07 縁
「エニシには申し訳ないなとは思ったさ。 何の因果で自分を捨てた父親と同じチームにならなきゃいけないんだと」
「うんうん! そうですよね……。 エニシ君かわいそう……」
「悲劇ですねぇ……」
「おいおい、オレは別に捨てたワケじゃねえぞ。 人聞きの悪い」
目の前に座る社長のナナさんはしみじみと語り、広報の笑子さんが同意すると、すかさずヒデさんが突っ込みを入れた。
しらかば寮の広間にて開かれている僕の歓迎会。
寮に住む人たちを中心に集まってくれた会も中盤、各々が歓談を楽しんでいる最中だ。
僕が座るテーブル席には、札幌FCの社長であるナナさん、チームの広報を務める笑子さん、ベテランフォワードの都築さん、そしてヒデさんが同席していた。
良く考えたら、ヒデさん以外寮に住んでない人ばかりじゃないか。
というか社長、こんな会にも参加するんですか……。
話題はここにいる明石英彦の実の息子であるという、エニシについてだ。
高梨 縁。
札幌FCの下部組織出身で、今年がプロ3年目の20歳。
聞いた話によれば、ヒデさんがこの札幌でプレーしていた当時、婚姻関係にあった女性との間に生まれた紛れもない実の子だそうで。
それにしても、実の親子が同じチームでプレーするなんて聞いた事がない。
過去に例があるのだろうか?
ヒデさんはその後、札幌を飛び出し海外へ。
奥さんとはその時点ですでに離婚しており、一緒に暮らした事は無いそうだ。
ちなみに彼もこの寮で暮らす一人らしいが、よっぽど僕の歓迎会が嫌だったのか、会の前にさっさと外出してしまったとか。
「金ならあったし、養育費ならいくらでも出すぞって何度も連絡したんだが、その度に拒否されたからな。 佐那に何吹き込まれて育ったかは知らんが、良く思われてないのは確かだろうな」
佐那さんとは、元奥さんの事だろうか。
高梨縁の育ってきた環境については分からないが、彼の境遇を自分に置き換えてみて、思うところはある。
そもそも親子で同じチームなんて事自体がレアなのに、それがほとんど一緒に暮らしたことものない父親だなんて、どう接していいか分からない。
しかし元奥さん、金銭支援を断るなんてよっぽど嫌だったのだろうか。
どんな別れ方したんだよヒデさん……俄然興味が湧く。
「まぁ、頑固なところがあるからな……佐那ちゃんは。 ただ、一方的にお前を悪く言うような人ではないだろう」
「ナナさんは知ってるんですか? エニシさんのお母さん」
「あぁ。 ヒデが佐那さんと付き合い始める前からな」
社長は元々、このクラブでプレーしていたOB。
今の関係性を見ても、若手時代に札幌でプレーしていた頃のヒデさんとは仲が良かったのだろう。
「まぁそんなワケで、ヒデが日本のチームを探しているって事で声を掛ける前には当然、エニシと佐那ちゃんの顔は当然浮かんださ。 だが、ヒデの獲得だけは他のチームに譲りたくなかった」
そう言って、社長は真っ直ぐにヒデさんを見る。
「でも、四谷さんは最後まで反対してたんですよね?」
笑子さんが話を挟む。
四谷さんとは、札幌のGMを務める四谷大将さんだ。
「オレは経営者だぜ? こんな奴だが、知名度は抜群だ。 まず間違いなく客が呼べる。 客が増えればスポンサーも増える」
「どうも、客寄せパンダです」
明け透けに答える社長に対し、ちょっと直視できないくらいあざとい顔で可愛げアピールをするヒデさん。
というか社長、本人の前でそんな話をしなくても……。
「それにな、日本人選手としてヒデ以上の経験値を持つ選手はいない。 必ずチームにかけがえのないものを残してくれる。 そう信じて獲得をしたんだが……」
「どうも、給料泥棒です」
ヒデさんが自虐的に言って笑う。
「でも、ヒデさんが来てからエニシ君は明らかに変わりましたよ。 良い意味でエゴイスティックになったというか、プレーに闘志を感じますから」
都築さんがそう言うと、社長も同意する。
「そうだな。 元々練習はマジメな奴だったが、去年までは泥臭さがないというか、どこかプレーが上品なところがあったからな。 今年は何が何でも結果を出してやるっていう気概を感じるな」
「反骨精神ってやつですか?」
「かもな」
僕の言葉に、社長も短く同意する。
「父親を見返したい、って気持ちかもしれませんね。 ……良い事じゃないですか。 何だかんだ、ヒデさんの事を意識してるんですよ」
「はん、どうだか」
都築さんが優しげに言うと、ヒデさんは渋面で悪態をつく。
そんな態度は、ヒデさんの照れ隠しのようにも見えた。
ヒデさんもまた、エニシさんを意識しているって事だろう。
その口ぶりにしたって、今日の練習での絡み方にしたって、自分の息子を全く気にかけていないなんて事はない。
もしかしたら、ヒデさんがこのチームに戻ってきた理由のひとつに、エニシさんと同じチームでプレーしたいというのもあったんじゃないだろうか。
同じことを思ったのか、社長も都築さんも優しい目でヒデさんを見ていた。
交わる事のなかった二人の親子が、サッカーを通じて巡り会う。
それも、プロという最高の舞台で。
不思議な縁を感じる話だ。
穏やかな空気が場に流れる。
そんな優しい世界に切り裂くのは、いつだって空気読めない系女子だった。
「単に目に見える結果出して他のクラブから良いオファー貰って、嫌いな父親のいるクラブから出てってやるって事だったりー?」
「「「……」」」
全員閉口する。
うん……多分それだな。
こほん、と咳を社長が話題を変える。
「エニシの事ばかり気にしてるんじゃないぞ、お前ら。 もっと監督にアピールして、試合に出て、貢献してもらわないと」
「そうですよね……、ただ、どんだけ練習でアピールしても、私もヒデさんも中々使ってもらえくて……」
「オイ、一緒にすんな。 オレが使われないのは戦術の問題だ。 お前はシンプルに練習ですらまともに点取れないおっさんだからだろうが」
「ひどいっ……! 気にしているのに……!」
そう言って落ち込む都築さんを見て、ヒデさんと社長は心底可笑しそうに笑った。