表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

06 決められない男

 

 インターバルを挟み、その後もミニゲームは何度か続けられた。

 僕自身、ゴールに絡むシーンは何度も作れたし良いアピールにはなったかな。


 初練習としてはまずまずだ。

 チームメイトについても、何人かは会話を通じて把握できた。


「いやぁ……、すまない……あんなお膳立てを何度も何度も貰ったにも関わらず……」


 練習終了後、ロッカールームでクールダウンする中。

 そう言って謝罪を繰り返すのは、散々僕のアシストを不意にした選手。


 都築(つづき) 隆則(たかのり)

 30代も半ば、ベテランのセンターフォワードだ。


「ガハハッ、ホンットにお前の決定力はノミ以下だなぁ」


 慰めているのか貶しているのか、その隣でヒデさんが都築さんの肩を叩く。


「俺の知ってるサッカーの神様が言ってたぞ。  『シュートはゴールへのパスだ』ってな」


 それは僕も知っている神様だな。

 正に至言だと思う。


「うう……分かってるんですが……どうもゴール前になると思う様に身体が動いてくれないんですよ……」


 そう言って、都築さんは悩ましげに頭を抱える。

 かなりネガティブ思考な人のようだけど、その気持ちは分からなくもない。


「まぁ、そんな気にすんな。 プロ暦15年、渡り歩いたクラブは国内外合わせて12チーム。 そんだけ点取れなくても、今もプロでやっているお前は立派だよ」


 ヒデさんの言う通りだ。


 ゴールに最も近い位置でプレーするセンターフォワード。

 当然、その価値を最も高めるのは何より点を取る事に他ならない。

 そんなフォワードが点を取れないなんてあまりに致命的。


 普通なら都築さんみたいなフォワードは、真っ先にプロの世界から淘汰される存在だ。

 ところが、この人は別のところが秀でている。


 驚いたのは、その動き出しだ。

 ディフェンスとの駆け引きが上手いのか……、飛び出し方がかなり上手い。

 細かくポジションを取りながら、ディフェンスの死角をすっと取る。


 散々僕のアシストを不意にしたと言ったが、別の見方をすれば、それだけチャンスに絡んでいるという事でもある。


 そのポジション取りの上手さは、ディフェンス時にも発揮される。


 ファーストディフェンダーとして相手のパスコースを切り、献身的にチェイシングをかけ……、後ろで守るディフェンスにとっては有り難い存在だろう。


 それだけじゃない。

 都築さんは、ポストプレーが異常に上手いのだ。


 背中に相手のセンターバックを背負いながら、確実にボールを受けてキープし、攻撃の起点になるポストプレー。

 都築さんは、何度も最前線のターゲットとして、攻撃の起点を作っていた。

 練習とはいえ、あれだけボールが収まるのは凄い。


 日々進化するサッカーの戦術、そのトレンドが変わっても、ポストプレーの重要性は変わらない。

 むしろ増すばかりだ。

 優秀なポストプレーヤーには、それだけで大きな価値があると僕は思っている。


 ポジショニングが良くて、相手の裏を取るのが巧みで、ディフェンスも献身的にこなす優秀なポストプレーヤー。

 こう賛辞を並べるとめちゃくちゃ良い選手に聞こえる。


「今年は何とか……何とか1点でも取らないと……っ! このままでは来季はクビになってしまいます……!」


 その通り。


 都築さんはここまでシーズン0得点。

 いくら他のプレーが優れていても、さすがにまったく点の取れない選手じゃ立場は危うい。

 ちなみに去年も0点だったらしい……。


「まぁまぁ。 『ゴールはケチャップみたいなもの。 出ないときは出ないけど、出るときはドバドバ出る』ってどっかの金髪の若造も言ってたぞ?」


 そう言って、ヒデさんは笑う。

 というか、その選手を金髪の若造なんて言えるのはヒデさんくらいだな……。


「オレの経験上、そうやって悩んでても結果はでねーから。 そーだ、今日は寮でダイチの歓迎会やるからお前も来いよ。 気分転換にはちょうどいいだろ」

「歓迎会ですか。 良いですね、参加しましょう」


 ヒデさんの誘いに、都築さんが二つ返事で応じる。

 というか、歓迎会自体初耳なんですけど……。


 そこへシャワーを浴びた後のパンツ姿の男が前を通りかかる。


「お前も参加しろよ、エニシ。 こいつの歓迎会」


 そう言って、ヒデさんが声を掛ける。


「話しかけんなクソ野郎。 そんなもん出るわけねーだろハゲ」

「ハゲてないですぅ~! フサフサですぅ~!」


 余りに辛辣なエニシの返答に対し、挑発するような変顔で言い返すヒデさん。


「やれやれ……、これだからお子ちゃまは……。 反抗期でちゅかー?」


「っ!……ぶん殴られてーのかコラっ!」


 煽りに煽りを重ねるヒデさんの胸倉を掴み、拳を振り上げると、周りの選手が慌ててそれを止め、無理やり引きはがす。


「おー、こわいこわいっ」


 尚も煽るヒデさん。 この人も相当だな……。


「ちっ。 なんでこんな奴が……」


 エニシという名の男は、苦虫を踏みつぶしたような顔で自身のロッカーに向かうと、着替えをバックに突っ込み、パンツ一丁の姿のまま部屋を出ていってしまった。

 というかその姿でロッカールーム出るのはまずいだろ……。


「ヒデさん……勘弁してくださいよ。 止めるこっちの身にもなってください……」

「いやぁ、悪い悪い。 ついつい面白くなっちゃった」


 キャプテンの宮田さんが本当に困った顔で懇願すると、ヒデさんは笑いながら謝る。


「北野もすまないな。  ゲームの時、結構削られてたろ?」

「いえ、練習なんで別に気にしてないっすよ。 頭上げてください……」


 何故が僕に対して頭を下げる宮田さんを慌てて制する。


「エニシは別に悪い奴じゃないんだけど……、こうすぐカッとするところがあるというか……」


 まるで自分の事のように、本当に申し訳なさそうに言う宮田さん。

 キャプテンって大変だな……。


「あいつはただ単にガキなだけだ。 オレがダイチを可愛がってんのが気に入らなかったんだろ」


 小指で鼻をほじりながら、ヒデさんが言う。

 その言葉が気になった。


「? どういう事ですか? なんでヒデさんが可愛がると、彼が気を悪くするのか……」


 そんな疑問を口にすると、都築さんと宮田さんが顔を見合わせる。

 あれ、なんか聞いちゃいけなかった……?


「なんだ、ダイチは知らねえのか」


 すると、そんな事はどこ吹く風といった感じでヒデさんが喋った。


「エニシは正真正銘、オレの子供よ」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ