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05 初練習

 

 札幌での初練習。


 練習開始前に、チームメイトの輪の中で挨拶を済ませた後は、コーチの指示に従ってメニューをこなしていく。

  準備運動からランニング、ボールを使った練習……そのメニューにとりわけ目新しいものは無い。


 コーチが声を張り上げる中、静かに練習を見つめる白髪の人物がいる。

 その人こそ、このチームの監督である、ジョシュ・カルロスだ。

 年齢は53歳らしいけど、失礼ながらそれ以上に老けて見える。

 60台後半と言われても違和感ない。


 そんなカルロスは、時折隣に立つ通訳の耳元に口を近づけて、何かを囁く。

 それを受けた通訳は、短く簡潔な言葉に置き換えながら、声を張って選手に指示を伝える。

 もっと長い事喋ってたような気がするけど、外国語を日本語に通訳すると、そんなもんなんだろうか。


 監督によっては、身振り手振りを踏まえて猛烈に寄ってくるような人もいれば、動きを1センチ単位で細かく指摘してくるような人もいる。 そんな監督と比べると、指示はかなりアバウトで、物静かな監督だ。


 やがて練習はゲーム形式へと移る。

 ハーフコートを使用した7対7のゲームだ。

 コーチが選手を分けていく。


「お、同じチームか」


 メンバー分けが終わると、シャツの裾で汗を拭きながら、無精髭の男、明石英彦が近寄ってきた。

「そう……ですね、どうも縁があるみたいで」

「何で顔が若干嫌そうなんだよ」


 ……若干じゃなくて大分顔をしかめたつもりなんだけど。

 正直、この人と仲良くなるのは精神衛生上、とても良くない気がする。


 とはいえ、さすがは日本のレジェンドプレーヤー。

 ちらりと練習の様子を見た限り、止める・蹴るの技術は凄い。

 基本的な技術としては、同年代、特にユース出身の選手なんかはごろごろ上手い奴がいるけど、それとも違う。


 上手い表現が見つからないけど……無駄が無いというか、そのまま次にどんなプレーに移ってもまったく違和感がないような感じだ。


「まぁ、オレの分までしっかり走ってくれよな」

 ガハハっと笑いながら僕の背中を叩き、ヒデさんは離れていった。


 ミニゲームを前に、ビブスなし組とビブス組で分かれる。

 僕は黄色のビブスを付けたビブス組でのプレー。

 対するビブスなし組には、試合映像で見た事のある選手が揃う。

 おそらく、向こうが主力組だろう。


 ゲームが始まる。


 ゴールキーパーを除き、フィールドプレーヤーが7人しかいないこのゲーム。

 11人の時とは当然、フォーメーションも異なる。

 ビブスなし組は4-2-1。

 最終ラインに4人を揃えた4バックは、このチームが採用している屋台骨ともいえる。


 対するこちらのビブス組は3-2-2。

 ヒデさんが中盤のポジションに入り、僕は最前線、2トップの右に配置された。


 見せ場は早々に訪れる。


 相手のパスミスからボールを回収した最終ラインから、右サイドへロングパス。

 サイドに流れた僕が、タッチライン際でそのボールをトラップした。


 サイドバックの選手と一対一。


 その相手に対し、すっと左足で相手の股の間を狙うフリをすると、相手が足を閉じた。

 思惑通り、両足が揃った一瞬の隙を突き、一気に突破。

 サイドを深く抉り、中へとドリブルで侵入。


 相手ゴール前、逆サイドから対格に走り込んでくる選手が見えた。

 その選手が入ってくるスペースに、丁寧なグラウンダーのクロスを送る。

 完璧なタイミング。

 外す方が難しいようなイージシュートだったが、シュートはクロスバーを超えていった。


「おーいっ!」

「今のは決めろよっ!」


 味方から叱咤が飛び、シュートをフカした選手が、その場で天を仰ぐ。


 その後もビブス組がボールを支配する。

 その中心でパスを捌くのが、中盤に入ったヒデさんだ。

 相手のマークが緩いのもあるが、奔放に動いて受けてはショートパスを散らし、ゲームメイクに徹する。

 そんなヒデさんに操られるように、ビブス組は最終ラインからも積極的にオーバーラップを仕掛け、数的優位を作っていく。


 圧倒的に攻めているのはこちらのチーム。

 だけど、レギュラー組は焦れずにゴール前を固め、最終ラインで攻撃を跳ね返していく。


 こちらの攻撃もサイド攻撃に寄っていて単調だ。

 ちょっと変化をつけたいと思っていた矢先、その機会が訪れる。


 ヒデさんが低い位置に降りてボールを受ける。

 その瞬間、右サイドから中へとポジションを移す。


 相手のセンターバックと中盤の間。

 そのスペースに潜り込んだ瞬間、ヒデさんから強い縦パスが入る。


 僕の足元へ、正確にコントロールされたパスが届く。

 難なく受け、反転。

 チェックに来たセンターバックをステップで躱し、左足でシュート。

 手応えのあるシュートだったが、相手のキーパーがファインセーブでボールを弾いた。


「いいぞー、ダイチ!」

 と、パスを出したヒデさんから声を掛けられる。

 うん、今のはイメージ通りのプレーだった。


 そのコーナーキックからリスタート。

 キッカーのヒデさんがニアを狙うが、相手がそれをヘディングで弾き返す。


 そのボールはちょうど、ペナルティーエリアの外にポジションを取っていた僕のところへ。

 前に出ながら、そのボールを胸でトラップ。

 足元へ落ちてきたボールをコントロールしようとした瞬間――。


「ぐっ!」


 左から重たい衝撃。

 その衝撃に弾き飛ばされた僕は、ピッチ上に倒れ込む。


 審判をしているコーチが笛を鳴らし、ファウルを取る。

 膝を立て、衝撃を受けた方に目を向けると、一人の選手が僕を見下ろしていた。


 そして僕に手を差し伸べる。

 練習にしては当たりがキツイと思ったが、まぁ悪気は無いだろう。

 そう思って差し出された手を握ると、ぐっと引き上げるように引っ張られた。

 握られた右手に強い圧力が加えられる。


「っ!」


 痛ぇ! なんだコイツ!

 思わずキッときつく睨むと、その男は嘲笑を浮かべ、ぼそりと呟いた。


「なんだ、ひょろひょろじゃねえか。 大したことねえな」


 そんな捨て台詞を吐いて、その場を離れていく。

 はぁ? 


 呆気にとられ、その場に立ち尽す。

 が、当たられた左肩がジンジンと脈打つのを感じると、だんだんと怒りが込み上げてきた。

 別に練習中に激しく当たられることに不満は無いけど、わざわざ捨て台詞を吐いていくのはさすがに頭にくる。


 誰だ、あいつ。

 改めてその選手を見る。

 年齢は僕と同じくらいか、少し上だろうか。

 坊主が伸びたような短髪。

 日に焼けた褐色の肌。

 背は高いが、身体の線はどちらかというと細い。

 そっちのほうがひょろひょろじゃないか、と今から言い返したいくらいだ。


 じっと見ていると、ちらりとこちらに目線を向けてくる。

 目が合うと、フッと鼻で笑う様に口元を歪ませた。


 ……なるほど。

 かなり好戦的な性格らしい。


 キレてみるか?

 それも良いかもしれない。

 僕は周りからよく、性格が大人しすぎると言われる。


 もっと主張しろ、自分を出せ、感情を見せろ。

 耳が腐るほど言われてきた言葉だ。


 自分からすれば、やってるよ! と言い返したいくらいだが、他からはそう見えないんだろう。


 そんな事で何が変わるとも思えないけど、パフォーマンスでキレたフリをするのも悪くないかもしれない。


 どうせこのチームには4ヵ月いるかどうかだ。

 何かを変えたいなら、今までの自分じゃ考えられないような行動をするのも良いんじゃないか。

 そんな事を考えていたら……。


「ダイチ」


 名前を呼ばれて振り向くと、近づいてきたヒデさんが、ポン、と僕の左肩に手を乗せる。


「やり返すなら、プレーで返せよ」


 そう短く言うと、ニッと笑って自分のポジションへと戻っていった。



 その言葉が、僕の心にスッと入る。

 ……そうだ、上辺だけで自分らしくない事をしたって意味ないか。

 やり返すならプレーで。


 ヒデさんの言葉は不思議と僕の頭を冷静に、そして胸の奥を熱くさせた。



 ミニゲームの終盤、その機会はやってきた。


 右トップの位置から2列目中央に下がり、パス交換に加わろうとした時。

 例の奴が左から寄せてきた。


 タイミング的にはパスを捌いて離れる事も出来たが、そうはせずにボールを左足でトラップ。

 晒すように、左足の前にボールを止める。

 すると、待ってましたとばかりに僕とボールの間に身体をねじ込もうとしてくる。


 その瞬間、晒したボールを左足の裏で自分の方へ引き寄せる。

 そのままくるりと向きを変え相手に背を向けると、逆に自分身体を相手とボールの間に挟む。


「……っ!」

 背後から漏れるように聞こえた息遣いと共に、こちらの足ごと狩らんばかりに、右足が伸ばされる。


 遅せぇよ。

 余裕を持ってその足を避け、尚も諦め悪く僕のビブスに掛けようとする手を、右手で叩き落とす。

 そのまま前を向き、スピードアップ。

 チェックをいなしながらターンで前を向き、ドリブルで一気に引き離した。


 完全なフリーとなった僕。

 前方から最終ラインの選手がカバーに出てくる。


 その隙間を縫うように、右足で丁寧なラストパス。

 意表を突かれたディフェンダーが、後方を振り返る。

 その先に、パスに反応したビブス組の選手が走り込んでいた。


 さっき僕のクロスを外した選手だ。


 キーパーが前に出る。

 それでも、ビブス組の選手がボールに先に触れた。


 飛び出してきたキーパーを躱そうと、2タッチ目で右に流れようとする。

 しかし……。


「あぁっ!」


 それを見て、僕は思わず頭を抱えた。

 その選手の2タッチ目は明らかに大きく、コントロールを失ったボールは戻ってきたサイドバックにカットされてしまったのだ。


 嘘だろ……あんなイージーなプレーを……。

 外す方が難しいだろ……。


「うぅ……すまない……! すまない……!」


 その選手は、壊れた機械のように何度も謝罪の言葉を口にしていた。





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