3 出てきたところがまずかった。
門の中から現れたのは、鎧を身に付けた……多分男性だろう。
ヘルメットの様なもので顔を覆っているので分かりにくいが、身長や雰囲気から男性だと思う。
変な格好には驚いたが、話をするくらいは出来るだろうかと、私はとりあえず声をかけてみた。
「あの、すみません。ここに住んでる人ですか?」
私が話しかけると、鎧の人はガシャンっと音を立てて持っていた槍の様なものをこちらに向けて構えるような姿勢を取った。
明らかに私たちを警戒している。
ヘルメットから荒くなった呼吸音が聞こえ出した。
「あ、有紗……。なんか、怖がらせるようなことした?」
こっそり有紗に話しかける。
また、鎧の人は怯えたように鎧の音を立てる。
早く警戒を解かないと、あの槍の様なもので攻撃されかねない。
「わ、わからない。けど、刺激しないようにしないと……」
「もう一回、声かけてみようか?」
「うん……」
私はもう一度、声をかけてみた。
「すみません。ここはどこなんでしょうか?私たち道に迷ったようで……」
そういうと、鎧の人はいっそう怯えたようにガタガタと全身を震わせて後退りだした。
「あの……」
その異様な反応に、思わず一歩足を出すと、縮み上がった鎧の人は私に向かって何かを投げ付けた。
空中でキラキラと光を反射させながら飛んでくるそれは、水晶のような透明な石だった。
大きさは赤ちゃんの握り拳くらいで、飛んでくる感じもそう重そうではないが、出っぱった所が多くぶつかったら痛そうだ。
とっさに左手で頭を庇うように受け止める。
石は私の手のひらに当たった。
当たった瞬間、石が触れた手のひらにピリッとした痛みが走った。
「いっ!……」
石はドサッと地面に転がると、真っ黒に変色していた。
手のひらは軽く火傷を負ったように赤くなっている。
「恵梨香ちゃん?!手が……」
有紗が私の手を取っておろおろと手当てをしようとしているが、カバンの中にはハンカチくらいしか使えそうなものは入っていない。
なんとかハンカチを巻いてくれた有紗は、転がっていた石を掴むと鎧の人の方へズカズカと駆け寄った。
石を投げた本人である鎧の人は呆然と固まっていたが、有紗が近寄っていくとあわてふためきものすごい勢いで後退りした。
だが有紗の気迫に腰が抜けたのか、大きな音を立てて尻餅をついた。
ズリズリと腕の力で下がりながら、震える手でやっと支えている槍の様なものを有紗に向けた。
思わず有紗の名を呼ぶが、振り返った有紗は大丈夫だよと笑顔で応え、鎧の人の方へ向き直った。
「何故、こんなものを投げたのですか?」
静かに、静かに訊ねているだけなのに、その声には明らかな怒気が含まれている。
ガタガタと震えるヘルメットの中にあるだろう相手の目を、有紗は見据えていた。
ずっと一緒にいたけど有紗が怒っているところを見るのは初めてだった。
「言葉が分からないのかしら。もう一度尋ねます。何故、こんなものを投げたのですか?」
鎧の人に向かって差し出す手に握られた真っ黒になった石。
有紗は一度その石に視線を落とし、睨み付けるとまた鎧の人へ視線を戻した。
「話をする気がないということでしょうか」
会話が成立しないと思ったのか有紗は語気を強めて言った。
鎧の人がその言葉に反応し、恐る恐る声を出した。
「ーーー、ーーーーー」
私の耳が悪いのか、それとも鎧の中身は外国人なのか、なにを言っているのか聞き取れない。
「私たちは向こうの方から来ました」
有紗は鎧の人が言った言葉が分かったのか応えている様に見える。
「ーーーーーー!ーーーーー!」
「なっ!なにを言って……」
突然鎧の人は声を荒げ、槍の様なものを持つ手に力を入れた。
「ーーーーーーーー!ーーーーーーーーーー!!」
「違います!私たちは」
「ーーー!ーーーーーーーーーーー!」
鎧の人はなんとか立ち上がろうとしているが、まだ足に力が入らないらしい。
憎悪がこもった視線を有紗と私に向ける。
「違うって、言ってるでしょう!!」
有紗が、叫んだ。
有紗の石を持つ手に力が入る。
さらに続けて鎧の人に向かって言おうとした時、持っていた石がキラめいた。
有紗は言おうとした言葉を飲み込み、じっと石を見つめる。
鎧の人もさっきまでの怯えがなりをひそめ、震えが止まっていた。
そして食い入るように石を見つめる。
みんなに見つめられた石は、有紗が触れている部分からキラキラと光始め、そして透明になっていった。
真っ黒になっていた石が、数分でもとの透明になった。
「………ーーー。ーーーーーー!ーーーーー、ーーーーーーーー!」
鎧の人はやっと立ち上がると、さっきまでの怯えが全くなくなったかのように落ち着いている。
そしてゆっくりと有紗に近づきはじめた。
「ちょ、有紗!」
よく分からないがさっきまであれだけの攻撃性を見せていた相手だ。
危険がなくなったとは思えない。
有紗に何かあってはと、私は有紗のもとへ走る。
急いだが、有紗との距離が開きすぎている。
鎧の人が有紗の目の前まで近づく。
「有紗!逃げ……」
ガシャン。
鎧の人は有紗の目の前で跪き、頭をたれた。
その姿は、有紗がよく読んでいる本の挿し絵にあった騎士のようだった。
私が驚いていると鎧の人は下を向いたまま話し出した。
「ーーーーー、ーーーーーーーー。ーーー。ーーーーーーーーーーー、ーーーーーーーーーーー。ーーーーーーーーーーー。ーーーーーーーーーーー」
相変わらずなにを言っているのか分からないが、有紗は頷いているのでなにを言っているのか分かっているのだろう。
「あ、有紗……」
私が有紗の肩に手を掛けようとすると、突然鎧の人は立ち上がり有紗を私から引き離すようにして、背中へとかばうかのような体勢になった。
「なに……」
「ーーーーー!ーーーーー!」
私から顔を反らさず、何かを有紗に叫んで槍の様なものをこちらに向けて構えた。
「その人は魔物ではありません!私の親友なんです。傷つけないでください!」
有紗が鎧を掴み、そう説明する。
「ーーー、ーーーーーーーー?」
「本当に!何かの間違いです!私の親友に手荒なことはしないでください!」
鎧の人は有紗の言葉に渋々ながら頷くと、槍をおろした。
本当に訳が分からない。
「恵梨香ちゃん、大丈夫?!」
「有紗こそ。……いったいどういうこと?その鎧の人はなんなの?」
「この人はベルモア卿。大丈夫、味方だよ」
「ベ、ベルモア、卿?日本人じゃないとは思ってたけど、どこの国の人?」
「ベルモア卿はヴァンクリール国の辺境伯の一人で、この門の管理者でもあるの」
「辺境伯?ヴァンクリール国?本当になにいってんの?ここって日本じゃないの?」
私は有紗に詰め寄ろうとした。
それをベルモア卿と呼ばれた鎧の人がやんわりと間に入って止める。
頭に被っていたヘルメットの様なものをおもむろに脱ぐと、中からは金色に輝く長い髪がこぼれでる。
その下には褐色の肌のまだ幼いあどけなさを持つ整った顔があった。
背は私より高かったが、この感じだとまだ幼い少年かもしれない。
ベルモア卿は私を見下ろすと、ふんっと鼻を鳴らして門の内側を指して有紗についてこいと言った。
第1町人発見!と同時に修羅場!?
まだ状況が飲み込めていない恵梨香。
次話ではちゃんと説明するから、頑張って受け入れて!
ブクマ、評価、ありがとうございます!
頑張って書いていきますので、よろしくお願いします!