なんで、ヨハンについて、あたしに聞くんだい?」

「あなたが、母親だからよ」


 フリーダはくすくす笑い始める。


「貴族女性は、子育てをしないんだよ。息子が今、どうしているかなんて、知るわけがない」

「子育てしなくても、気に懸けることくらいするでしょうが!」


 フリーダは乳母に子育てと教育を頼んでいるというより、ヨハンに対する責任を放棄しているように思えた。

 一刻も早く、テレージアがヨハンを養子として迎え入れたほうがいいとユースディアは強く思う。


「それよりあんた、お義母様にあたしとの取り引きについて、密告したね?」

「したけれど、何か?」

「何かじゃないわよ! あのババア――じゃなくて、お義母様は、あたしを世紀の悪女みたいに責め立ててきたんだよ!」


 さすが、テレージアである。フリーダを世紀の悪女扱いするなど、センスが最高だ。テレージアは敵対したら厄介な相手だが、味方に引き入れると頼りになる。

 ユースディアは勝利に酔いしれていた。

 相当、厳しく叱ったのだろう。フリーダはユースディアに対し、激しく憤っているようだった。

 そんな彼女の勢いを止めたのは、冷ややかなアロイスの一言である。


「義姉上、ディアとの取り引きというのは、なんですか?」


 フリーダはハッとなる。感情に身を任せるあまり、アロイスがいるのも失念したようだ。

 アロイスは取り引きについて知っていたが、敢えて聞いたのだろう。容赦ない男である。


「な、なんでもないわ。忘れてちょうだい」

「そうするわ」


 ユースディアが尊大に言葉を返すと、フリーダは悔しそうに顔を歪ませていた。

 食事をする間、終始フリーダに睨まれていた。けれど、アロイスという最強の盾がある以上、彼女に勝ち目はないのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 天使なヨハンきゅんが不憫 (T_T) フリーダにはOSHIOKIを ヨハンきゅんには幸せを~!
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